2007年12月号
特集1  - 共有知的財産権の不実施補償
不実施補償にこだわらない全体最適追求の産学連携-東北大学
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高橋 富男 Profile
(たかはし・とみお)

東北大学 産学官連携推進本部
副本部長


東北大学の「不実施補償」の方針は「利益に貢献した場合は、企業が大学に実施料を支払う」というもの。その背景を解説する。

I. 大学はなぜ「不実施補償」にこだわるのか

主な理由は次の2点である。

1) 発明者である教員等の職務発明に対する発明報償の原資として
2) 大学の研究成果である知に対する正当な評価

多くの大学は平成16年4月の国立大学法人化を機に、大学教員の職務発明を機関帰属とした。それ以前は原則、個人帰属であった。個人帰属とされた発明は[1]発明者個人が出願する、[2]企業等に譲渡する、[3]共同出願する―などの選択肢があるが、ほとんどが企業に持ち込まれて共同研究費や奨学寄附金の形で還元されていたと推測している。

一方、大学の法人化前後に発明報償に関する大型訴訟が相次いだために、大学でも職務発明の報償の財源確保の観点から、知財収入を増やす必要性が生じた。しかしながら、大学は保有特許を自ら事業化して収入を得ることは禁じられている。企業との共有特許の場合、企業が実施して収益を上げて、ロイヤルティ等で還元してもらう以外に大学に収入の道はない。中には防衛的特許や、競合先等とのクロスライセンスなど当該特許から収入が期待できないケースもある。また企業によっては特許法第73条をもとに「出願等費用は持分比率で負担し、それぞれが無償で自己実施できる」ことを主張するケースが見受けられる。これでは、大学の発明報償原資がなくなる。

II. 企業が「不実施補償」に抵抗する理由

その主な理由として、次の2点が想定される。[1]特許法第73条の規定、[2]企業では、当該特許を実施することにより利益が出て初めて社員に実績補償金を支払うので、権利化未確定もしくは実施前の特許に対する対価の支払いはしにくい。

[1]に関しては、国立大学の立場を説明して大多数の企業が理解している。[2]については、企業の立場も理解できるため、大学と企業との折り合える点を模索する必要がある。

III. 全体最適を追求した知的創造サイクルの善循環モデル

前述のI、IIは、知財にフォーカスした場合に発生する問題。研究、教育に次ぐ大学の第3の使命「社会貢献」が、大学の研究成果を社会で活用し産業の発展に寄与することを目的とするならば、特許の実施料にのみこだわるのではなく、活用して成果を出しやすい仕組みを作る必要がある。

東北大学では、「知的財産の社会での活用を優先」とする知的財産ポリシーの下に、大学、企業間の信頼関係を重視し、双方の事情を考慮した仕組みとして、共有特許の実施に関する考え方を提示している。

平成19年度版東北大学共同研究契約書雛形より 甲:大学、乙:企業等(共同出願等契約)
第20条 乙は、第14条第3項の共同出願等契約に際し、以下の第1号 から第4号の少なくとも一つを選択するものとする。ただし、譲渡、許諾 等の条件については、甲乙別途協議するものとする。
(譲渡) 甲は、自己の持分を乙又は乙の指定する者に有償で譲渡すること。
(独占実施) 甲は、自己の持分について、乙又は乙の指定する者に有償で 専用実施権を設定し、又は独占的通常実施権若しくは再実施許諾権付き独 占的通常実施権を許諾すること。この場合、甲乙共有の当該発明等に係る 出願等の費用は、設定又は許諾を受けた乙又は乙の指定する者が負担する こと。
(非独占実施1) 当該発明等の乙の非独占実施により、当該発明等が乙の 事業に貢献することが見込まれる場合、又は貢献した場合、乙が甲へ実施 料を支払うこと。この場合、甲乙共有の当該発明等に係る出願等の費用は 乙の負担とし、乙が負担した甲の持分に係る出願等の費用を、当該支払い から控除できること。
(非独占実施2) 甲及び乙は、実施料を支払うことなく当該発明等を非独占 的に実施できるものとする。但し、乙は、甲が第三者、又は、甲若しくは甲 の職員の関与により起業化された法人等に甲の持分を譲渡し、又は通常実施 権を許諾することに無条件で同意すること。この場合、甲乙共有の当該発明 等に係る出願等の費用は、甲乙が持分に応じて負担すること。

その骨子は、「当該共有特許を企業で実施した結果、利益に貢献した場合は、企業が大学に実施料を支払う」というものである。ただし、「出願等費用は企業が全額負担する。また、企業の要請により出願前譲渡や独占的実施許諾も可能」という内容で、共同研究契約書雛形第20条に明記している。

その背景として、法人化直後に発生した研究契約締結が大幅遅延するという問題が挙げられる。それは、「共有特許の出願等費用の負担元、持分の決定、実施料支払可否(いわゆる不実施補償)」に起因するものであった。研究契約締結時点で、「企業が全ての費用を負担すること、実施料(不実施補償を含む)は支払うこと」を強調し、知財部同士が一歩も譲らず双方で法務論争に陥ったためであった。しかも、創出された発明を見て大学が実施形態に意見を出せるものであった。

おかげで、研究開始ができなくなり、学内でも大きな問題となった。さらに、「急激な機関帰属移行とその徹底」を図ろうとしたために、法人化以前に多数の特許を出願してきた教員には過渡的な混乱が発生。これも大きな反発要因であった。一方では、企業側も電気系や材料・化学系、バイオ系など業種によって知財に対する考え方、主張が異なることが分かった。

これらの現象は、どの大学でも発生したが、東北大学では平成16年6月には善後策の検討に入り、出願等経費を負担するケースを織り込んだ新雛形を同年10月に打ち出した(別欄に条項を記載)。発明が創出されて、共同出願契約締結時に、企業が四者択一もしくは組み合わせを選択する仕組みとした。ちなみに、実際の共同研究契約では、三項の選択が圧倒的に多い。企業側が対応しやすいシステムとなった結果、それまで1件あたり平均25日間近くかかっていた契約交渉が3日間以内に短縮され、学内外からの評価も急速に改善された。この際に、大学の知財部は、企業のそれとは異なって、「相手企業に活用促進を働きかける営業部門」のミッションが大きいことが確認された。

図1

   図1 全体最適を追求した知的創造サイクル
       の善循環モデル

それ以降は、TLOとも共通認識の下で、知の権利化・ライセンシングに偏重するのではなく、迅速な研究開始や研究環境の向上を重視した「全体最適を追求した知的創造サイクルの善循環モデル」(図1)をベースに産学連携を推進している。多くを期待しにくい不実施補償やライセンス契約条件にこだわり、大きな研究費獲得を逃すことになりかねないからである。図中の右側半分にも視点をおき、契約締結にあたっては、各企業の実情を勘案した上で、本学のルールの範囲内で柔軟な対応に努めている。その後も、研究契約締結業務は迅速に処理されており、企業や学内教員からの評価も高くなり、契約件数・金額共に増加してきている。