2007年4月号
特別寄稿
産学官連携の改善提案 -科学機器業界から-
顔写真

下平 武 Profile
(しもだいら・たけし)

日本科学機器団体連合会 技術委員会
顧問/科学機器産学連携研究会 顧問
/田中科学機器製作株式会社
代表取締役会長

大学シーズ先導型は曲がり角-現状の産学官連携が必ずしも効率よく動いていないのは専ら大学発の発想で進められてきたためではないか。ここから抜け出すために産学連携研究会が志したのはものづくりの開発・設計の強化である。コーディネータの働きにも期待。

1. はじめに

科学技術立国が言われて久しいが、現状の産学官連携活動はそれに向かって必ずしも効率よく動いているとは思えないし、限界もそろそろ見えてきたといわれる。この状況をもたらした原因は何であろうか。

一つは、既存中小企業との取り組みに欠けていたという点であろう。そうなった原因は、産学連携が専ら大学側の発想で進められ、高レベル技術シーズを受け入れやすい大企業と結び付いたこと、そして市場未開の分野では主として大学発ベンチャーに頼ったことなどにあると考えられる。

二つ目は、中小企業=下請け加工業と考えられてきたこと、そして“ものづくり”が加工業のイメージでとらえられてきたという点である。あまりにも短絡的な見方をしてきたと言える。

筆者は1998年以来、科学機器業界で産学連携活動にかかわり、研究会を立ち上げてきた。この業界は科学技術立国を支える重要な役割を担うが、基本的には中小企業のニッチな世界である。先端技術を追うという点では一般的な製品開発型中小企業像から少し外れるとは思うが、今後学・官がこの分野で大きな役割を果たすような連携活動に転進することを期待し、具体策を交えて2、3の提案を試みたい。

2. 科学機器業界の中小企業の現状

この業界は、国家戦略的に見ても重要な役割を担っているはずである。しかし残念ながらバイオなど先端分野の分析機器では、海外メーカーに独占かそれに近い状況を許す分野がたくさんできてしまった*1

分析機器業界には島津製作所、堀場製作所、日立製作所のような大企業も存在するが圧倒的に中小企業が多く、それらはそれぞれ多岐にわたる専門化された領域で活動してきた。しかし産学連携が進行する段階で先端分野製品の開発機会が大手に偏った結果、皮肉にも大手と中小との格差がかえって拡大する傾向が助長されたのではないかと思われる*2。なぜそうなったのか。

原因の一つは、過去の産学連携が専ら大学側の発想から進められてきたことと無縁ではなさそうだ。この発想に追従し得るのは主として大企業であり、多くの中小企業は対象にされてこなかったのではないか。消極的かつ受け身に甘んずる中小企業群にも問題はあるが、彼らの積極性を引き出すための施策や発想が国にも大学関係者にも欠けていたのではなかろうか。

別の見方もある。公募案件などでは審査する側にある種の安全パイ握り意識があるという指摘である。大手の方が安全という考え方では、中小メーカーのあきらめムードを誘うだけである。

3. 科学機器におけるものづくり

われわれが産学連携研究会で志したのは、このような状況から離脱するための“ものづくり力”の強化である。この場合のものづくりは開発・設計が主体であり、加工は従的な位置付けである。

一方、国でも総合科学技術会議が研究開発基盤強化策を取り上げ、その一環として2004年文部科学省科学技術・学術審議会に「先端計測分析技術・機器開発小委員会」が立ち上げられた。

そもそもこのプロジェクトが取り上げられた背景は何であったか。既に記憶から遠ざかりつつあることだが、中曽根政権時代の1985年以降政府主導で“バイアメリカン政策”が推し進められた。その結果日米の貿易上の対立は和らげられたものの、いつの間にか先端の計測・分析機器で海外製品に市場を席巻された分野が増えたことは一般にはあまり知られていない。

国の政策に乗って予算が付きやすい米国製品に依存した大学、研究者等にも責任の一端はあったという関係者の声も聞かれるが、一方でわが国全体の世代の風潮が大きく影響しているという見方もある。実績がある先行ブランド分析機器による研究データの方が国際的な評価を得やすいという面があるにせよ、自ら実験装置を工夫してデータを取った先輩たちの伝統を引き継ごうともせず、海外のカタログ商品に唯々諾々(いいだくだく)として頼るようでは独創的な研究成果は得られないというシニアの先生方の指摘がある。この動きに、上述のような産学連携政策が重なったことは不幸であった。

筆者もこの委員会の初年度に専門委員の一人として審議に携わった。その段階で機器開発体制強化に触れた発言をしたが取り上げられなかった。しかし2007年度予算でようやくその一部が見直され、ものづくりに6億円が補強されたのである。

現状から脱却するために、先端技術や機器を自前で開発する力の回復を狙うという認識は、このプロジェクト発足当時も今も基本的に変わっていないから、何か生まれるなと期待したのである。しかし結果的に増額分は開発基盤強化には向かわず、特定の加工技術強化に使われそうである。

課題例として取り上げられたのは“ものづくりにおける加工プロセスや内部構造の可視化”である。先端計測・分析が主テーマであるから、選択の自由度は筆者が考えるよりずっと小さかったのかもしれない。

4. ものづくりと産学連携

上述したが“ものづくり”の中の加工技術だけを強調する風潮がある。もちろん日本産業の強みを発揮するには、そのベースとなる優れた加工技術を継承し発展させる必要はあろう。昨年誕生した「中小企業のものづくり基盤技術の高度化に関する法律*3」では「特定ものづくり基盤技術」として17技術を指定したが、そのうちの15技術は加工技術またはそれに類するものである。“基盤”であるから必要性は理解できるが、それだけでは日本の大きな強みである製品開発型産業の競争力強化は図れない。特に科学機器産業では要素、製品のすべてにわたる開発・設計力の強化が不可欠である。

科学機器では一般的な流れとは逆方向の、学側ニーズに産側が応えるというケースがあるが、この方向に学側ニーズを発信するシステムが存在しないのが現状である。一方、産側も技術ニーズを抱えながらそれを発信するシステムが構築されていないことは、既に筆者が『産学官連携ジャーナル』で訴えたとおりである*4。このシステムは双方向であるから、これさえ作れば同時に学側、産側双方のニーズ発信に活用できる。

大学関係者からは、“企業がニーズを出すはずがない”という反論を耳にしただけで、提案に対する具体的な反応は無かった。もちろんニーズデータベースシステム構築ですべて解決すると言っているわけではない。学側が必要とするニーズくみ上げには、他にもやるべきことはたくさんある。

以上述べたように、製品開発型産業を置き去りにしたものづくりは根本的に見直す必要があり、同時に産学連携を現在の学側シーズ売り込み一辺倒から脱して、産・学双方のニーズを出発点としたものまで多様化させることが、現在の産学連携に求められる最大の課題であろう。

5. グローバル化とコーディネータの働き

科学機器のうち、汎用実験機器市場においては、今のところ周辺諸国との競合よりもむしろ欧米の著名ブランドが市場に浸透しつつあることが気に掛かる。しかし汎用機器は国内市場が比較的大きいから、性能・デザイン・価格・サービスで比較優位が保たれれば当面は危機的な状況には陥らないと思われる。しかし次のステップで周辺途上国がこの分野で力をつけてくるころには、量産によるコスト下げ対策が必要になるし、それを可能にするための海外市場開拓や国際的なブランド力強化のためのグローバル化戦略も必要になるであろう。

分析機器の分野でも事情は同様で、2節で引用した調査資料によると分析機器主要39機種で、国内メーカーの国内市場占有率が70%を超えるものは11機種にすぎない。この分野では商品のグローバル化がさらに高度に進んでいることを示している。

分析機器や計測機器、特定分野の試験機器等は、汎用機器に比べて国内市場が大きくないために、開発投資が国内市場だけでは回収できないという事情がある。特に先端分野では開発スピードが大切であるし、開発者利益を最大ならしめるためには、いち早く世界市場を狙う必要がある。

開発費倒れがこの国の先端分野不振の原因の一つであることは間違いないから、わが国の業界は積極的にその対策を急がなければならない。このことは野依良治先生からの筆者に対するご指摘でもある。

ちなみに分析機器工業会の調査によると、会員企業の平均輸出比率は平成13年で約30%、その後輸出ドライブがかかって平成16年統計では42%に増加している。しかし輸出比率が上がったのは主として大手企業によるものという見方が専らである。

従ってこの業界が国際競争力をつけるためには、単なる技術移転にとどまらず国際的な販売網・サービス網作りも視野に入れた産学連携・産産連携が必要になると考えられる。

さて、学側シーズ売り込みには、多くのコーディネータやアドバイザーが投入されてきた。一方産側を見ると自治体や中小企業基盤整備機構にコーディネータやインキュベーションマネジャーが配置されていると聞くものの、広く末端までは手が伸びていないし、グローバル化にまで対応できる体制とは思えない。

グローバル化にさらされているのは科学機器業界だけではない。多くの日本の得意分野でこの状況が進み、競争力を失いつつある恐れがある。コーディネータの充実はニーズデータベースシステム構築と同様に大きな課題である。

産側が団体として組織化されている場合は、大田区産業振興協会に見られるように、団体に直接コーディネータを配置すると効率が上がるのではなかろうか。6年ほど前、筆者は業界所轄の経済産業省製造産業局産業機械課にOBを活用したコーディネータ配置を提案したことがある。当時企業の定年は60歳であったから、OBの有効活用を考えたのである。この提案に所轄課は乗り気であったが、大学連携課からは退けられてしまった。予算が絡むし特定の団体だけに補助金というわけにもいかなかったことは容易に想像できるが、後日、尾身科学技術担当大臣(当時)はこの提案に大いに賛成して下さった。

この分野で既に動き出しているところがある。分析機器工業会関連企業のOBが『分析産業人ネット』と称するNPO法人を立ち上げ、技術講習会や海外市場対策指導等に乗り出している。また食品産業界、食品流通業界では大学コーディネータOBを活用しようという動きも出ている。

国の助成策を含めて、多くの産業分野でこれらの活動が活発化することを望みたい。

6. むすび

大学シーズ先導型産学連携がそろそろ曲がり角を迎えているという認識は広がりつつあると考えられる。経済産業省、中小企業基盤整備機構等に従来の産学官連携の評価軸を根底から変えようという動きがあるし、産側ニーズ先導型への転換やインキュベーション事業も進みつつある。

東京大学ものづくり経営研究センター長・藤本隆宏教授は“「開かれたものづくり」とは何か”と題する講義の中で、「ものづくり」とは「設計情報の良い流れ」を作ることであり、加工にばかり目がいく従来の「狭いものづくり観」からの発想転換が必要と説いておられる。産業界に「ものづくりインストラクター」を大量養成せよという提案もあって、これは産側コーディネータ拡充と一脈通ずるものがあるように思われる。

中小企業基盤整備機構は、この3月20日に「第1回中小企業産学官連携推進フォーラム」を開催し、関係者が活発な論議を始めた。これから回を重ねて論議を深めることになっていて、われわれも大いに期待しているところである。

*1
バイオ分野の分析機器14機種のうち、100%を海外製品に頼っているのは3機種、70%以上に範囲を広げると実に10機種に及ぶ。

*2
平成16年度には分析機器全生産高における 1~5位企業の占有率が66.5%に達し、6位以下の111社の占有率は33.5%にすぎない(いずれも“平成16年度分析産業の直面する課題と将来展望報告書”:社団法人日本分析機器工業会編 による)。

*3
中小企業のものづくり基盤技術の高度化に関する法律「特定ものづくり基盤技術」
http://www.kansai.meti.go.jp/3-5sangyo/sapoin/sapoin_top.html

*4
JST『産学官連携ジャーナル』2005年6月号特別寄稿を参照。