2007年11月号
連載1  - 人材育成問題を考える
技術移転人材育成プログラムにおけるNAISTメソッドの一例
(指導側の留意事項の紹介)
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吉田 哲 Profile
(よしだ・てつ)

奈良先端科学技術大学院大学
産官学推進連携本部 客員准教授
/弁理士

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久保 浩三 Profile
(くぼ・こうぞう)

奈良先端科学技術大学院大学
先端科学技術研究調査センター長
教授/弁理士

奈良先端科学技術大学院大学の「技術移転の人材育成プログラム」には2つの特徴がある。1つは具体例に基づいた課題から勉強を始めること。もうひとつは、研修生には1人ずつ異なった課題を与えること。そのポイントを紹介する。

奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)は、産官学連携活動の1つとして技術経営教育を行うほか、2003年から技術移転の人材育成プログラム*1 に力を注いでいる。NAISTは教員一人当たりの外部資金獲得額やライセンス収入がわが国の大学ではトップクラスといわれる。さらに高いレベルを目指すには大学全体としての知財レベルを高める必要があるであろう。このようなプログラムはその土台作りとして将来機能するものと期待している。ここでは技術移転の人材育成プログラムのポイントを紹介する。なお、われわれ2人はこのプログラムに当初から参加し、吉田は2006、2007の両年、米国での研修を担当、久保はプログラムの総括を行った。

プログラムの概要

NAISTで行われた技術移転の人材育成プログラムの概要をまず説明する。プログラムの目的は大学で生まれた技術を市場に移転する業務(技術移転業務)を扱える実務家の育成である。プログラムの主たる課題は[1]技術の権利化、 [2]移転先を探すマーケティング、[3]ライセンス契約に関する法務、である。昨年は米国への技術移転をテーマに勉強した。今年は、さらにテーマを絞り、米国における契約業務をメインとした。

対象者は、主として学生、大学職員、研究者であるが、過去には大学外部からの参加を受け付けたこともある。ただし、昨年と今年は大学職員だけを対象にしており、その所属は人事部、総務部、法務部などである。また、大学研究者を補助する役割の技術スタッフも毎年数名参加している。研修生の多くはこれまで技術移転の業務に携わったことのない初学者といえる。

このような初学者に対して、通常の業務の合間にゼミ形式の勉強会を週1回程度の頻度で開催する。全体の期間は3カ月~6カ月である。2006年は吉田がゼミ講師を担当した。2007年ではこれまでの研修生の中から2名(矢倉、塚本)をリーダーに任命し、リーダーを中心とする2つのグループ(合計11名)を中心に学習を行っている。

特徴の1つは「下から上に向けての学習」

NAISTの人材育成プログラムには、2つの特徴が挙げられる。1つは、下から上に向けての学習方法である。下から上とは、できるだけ具体例に基づいた課題から勉強を始め、少しずつ知識を積み上げて法律や規則を理解する方法である。もうひとつの特徴は、個別の課題設定である。研修生には1人ずつ異なった課題を与え、各自が担当課題について責任をもって勉強し、最終報告を行ってもらう。

まず興味を持ってもらうこと

下から上のスタイルを採用した理由は、技術移転に対してまず研修生に興味を持ってもらうことが必須と考えているからである。映画監督、宮崎駿氏は「入り口は低く広くて……、出口は高く……」と自分の作品を説明している*2。これは映画の最初は誰にでも興味を持ってもらえるようにやさしい構成とするものの、映画全体を通じたメッセージは決して安易なものであってはならない、という映画へのこだわりだと思う。この考え方は、人材育成を行う際にも、重要と考える。なぜなら、研修生の積極的な取り組みがなくては、十分な成果を期待できないと考えるからだ*3。単に講義を聴講するだけの研修であれば、どれだけ時間を費やしても望ましい学習効果は期待できない*4

実際に使われた書類など具体例を示す

「契約」であれば、まず実際の契約に使われた書面を例に、具体的規定を研修生に紹介する。次に、どうしてその規定が必要なのかを考えてもらう。多くは、その規定がなかった場合のトラブルを紹介する。一例として、改良発明の取り扱い規定であれば、提供した技術の改良発明に特許を取得されてしまい、自分たちのその後のライセンス活動に支障が生ずる場合である。そして、さらに高いレベルとして、改良発明の取り扱いにあまりに強引な要求をした場合には、独占禁止法に違反する点や、その判断基準には公正取引委員会のガイドラインが有効である点を教える。

研修生ごとに個別の課題を設定

上のような課題は研修生ごとに異なる。個別の課題を設定する理由は、各自の責任を明確にすることで研修生の意欲を高めることである*5。全体に1つの課題を与え、グループとしての成果を要求すると、多くの場合において一部の研修生だけが頑張ることになる*6。これでは、すべての研修生の能力向上につながらない。そこで、各自に異なる課題を与え、その課題について各自責任をもって報告書を作成してもらっている。

勉強すべき内容が広がる

個別の課題を設定したとしても、研修生の知識はその課題だけに終わることはない。例えば、「ライセンス料をどのようにして定めるのか?」という問題に対して、その留意事項は多面に及ぶ。まず、ライセンス料の決定はどのようにして行われているのか(一例として、業界標準の参照)ということを勉強する必要がある。また、支払方法として、一括支払や歩合支払を知る必要がある。さらに、ライセンス料の問題は契約締結で終わるのではなくその後のモニタリング*7が必要である点や、海外の大学との有償契約であれば為替や税金(租税条約)など勉強すべき内容が広がっていく。下から上への学習方法に通じることだが、研修生には小さな実例を基礎として、知識の枝を伸ばしてもらうことを期待している。また、知識の枝が他の研修生の課題と重複する際にはお互いが教えあう関係が形成され、より高い学習効果が期待できるようになる*8

合計400ページを超える報告書

NAISTがこれまで行ってきた人材育成の成果としては、研修生が作成した報告書があり、それらはWEBで公開されている(2005年*9、2006年*10 )。特に、2006年では、知的財産の初学者を含む6名の研修生がわずか3カ月の準備期間で米国特許事務所を訪問し、個別に質問をするまでになった。また、その報告書は合計で400ページを超える。ページ数だけが成果ではないが、全員が意欲的に勉強をしなければ達成できなかった成果だと思う。プログラム終了後、「これまで無関心だった知的財産関係のニュースを面白く読めるようになった」との報告があった。研修後に技術移転の実務に携わることとなった研修生からは、「技術移転の全体像が理解できていたため、当初からスムーズに業務に取り組めた」との感想も寄せられている。

展望

これまでのプログラムでは、個人単位での学習をメインとしてきた。しかし、研修生同士が教えあう関係をさらに期待するのであれば、課題が接近する研修生同士がグループを形成するスタイルを試みたい。グループ内での頻繁な情報交換が期待できるからである。グループに対する課題と、そのグループ課題に含まれる個別課題の設定については、指導側に工夫が必要だが、上手くいけば大きな成果が得られると思う。

また、相互に刺激する効果をより高めるのであれば、さまざまなバックグラウンドを備えた人材の参加を期待する。この点は研修生だけでなく指導側にも要求されることである。今後、NAIST単独のプログラムではなく、多様な大学から研修生と教員が集まることで、個人学習では得られないユニークな成果が得られるのではないかと考える。

「人材育成問題を考える」シリーズは今回で終わります。

*1
NAIST WEB: http://ipw.naist.jp/cast/_chizai/index.html
技術移転、技術経営のほか、知財判例研究や起業家育成講座が開催されている。

*2
宮崎駿 『出発点(1979~1996)』 徳間書店:上記一節は、青井汎『宮崎アニメの暗号』 (新潮社.2004.p.12.)からの引用。一例として、「もののけ姫」に巨大な狼が登場するといっても、狼と人間との戦いがテーマではないと思う。人間社会と自然の共存という永遠に解決できないテーマを問いかけるための優しい入り口といえるだろう。

*3
Maryellen Weimer.Learner-Centered Teaching.Jossey-Bass.2002.p.76, 81-91.
生徒を中心とした授業スタイル(Learner-Centered Teaching)において、教師の役割は教えることだけではなく、生徒と資料を結び付けること、生徒の発見を促すこと、生徒同士が教えあえる環境を作り出すことなどを紹介する。

*4
妹尾堅一郎.新規領域の人材育成におけるメディア活用.2006 PCカンファレンス8/3-5.p.63-66,p.65.今後の知的人材育成のあり方として「従来の知識伝達型教育」では不十分と指摘する。

*5
前掲*3 p.95-118.Learner-Centered Teachingの授業スタイルにおける指導側の役割として、学習する責任(Responsibility for Learning)を生徒に理解させる点、そのための手法が紹介される。

*6
Larry K. Michaelsen.Team-Based Learning.Stylus. 2004. p.84-85. グループ学習の問題点として、積極的でない生徒の最小化(Minimizing Social Loafing)を指摘する。そして、Social Loafing(ただ乗り)を防ぐ術として、グループと個人の成果を別々に評価すべき点を紹介する。

*7
Technology Transfer Practice Manual. AUTM.2002, 2nd ed. Part 8.契約締結終も、必要に応じてライセンシーの経理状態をモニターすることが、契約履行の観点から大切であると説明する。

*8
妹尾堅一郎.知財マネジメントにおける先端人材育成.TOKUGIKON.no.235. 2004 11.12. 妹尾は、研修生同士が教えあう環境を「互学互修」として、異なるバックグラウンドを備えた人材のラーニング・コミュニティ(学びの共同体)が教育の場において重要であると提唱する。NAISTのプログラムでも研修生同士が教えあう関係を理想として、そのような研修生同士の関係が形成されることを期待している。

*9
NAIST 2005報告書:http://ipw.naist.jp/cast/_chizai/ojt2005.html

*10
NAIST 2006報告書:http://ipw.naist.jp/cast/_chizai/ojt2006.html