2007年9月号
連載2  - 大学発ベンチャーの若手に聞く
現代版ピノキオの誕生を目指して 青江順一氏、樫地真確氏(言語理解研究所)に聞く
言語理解研究所*1は徳島大学知能情報工学科の青江順一教授の研究成果から誕生したベンチャー企業。青江教授は、徳島県が生んだジャストシステムの変換ソフトであるATOKの初期開発にかかわった一人だ。同社の事業の中心は言語理解エンジンと知識辞書構築がもたらすITである。財産として蓄積した用語は8,000万語。最近は「電子メール理解」という商品がヒットしている。

写真1

写真1 代表取締役 青江順一氏
     (徳島大学大学院教授兼務)

手塚治虫の描いた「鉄腕アトム」は正義の味方ロボットだ。スピルバーグが制作に関与した映画「AI」の主人公は、自分がロボットであることを知り、人間になれないことに絶望し悲しむ感情を持ったロボットだ。ピノキオがモデルだともいう。手塚治虫もスピルバーグも主人公のロボットに人工知能を装備した。

徳島大学の青江順一教授(写真1)は、同大学に学生として入学した時から一貫して情報工学に携わってきた。「知能情報工学科青江研究室」が蓄積してきた知的財産を事業化し社会貢献を実践している。事業の中心は「言語理解エンジン」と「知識辞書構築」がもたらすITだ。究極の目標は感情を理解し会話のできる人工知能を確立すること。とてつもない壁が立ちはだかっているように思えるが青江先生の表情は明るい。

言語理解エンジンと知識辞書

例えば、「あたる」という言葉も前後の言葉とのつながりで全く違う意味になってしまう。車に「あたる」と「痛い」となるし、宝くじに「あたれ」ば「ラッキー」や「幸せ」となる。また、同じバナナでも、「食べて美味しい果物」であり、「南の豊かな島」や「チンパンジー」を思い出したり、「同じ果物としてリンゴ」を連想したりする。

今日までに、財産として蓄積した用語は8,000万語、4,000種類の概念知識、さらにこれらから連想される150万語の連想語辞書を構築している。

会社案内には3つの主力製品が示されている。

[1] 電子メール理解……最近のヒット商品(後述)
[2] 感性理解……感情理解でありインターネット商品の顧客好感度チェック等に利用
[3] 音声対話理解……ロボット音声やカーナビ音声等に感情表現を植え付けるシステム

最近ヒットしている「感情お知らせメール」*2は「おまかせデコメール」*2として人気の携帯電話機能だ。携帯メールに書かれた文章から、どのような気分で書いたかを瞬時に判断し、その気持ちをメール画面で表してくれる。悲しい単語がたくさん並んでいても内容が楽しいことであれば楽しそうな画面が表示される。メール用語や絵文字、最近問題の乱れた文法なども含めた日本語文章を瞬時に解析し送信者の「気持ち」を表現する仕掛けだ。

蓄積された知識辞書をもとに組み合わせを計算すると何百億通りにもなるというが、時間をかけずに答えを出すのがこのエンジンの特徴だ。

写真2

写真2 代表取締役 樫地真確氏

指導教官の青江教授に誘われて、責任者として社員をリードしているのが代表取締役の樫地真確氏(写真2)。人気商品であるモバイル向け感情理解プログラムの中核技術者でもある。青江教授が立ち上げたベンチャーにすんなりと飛び込んできた。学生時代とベンチャーでの6年間を合わせ、およそ10年間を言語理解に捧げてきた。「当初から他の就職先は全く考えなかった」と言う樫地氏。「毎日がチャレンジの連続」というエキサイティングな10年でもあった。

課題は2歳児レベルの成長

言語理解研究所が開発している人工知能の現在のレベルについて、青江教授は胸を張って、「チンパンジーを超えた」と言う。しかし、人間と比較をするとせいぜい2歳児程度だそうだ。単語の数や、難しい言葉を覚えるのはたやすいのだが、感情が伴わない。「うれしい」、「悲しい」、「楽しい」というやつだ。人間の脳がいかに優れているかの証でもあるが、たとえ2歳程度とはいえ、そのレベルに到達している事実は素晴らしい。

“言葉の関連付けから感情を把握する”と聞くと例の漢字変換ソフトが思い起こされる。まさに、青江先生はご当地徳島県が生んだジャストシステムの変換ソフトであるATOKの初期開発にかかわった一人だ。創業期のジャストシステムと共同研究を締結し基盤解析に10年間携わった。産学連携という言葉も無かったころに始まった典型的な産学連携だ。しかし、一定の成果が商品に反映されたところで共同研究は切れてしまった。研究成果の実現を途切れなく行うことが重要だと考えた氏は、結局自分でベンチャーを興すことになってしまった。

ベンチャーを始めて6年。売上高は2億5,000万円前後で数年間推移している。横ばいながら、常時30人のスタッフを抱えて事業を推進している。開発分野もあえて他社が手を出さない言語理解技術に特化している。

取り組む課題は多い。2歳のレベルを一刻も早く成長させなければならない。人間は自分で学習するがコンピュータには情報を入れてやらなければ成長しない。しかも、「言語理解につながる関連付け」が肝心だ。知識辞書は日々成長している。それを助けているのは20人の入力スタッフであり指揮官の樫地氏だ。子供は、ある時期から一気に成長する場面がある。このアルゴリズムはそれが明日なのか、遠い将来なのか予測がつかない。

筆者の言葉

「高度な技術を求めていくとビジネスモデルはいくらでも出てくる」とは青江先生の言葉だが、この道20年の経験からくる言葉は妙に説得力があり重い。例えば、音声による株価情報サービスではもうかった時と損をした時の声の表情が違ったり、カーナビでは、事故にならないような会話が常にされていたり、お年寄りの人たちが寂しくならないような音声サービスが提供されたりのコンテンツが想像される。しかし、本当に役に立つコンテンツを創造するのは、それを必要としているわれわれユーザー一人一人だ。

取材・構成:平尾 敏

*1株式会社言語理解研究所
http://www.ilu.co.jp/index.html

*2
「感情お知らせメール」「おまかせデコメール」は日本電気株式会社の商標または登録商標。