2007年7月号
海外トレンド
大学の科学研究と産学のマインドセット -米国の事例-
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岡田 依里 Profile
(おかだ・えり)

横浜国立大学大学院
国際社会科学研究科 教授


米国の連邦政府と企業14社が結成した半導体コンソーシアムの観察を通じて、産学連携のあり方を探る。異質な科学的知見をぶつけあうことの大切さを説いている。

荒廃からの復活と研究者の意識

昨今、米国の大学研究室が民間企業と同じ目線での研究を積極的に行っている。それに対して、日本では「企業の技術者の関心とまだまだ隔たりが大きい」とさかんに言われている。しかし、少なくとも筆者が米国の大学と接する限り、研究者としての本質的関心に変わりがあるとは思えない。この実感は、Lester, R.K. and M.J.Piore[2004]**1の一部で描かれたMITの実態とも整合する。

また、米国の企業が産学連携を積極的に推進しているか、というと、これもまた、現地で見る限りは違っている。FXパルアルト研究所というところでも、大学とはできれば一緒にやりたくない、と明言する。知的財産を取られるからだ、という。また、コロンビア大学で聞くと、「大学に対してライセンスを払うのは屈辱だ」という企業の気持ちはわが国と同じようだ。できるなら、自社独自で開発したかったという。

それではいったい、わが国と何が違うのか。企業側の本音は前向きでないのに、なぜ連携が進むのか。コロンビア大学の試算によると、バイドール法の経済効果は年間400億ドルというが、なぜこれだけの効果が生まれるのか。

本稿ではこの問いに対して、米国の事例を観察することを通して手掛かりを得たい。

原理と異質性の尊重

SEMATECHは米国の連邦政府(国防省)と半導体企業14社が結成した半導体コンソーシアムである。1987年の発足当初から、SRC(Semiconductor Research Corporation:大学でのイノベーティブな半導体研究を産業界に移転することを目的とした機関)と結び付いた。1994年、半導体産業の競争力が十分復活したとの認識のもと、連邦政府資金を辞退、1995年に子会社をつくって7社の海外企業を交えた協業を開始する。1998年、このうち5社を正式メンバーとする国際コンソーシアムとなった。大学との関係については、超微細化の進展により生ずるゲート絶縁膜薄膜化によるリーク電流の問題などを解決する新材料開発等について、テキサス州内の大学を束ねて科学研究の集積を展開すべく、研究センターを子会社として設けた。ニューヨーク州アルバーニでは世界で2台しかないEUVL(Extreme Ultra Violet Lithography)という巨大な装置を活用。さらに、193ナノメーターに対応したイマーション・リソグラフィの開発をオーストラリアのクイーンズランド大学と協力するなど、先端技術分野での海外大学との連携にも前向きである。

SEMATECHと大学とのかかわりで留意すべき点は、次の2点に求められると考える。

1. 科学的原理の重視
2. 異質性の融合と蓄積の仕組み

SEMATECHの法務担当執行役員によると、大学との連携で成功するパターンは、大学研究室での原理的発明をSEMATECH(のメンバー企業複数)で実用開発に持ち込む場合であるという。科学的原理の尊重は、個別プロジェクトの知的財産ポリシーにもみられる。例えばIMS(Intelligent Manufacturing System)プロジェクトをみると、知的財産権は発明者の属する組織に帰属するとし、チーム内では無償実施とする。例外として、自己実施を行わない大学については、それが基本的技術を提供するだけでなく、基本的技術の創出を助けた、という間接的な場合であっても、その行為に報いる*1**2とし、大学の科学的知見の尊重を明記する。

異質性の融合と蓄積の仕組みは、例えばIMSプロジェクトのテーマと参加メンバーの多様性にみられる。テーマとして、技術的課題だけでなく、「イノベーションのアイデアから上市へのスピードを加速する」「機械と人間共生システムの組織的側面」という社会科学的な発想によるものも含まれる。メンバーについても、地理的・業種的に分散され、組織の種類も企業、ベンチャー、大学、国立研究所……と多様である。横断的編成についても同じだ。例えば「Computer Aided Process Engineeringのコンポーネントソフトウエアとオープンスタンダードインターフェース」では、BP アムコ等石油企業、BASF、ダウケミカル、三菱化学等化学企業、ハネウェル傘下企業やHIMSCI等ベンダーのほか、カーネギーメロン大学、デンマーク工科大学、ノルウェー科学技術大学、京都大学、東京工業大学その他海外の大学が参加、成果のニュースリリースがフランスで行われた。

IMSプロジェクトは、地理的にも業種的にも分散され、たとえ業界横断的な計画性が見出されるものであっても、異質な者同士が討議することによる偶発性(セレンディピティ)を期待していることが示唆される。

これらの個別プロジェクトで生み出された知的財産権は発明者の機関に帰属するが、知的財産はSEMATECHのウェブに登録される。こうして、少なくとも知的財産の情報資源としての側面は、SEMATECHに帰属する**2

公共空間とマネジメントの共存

SEMATECHの法務執行役員が連携先としてニューヨークの大学を挙げたところから、筆者はニューヨーク大学間コンソーシアム(NYSTAR)の存在を探り当てた。これはアルバーニを本拠地に、ニューヨーク州の大学が連携して連邦政府の競争的資金を獲得し、自治体の大型投資により世界から優秀な人や最先端装置を呼び寄せ、大学を核にして経済復興を図ることを明確な目的としている。アルバーニ大学に装置を置く装置メーカーによると、IBMの研究開発投資余力の減少が大学を核とした地域政策により補われているという。

筆者は、NYSTARの一員のコロンビア大学の技術移転機関、Science& Technology Ventures(STV)を訪問した。担当者の話からまず驚かされたのは、上市や技術移転までのプロセスの明確さと教授・企業・STVの役割分担の明瞭(めいりょう)さである。詳細に区分したプロセスごとに、行うべきことが列記され、該当者にチェックが入れられる。

ここで念入りに行われるのは、出願の判断である。研究者による発明開示の直後、大学院生やインターンにより、市場調査が行われる。国内・海外展開可能性についても検討の後、STVが発明のスコアリングを行い、採択か否かを決定、採択を行ったものは経済性の側面を考察する。例えば技術の名称「磁気パルスによる脳活性化技術」についてみると、次のとおりである。

技術特性:「パルスが継続的に調整可能」、技術の潜在用途:「うつ病等の神経性疾患……」、市場規模:「2002年度で7億400万ドル、ただし、市場規模縮小の可能性……」、競争状況:「複数企業が同デバイスを開発、××大学が多くの研究論文発表」、商品化の関門:「当該デバイスがうつ病治療の主流となるか……」、関連企業のプロファイル:「説明会に出席した企業××……」。

このプロセスの体系性は、彼らのバイドール法の解釈に由来すると思われる。彼らの解釈ではバイドール法の必要性は、「大学の技術開発は将来が不確実で、実用が不確かな研究初期段階にある」「開発・製造・市場開拓はリスクが高い」「だから連邦政府の投資を効率的で実効性あるものとする*2」という、ワン・クッションを置いた論理である。しかし、この整然としたマネジメントは、同大学の教授陣との会話からはとてもうかがい知れない。

筆者は従来、企業内で定式化された知財創造パターンに、異質な大学の科学的知見をぶつけることで、企業の変革能力を高める、として、産学の連携を概念化した**2。その後、米国の大学について考えると、大学を中心とする学術界は日本以上に厳格なものとして存在する反面、多様な経歴や文化を背負う者が出入りし、自由な討議が行われる。こうした側面があってこそ、大学の異質な科学的知見の幅が広がると考えるようになった。SEMATECHでは「大学の科学的知見が尊重される」と述べた。それは同時に、互いに自社のノウハウを供出して開発・実用に持ち込む企業との協業が成り立って初めて言えることである。産学によるオープンイノベーションには、互いの存在そのものを否定しない公共空間での対話と信頼性、経済性を探索する技術移転機関の二面性があって、初めて成り立つのではなかろうか。

意味するもの

米国の産学連携事情を観察し、自らを省みて、少し考え方が変わった。当初筆者は、産学連携の促進には大学研究者がもっと(マーケット志向的に)意識を変える必要がある、と考えた。しかしある時期から、企業の問題にも気付き始めた。現在では、研究者のグローバルな流動性も含めた、より大きなナショナルイノベーションの仕組みの問題、と受け止めている。しかし、一般にはそう鷹揚(おうよう)に構えていられない現象が見られる。

わが国でも事業化に結び付いた大学の研究には、「用途にあたってものを見る角度を変えた」、あるいは「企業内の意思決定の在り方を変えた」、というところから、事業化へと飛躍したケースが結構ある。しかし現在懸念されるのは、少しでも自分たちと考え方が違えば、役に立たない学問、と切り捨て、業界の必要とする研究を強要しようとする態度である。

大学人が本で読んだ知識*3だけを積み上げている、と勘違いされていることもあろう。筆者がなぜ大学での研究を選んだのか、と問われれば、それは砂漠の向こう側を見てしまったから、というメタファーでしか表現のしようがない。

大学研究者が本来的にもつ研究への内発性を尊重しながら、これを経済社会の利益、ひいては「イノベーション25」にある「社会システムの革新」に結び付けるにはどうすればよいのか。民間企業でますます開発のスピードが求められ、基礎研究が行いにくくなる今日、より多角的かつ真剣に取り組むべき問題と考える。

●参考文献

**1 :Lester,R.K.;M.J.Piore.Innovation: The Missing Dimension.Harvard University Press,2004.

**2 :特許庁研究事業,大学における知的財産権研究報告書.横浜国立大学, 2007.

*1
なお、研究開発目的の知的財産権の使用は無償である。

*2
2004年度、同大学では連邦政府、産業界、その他資金とあわせて、約410億ドルの研究開発投資があった。うち、連邦政府約270億ドル、産業界約29億ドルである。

*3
拙著『知財戦略経営』(日本経済新聞社、2003年)で、本田技研工業(株)の当時の経営企画部長の話で、「ホンダでは本で読んだ知識からはじめる研究はしない」という記載がある。これは、16年に及ぶ研究開発の末に商品化に至ったエアバッグ開発での事例である。野中郁次郎、勝見明著『イノベーションの本質』(日経BP社、2004年)で、コンセプトの源泉を「純粋経験」と規定するところがあり、その内容や意味するところは異なるものの、同一基盤にもとづくものと考える。