2007年10月号
単発記事
産業クラスターの自立化と産学連携を活用できる中小企業
カギは外部の科学的知識や技術を活用できる「技術吸収力」
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児玉 俊洋 Profile
(こだま・としひろ)

京都大学経済研究所 教授/
本誌編集委員


産業クラスタープロジェクトには幾つかのタイプがあるが、地域の力のある中小企業が主導する一般的なタイプの場合、産業クラスタープロジェクト自立化の担い手として期待される中小企業に求められる能力は、外部の科学的知識や技術を有効活用できる「技術吸収力」である。

先月号(2007年9月号)の拙稿「地域クラスターの東海モデル 大企業主導型のクラスタープロジェクト」において、東海地域を事例として、産業クラスタープロジェクトが自立化できる可能性を示すひとつのタイプとして地域経済圏の中核を担う大企業が主導するパターンがありうることを述べた。本稿では、よりオーソドックスなタイプである、地域の力ある中小企業が主導して産業クラスタープロジェクトの自立化を目指す場合を想定し、どのような中小企業が、産業クラスター形成や産業クラスタープロジェクトの自立化の担い手として期待できるかについて述べたい。

欧米のクラスター概念との違い

先月号でも述べたように、産業クラスター計画および知的クラスター創成事業に見られるわが国クラスター政策の政策文脈におけるクラスターあるいは産業クラスターとは、単純化して言えば、「産業集積の構成主体間に、産学連携および企業間連携(新技術・新製品・新事業の開発を目的とするもの。以下同じ)からなるネットワークが発達した状態である」ととらえることができる。

マイケル・ポーターをはじめとする欧米のクラスター概念におけるネットワークは、受発注取引関係からなる生産分業ネットワークの比重が高く、地域における緊密な生産分業ネットワークがイノベーションに貢献するというロジックである。これに対して、わが国では、生産分業ネットワークはすでに発達し、かつ、グローバルな競争環境変化の中で自律的に変容を遂げているのであり、新たに必要なことは、生産分業ネットワークの構築ではなく、イノベーションを生み出すための多様な技術や知識の連携やそのような連携が網の目のようになったネットワークを形成することであり、それがクラスター政策の主眼となっている。

担い手企業の要件は技術吸収力(Absorptive Capacity)

従って、産業クラスター形成の担い手になれる企業とは、産学連携や企業間連携を自らの製品、事業に有効に活用でき、従って、産学連携や企業間連携にメリットを感じ、産学連携や企業間連携に積極的に取り組む動機を持った企業でなければならない。大学や他の企業など外部の科学的知識や技術を有効活用できる能力は、技術吸収力(Absorptive Capacity)(参考文献Cohen W. M.;D. A. Levinthal. Innovation and Learning:the Two Faces of R&D. The Economic Journal, Vol. 99, 1989, p.569-596.)と呼ばれる。

つまり、産業クラスターの形成や産業クラスタープロジェクトの自立化には、技術吸収力のある地域企業群が必要である。技術吸収力のある地域企業は、知的クラスタープロジェクトにとっても、研究開発成果を活用できる企業である。われわれは、そのような企業の典型として、「製品開発型中小企業」を定義し、これまでに主として2つの地域で調査を行った。ひとつは東京都多摩地区を挟んで埼玉県南西部と神奈川県中央部に広がる「TAMA(Technology Advanced Metropolitan Area)」、もうひとつは京都市近郊から滋賀県南部にかけての「京滋地域」である。

製品開発型中小企業と基盤技術型中小企業

製品開発型中小企業とは、製造業において、設計能力と自社製品の売り上げがある中小企業として定義する*1。ここで、自社製品とは、自社の企画、設計に基づく製品であり、部品および他社ブランド向けOEM供給製品を含む。調査対象を「研究開発型中小企業」ではなく「製品開発型中小企業」としたのは、研究開発をしているだけでは製品を市場化できる真の開発力があるかどうかわからないからである。市場ニーズを把握したうえで製品を企画、開発できる力の有無を見極めるため、設計能力と自社製品の売り上げの有無に注目した。

製品開発型でない中小企業(「非製品型中小企業」と呼ぶ)の大部分は、製造業の基盤的な加工(切削・研削・研磨、鋳造・鍛造、プレス、板金、メッキ・表面処理、各種部品組立、金型製作など)を担う「基盤技術型中小企業」である*2。基盤技術型中小企業は、大企業と製品開発型中小企業の製造工程の外注先として機能しており、また、高精度、短納期の発注に対応できる高度な加工技術力を持った基盤技術型中小企業も多く、その先進的な形態として「試作加工」に特化した企業も存在する。しかし、基盤技術型中小企業の業務の多くは受託加工(いわゆる下請加工)であって、それ自身の製品開発機能は持っていない。

TAMAと京滋地域の製品開発型中小企業

製品開発型中小企業は、まず、通産省関東通産局(現、経済産業省関東経済産業局)が1996年度にのちにTAMAと呼ばれる広域多摩地域を対象に実施した調査によって注目すべき存在として浮上した。私は、独立行政法人経済産業研究所(以下、RIETI)で2003年3月にTAMA企業のアンケート調査を実施し、TAMAの地域の製品開発型中小企業が、研究開発に積極的でその成果も高く、産学連携や企業間連携を研究開発成果につなげる力が高い、すなわち、技術吸収力が高いことを確認した*3

さらに、2006年11月から12月にかけて、RIETIと京都大学の共同研究として京滋地域を対象として調査したところ、同地域にも同様の特徴を有する製品開発型中小企業が多数存在し、光・画像処理、計測・測定・分析、液晶・プラズム・半導体製造、電子部品をはじめとする先端技術分野に属する多様な要素技術を保有していることを確認した*4。代表的な指標として、京滋地域の製品開発型中小企業についていくつかの指標を掲げると、対売上高研究開発費比率では全国平均を上回り、研究開発成果指標(直近3年間の特許出願件数、新製品件数、工程・加工法に関する新技術件数)においても、非製品型中小企業を大きく上回っている。また、産学連携を実施している企業は急増している*5

TAMAプロジェクトをけん引する製品開発型中小企業

関東経済産業局によって見いだされた製品開発型中小企業を核として、産学および企業間連携を促進する(社)TAMA産業活性化協会が1998年4月に設立された(社団法人化は2001年4月)。同協会は、これまで、会員数を増やし、連携事例数も年々増加傾向にあるなど、産業クラスター計画のモデル的なプロジェクトとして成長している(2007年6月の産学官連携推進会議で経済産業大臣賞受賞)。TAMA協会の活動の活発さは、直接的には協会トップのリーダーシップと協会事務局の活躍によるところが大きい。しかし、それが可能となっているのは、企業をはじめとする会員の強い関心と理解と参加があるからである。企業会員の多くは製品開発型中小企業と製品開発型への脱皮を図る基盤技術型中小企業であり、これら企業の参加が、TAMA協会の活力の源泉となっている。

先端政策公開シンポジウム「技術革新の担い手となる中小企業とは~京滋地域クラスターの可能性~」を開催予定

京滋地域の調査で明らかになった製品開発型中小企業の中で、関西地域の産業クラスタープロジェクトである「関西フロントランナープロジェクト:Neo Cluster」や京都の知的クラスタープロジェクトである「京都ナノテククラスター」への参加企業は、今のところ非常に少ない。しかし、製品開発型中小企業が参加、あるいは、これらを基点とする産学連携、企業間連携が広がることによって、これらのクラスタープロジェクトや滋賀県版経済振興特区制度の対象地域である「びわこ南部エリア」が活性化することは間違いない。

京都は、もともと、世界的に活躍するハイテク企業の集積地として、また、ベンチャー企業を育成する環境が優れた地域としての評判を得ている。いまだ広く名を知られてはいないものの開発力に優れた多数の製品開発型中小企業が加わることは、京都圏域の地域的イノベーションシステムの形成に大いに寄与することと考えられる。

そのような可能性を検討するため、京都大学経済研究所と(独)経済産業研究所は、11月19日(月)に、先端政策公開シンポジウム「技術革新の担い手となる中小企業とは~京滋地域クラスターの可能性~」を開催(開催場所:京都大学)するので、ご関心の多数の読者のご参加をお待ちする*6

*1
以下は、製造業関連分野を対象とした議論である。

*2
非製品型中小企業には、他に、研究開発を行っているが自社製品の市場化には至っていない「研究開発型中小企業」が含まれる。

*3
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/05090000.htmlほか参照。

*4
http://www.kier.kyoto-u.ac.jp/caps/chosahyo/chosahyo_1.pdfおよびhttp://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/07030018.html 参照。

*5
参考資料「京滋地域の製品開発型中小企業の主要指標」(PDF:33kb)

*6
開催概要についてはhttp://www.kier.kyoto-u.ac.jp/caps/workshop/sympo2007_4.htmlを参照。