2007年11月号
巻頭言
顔写真

荒磯 恒久 Profile
(あらいそ・つねひさ)

北海道大学 創成科学共同研究機構
リエゾン部長 知財・産学連携本部
事業化推進部長
前 産学連携学会 会長


産と学の対話

自然科学はさまざまな基礎分野を土台として、その上に応用的な分野が豊かな人間生活の実現を目標にして聳(そび)え、調和のある構成を見せている。産学官連携は応用的分野が中心であると考えがちであるが、「基礎」と称する学問領域は社会と無関係に生まれたのだろうか? 答えは「否」である。すべての学問領域は社会の要請をその歴史の中に持っているものである。

例を量子力学に取ってみよう。この学問領域の原点は1900年の12月、まさに20世紀が始まる前夜にマックス・プランクが発表した放射に関する「量子仮説」にある。19世紀、ドイツ工業を支えた製鉄業の発展には炉の温度を正確に測る必要があった。国家の援助により熱放射の研究が展開し、量子仮説を用いることにより社会への要請に対し完璧な答えを提供したのである。そしてそれは、同時に物理学者の頭脳をも刺激した。アインシュタインをはじめとする多くの物理学の巨人が、わずか30年ほどでこの新しい学問体系の骨格を作り上げた。新学問領域創造の駆動力は知的興味が主体だったであろうが、それによって生まれた学問的成果は1948年のトランジスタの発明を生み、情報化社会や高度医療などの形成を演出して再び社会の要求に応えることとなる。

ここに社会と学術の間に悠然と流れる対話の輪を見て取ることができる。対話を作り出した原動力は産と官による社会要請の明確化であり、新学問領域を完成させたものは学の未知なる物を解明しようとする情熱である。それがあってこそ次に来る社会的要請に学が応えることができるのである。

対話の輪は多様である。数十年をサイクルとするもの、数年で完了するもの、入れ子構造のものなど大小の輪が回転する。しかし、対話は自然発生はしない。産の構造も多様であり産学官連携には数多くの手法が適用されなければならない。

産における研究の目的は社会のニーズを意識することによって生まれ、研究そのものは目的を達成することで終了する。学における研究は個人の知的探究心によって進展するもので、問題意識は途切れることなく継続し深化する。一見、正反対の性格を持つとも見える産と学であるが、産学官連携を意識するしないにかかわらず、双方共に社会を構成するコアとして相互作用を繰り返しながら発展している。産学官連携は学の成果を社会に還元するにとどまらず、学に新領域をもたらすものであることを忘れてはならない。