2007年9月号
特集  - 東海地域クラスター
地域クラスターの東海モデル
大企業主導型のクラスタープロジェクト
顔写真

児玉 俊洋 Profile
(こだま・としひろ)

京都大学経済研究所 教授/
本誌編集委員



全国各地の産業クラスタープロジェクトで自立化の方向性が見えるものには、当該地域の有力な中小企業が主導的役割を演じている場合が多い。しかし、本特集で掲載する東海地域の産業クラスタープロジェクトは中部経済界の主力を構成する大企業が積極的な役割を担っており、自立化の方向性について他地域にも参考になるもう1つのパターンを示している。

2001年度から開始された産業クラスター計画は、2006年度から第2期の5カ年に入った。各地で推進されている産業クラスタープロジェクトが真に実を結ぶためには、自ら担い手となって主体的に参加するメンバーが増えること、そのような意味で自立性を持った活動となることが必要である。産業クラスターの構成メンバーとしては、企業、大学、その他の研究機関、金融機関、各種の専門家、行政および公的支援機関などさまざまな主体があり、それぞれに役割があるが、なかでも企業の存在は不可欠である。言うまでもなく、大学や支援機関がいかに熱心であっても、研究成果を事業化する企業がいなくては産業クラスターが成り立たないからである。

担い手は産学連携を有効に活用できる企業

ただし、企業のすべてが産業クラスター形成の担い手になれるわけではない。産業クラスター計画および知的クラスター創成事業に見られるわが国クラスター政策の政策文脈におけるクラスターあるいは産業クラスターとは、単純化して言えば、「産業集積の構成主体間に、産学連携および企業間連携(新技術、新製品、新事業の開発を目的とするもの。以下同じ)からなるネットワークが発達した状態である」ととらえることができる。したがって、産業クラスター形成の担い手になれる企業とは、産学連携や企業間連携を自らの製品、事業に有効に活用でき、産学連携や企業間連携にメリットを感じ、産学連携や企業間連携に積極的に取り組む動機を持った企業でなければならない。

また、知的クラスター創成事業は、地方自治体の主体性の下に、大学その他の地域の拠点となる公的研究機関において産業界の協力を得て産業界で活用できる技術シーズを開発することに主眼があるといえよう。したがって、産業クラスター形成の担い手、あるいは、産業クラスタープロジェクトの自立化の担い手となりうる企業とは、知的クラスター創成事業の文脈で言えば、そこで生み出された研究成果を活用できる企業であると言うことができる。

自立化の可能性を示している1つはTAMAプロジェクト

全国各地の産業クラスタープロジェクトは、各地の経済産業局が旗振り役となり、多くの場合、まず当該地域の有力な中小企業(いわゆるベンチャー企業を含む)の参加を得て、これらと大学とのネットワークを形成することから進展している。その中で、現時点で自立化の方向性が明確になっている産業クラスタープロジェクトは必ずしも多くはないが、自立化の方向を示している典型事例(現時点で財政的自立化を達成していることを意味するわけではない)としては、本誌2005年11月号の特集で取り上げ、その後も何度か関連記事が掲載されている「TAMAプロジェクト」が挙げられる。

TAMAとは、東京都の多摩地区を挟んで埼玉県の南西部と神奈川県の中央部に広がる首都圏西部地域を指し、Technology Advanced Metropolitan Areaの頭文字をもってそのように呼称されている。TAMAでのクラスター推進機関である(社)TAMA産業活性化協会には、企業、大学その他の教育研究機関、大学教授等の個人、商工団体、市町村、TAMAコーディネータと呼ばれる専門家が会員となって参加している。これらの会員の参加意思のひとつの証左は会費を払って参加していることである。特に、企業会員は資本金1億円以下の企業でも年会費7万円を払って参加している。企業会員の多くは製品開発型中小企業*1や製品開発型への脱皮を図る基盤技術型中小企業*2など、地域の中核的な中小企業である。TAMA協会の活動の活発さは、直接的には協会トップのリーダーシップと協会事務局の活躍によるところが大きい。しかし、それが可能となっているのは、企業をはじめとする会員の強い理解と関心と支えがあるからである。TAMA協会は、参加意欲の強い会員に支えられた自立性の高い活動であり、企業の中で言えば、製品開発型中小企業に代表される有力な中小企業が自立化の方向を主導している。

他の例では、本誌2006年9月号の特集で紹介した諏訪地域が、中小企業を中心とした地域経済界の発意によって諏訪圏ものづくり推進機構が設立されるなど、やはり中小企業を中心とする自立化の方向を見せている。

東海ではトップ企業の首脳がイニシアティブ

このようにTAMAや諏訪地域における産業クラスタープロジェクトが、中小企業が主導する自立化の可能性を示しているのに対して、東海地域では大企業が積極的な役割を果たす自立化の可能性を示している。

東海地域の代表的な産業クラスタープロジェクトは「東海ものづくり創生プロジェクト」である。東海ものづくり創生プロジェクトの推進組織である「東海ものづくり創生協議会」には、豊田中央研究所(トヨタグループの技術開発面での中核企業)、デンソー、日本ガイシなど中部経済界の主導的な立場にある大企業の首脳が副会長として参加し、旗振り役の中部経済産業局とともに東海ものづくり創生協議会の理念を共有するとともに、自らのイニシアティブ(経費的負担を含む)で具体的な事業を提案、展開し、協議会の活動をリードしている。後掲、加藤隆幸氏インタビュー記事は、その一例として「豊田中研テクノフェア」を紹介したものである。また、中部経済界のトップ企業の首脳がイニシアティブを発揮することによって、当該企業のみならず、各系列に連なる中堅企業、中小企業にも産業クラスター計画の理念が浸透しやすくなっている。

各地の産業クラスタープロジェクトは中小企業が中心になっている場合が多いので、東海地域では大企業が主導的役割を演じていることに意外と感じる人も多いだろう。しかし、産業集積に集積している多様な技術、知識の連携によって新製品、新事業を輩出する、すなわち、イノベーションを促進するという産業クラスター計画の狙いからすれば、中小企業でなくて大企業が主導的な役割を演じていても一向に差し支えない。むしろ、連携成果の市場規模としては大企業主導型の方が大きなものが生み出される可能性がある。ただし、大企業が主導する場合には、当該大企業の系列グループ内の閉じたネットワークとなってはいけない。この点、東海ものづくり創生プロジェクトは、既存大企業系列を超えた地域の横断的な取り組みとなっている。

東海型の自立化の方向を目指して

ただし、大企業が技術の出し手として機能するだけでなく、優れた技術を持つ中小企業と連携して製品開発を行うという方向も必要であろう。また、積極的に参加する中小企業が増えることも必要であろう。今後、このような課題をクリアすれば、東海地域が、クラスタープロジェクトの自立化に関するひとつのモデルを提示する可能性があると言えるだろう。

本特集においては、このような東海地域のクラスタープロジェクトについて、まず、はじめのインタビュー記事において、近藤靖彦氏((財)中部科学技術センター専務理事)が「東海ものづくり創生プロジェクト」の全体像を紹介し、次のインタビュー記事において、加藤隆幸氏((株)豊田中央研究所主席技師)が、大企業のイニシアティブで展開している事業の事例として「豊田中研テクノフェア」を紹介する。3番目のインタビュー記事では、東海ものづくり創生協議会の運営委員会委員長を務める宮田隆司氏(名古屋大学副総長)が、クラスタープロジェクトへの大学のかかわり、および、大学の貢献によって東海ものづくり創生プロジェクトの活動から発展、独立した「東海バイオものづくり創生プロジェクト」について紹介する。最後の4番目のインタビュー記事では、竹中修氏((財)科学技術交流財団知的クラスター創成事業本部事業総括)が、知的クラスタープロジェクトである「愛知・名古屋ナノテクものづくりクラスター」について、その特色である技術移転マネジメント方式を中心として紹介する。

これらの記事全体を通じたもうひとつの特徴は、製造業に強い地域のクラスタープロジェクトとしての性格である。本特集記事は、そのような製造業に強い地域のクラスタープロジェクトとしての特徴を見いだすという観点からも読むことができるであろう。

*1
「製品開発型中小企業」とは、設計能力と自社製品の売り上げがある中小企業として定義する。ここで、自社製品とは、自社の企画、設計に基づく製品を指し、部品を含み、自社ブランドだけでなく他社ブランド向けのOEM供給製品を含む。筆者のこれまでの調査研究では、このように定義した製品開発型中小企業は、産学連携や開発目的の企業間連携を有効活用できる企業類型である。

*2
「基盤技術型中小企業」とは、機械加工、鋳・鍛造、プレス、板金、表面処理、各種部品組立など機械金属系製造業の各種の基盤的な加工・組立を行う中小企業。その業務は、受託加工(いわゆる下請け)であることが多い。