2008年1月号
特集1  - 人材を問う 今のままで産学連携を担えるのか
博士の「就職」を促進する条件
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濱中 淳子 Profile
(はまなか・じゅんこ)

独立行政法人 大学入試センター
研究開発部 助教


大学院生が大幅に増えたのに、その社会的需要は伸び悩んでいる―就職できない博士の増大問題。「博士=使えない人材」という企業に映る図式は再考の余地があると、濱中淳子氏は指摘する。最近の大学院生は、忙しい大学教員に代わり多くの事務作業をこなし、かなりの程度の事務能力やコミュニケーション能力を備えているのではないかとも述べ、企業に「とりあえずの博士の採用」を勧める。

博士の就職問題が注目を集めている。博士号を取得しても、就職先が見つからない。ポスドクになれたとしても、任期が切れた後のことまではわからない。身分が定まらず、漂い続ける博士が増えている。

大学院拡大政策の影響

その背景には、政府が推進した大学院拡大政策がある。1991年、文部大臣の諮問機関だった大学審議会は、大学院生数を2000年までに20万人に拡大させる必要性を主張した。当時、大学院生の数は10万人弱だったので、10年間で2倍の規模にするという計画である。そして、その計画は見事に実現し、その後も拡大は続いた。ところが他方で、企業側に大学院修了者に対する需要があったかといえばそうではない。「政府に誘導されながら生じた大学院の量的拡大」と「伸び悩んだ修了者に対する社会的需要」。この2つが相まって、就職できない博士が増大することになった。

博士を企業に就職させる施策

せっかく育てた博士が活躍できない。予測できた結果ともいえるが、現実となった事態を目の当たりにして、この数年、政府や大学は対策に乗り出し始めた。博士に活躍の場を与えなくてはならないが、大学や研究所におけるポストの増加は見込めない。ならば、博士を企業に就職させる施策を講じるべきであろう。そのような考えによるさまざまな取り組みが試みられている。

例えば文部科学省は、2006年に「科学技術関係人材のキャリアパス多様化促進事業」を立ち上げた。若手研究者の進路を産業界へつなぐための計画を募集し、審査をパスしたものに予算をつけるというものである。既に12の機関が採択されているが、これらの機関を中心に具体的な支援策が始まっているようだ。新聞によると、事業に採択された大学や学会によって、博士のキャリアを考えるセミナーが開催されている。また、博士の就職を支援するセンターがいくつも設立されているし、そのセンターを中心に、企業と学生の「お見合いの場」も設けられている。

望ましい変化だと思う。大学研究者になりたいという夢を抱く博士課程学生の考えは変わりにくいかもしれないが、情報を与えていくなかで、そしてこうした取り組みの存在自体を知ることによって、企業への就職を考える者は増えていくだろうし、実際、増えているようにもみえる。だが、忘れてはならないのは、博士の民間就職を実現するためのいまひとつの重要な要因があるということである。いうまでもなく、就職は「就職を希望する博士」と「受け入れる企業」のマッチングが成立することによって決まる。つまり、いくら博士側の志向が変わろうが、いくら「お見合いの場」が増えようが、企業が博士の受け入れに積極的にならなければ、事態が好転することはない。

依然多い博士採用抑制

しかし、その企業の姿勢をみる限り、やはり解決までの道のりは遠いと感じられる。文部科学省が2007年2~3月に実施した調査によると、研究開発従事者採用で学士や修士の採用を増やそうと考える企業が2~3割あったのに対し、博士やポスドクを増やそうとする企業は1割未満にとどまっている。博士の採用を控える企業は依然として多い。おそらく、企業にとって博士は「使えない人材」として映っているのであろう。

企業の主目的は利益を上げることにあるのだから、博士を使えない人材だと判断する以上、採用しないのは当然のことである。ただ、ポスドクを経験した1人として、そして大学院について研究をしてきた者として指摘させてもらえば、この判断には疑わしい部分がある。つまり、「博士=使えない人材」という図式には再考の余地があるように思われるのである。2点ほど言及しておきたい。

コミュニケーション能力も高めている

第1に、博士の能力についてであるが、さまざまな言説から、企業側は次のように認識しているととらえられる。「博士は自分の専門については精通しているのだろうが、それが仕事に直結するわけではない」「大学院教育で視野が狭くなっているだろうし、仕事の現場で必要な能力が低下している可能性もある」等々、「大学院生=実務で使えないオタク」というレッテルが貼られている。多かれ少なかれ正しい見方なのかもしれないが、偏見も含まれているように思う。

数年前、工学系卒業生を対象にした調査データを分析したことがある。それによると、大学院生は深く狭いテーマを追究していくなかで、専門基礎知識を定着させ、語学能力を補強し、コミュニケーション能力も高めているという傾向がうかがえた。これは実証データによる知見だが、経験から補足しておきたい点もある。すなわち、最近の大学院生は、多忙化した大学教員に代わって多くの事務作業をこなしている。書類の作成や連絡係などの雑務を積んでいる。いまの博士は単なる「オタク」ではなく、かなりの程度の事務能力やコミュニケーション能力を備えているはずである。

企業による博士育成の可能性

第2は、博士の評価基準についてである。もし、博士が企業にとって使えない人材なのであれば、企業が育成すればいい。そのように思えるのだが、この考えは一般的ではないようだ。学部卒の採用については、企業側に「自らが育てる」という意識のもとで行われている傾向がある。人事部には「大学教育には期待しない」という者もいるぐらいである。けれども一転、博士となると、育成対象から外され、即戦力であることが重要視されてしまう。直前まで学校組織に所属していた者が即戦力になるはずがない。企業で働く博士には、企業による育成が必要である。この狭すぎるともいえる基準については、見直しが求められるようにも思う。

さらに付け加えると、企業による博士育成効果は、考えられている以上に大きい可能性がある。数少ない博士採用企業の関係者の話によると、博士ほどの学習能力があれば、分野を異にする就職をしても、3カ月もあれば「かなり使える人材」になるという。

誤解を避けるために述べれば、企業を責めたいのではない。問題の解決には企業側の博士受け入れが必要であるが、企業は博士採用に消極的である。その背景には、博士の能力やその可能性に対する誤解や思い込みがあるのではないか、ということを言いたいのである。

工学系修士の経験に学ぶ

時代をさかのぼれば、1960年代半ばに工学系修士課程が急激に拡大したことがあった。いまでこそ評価が高い工学系修士だが、はじめからその就職が順調だったわけではない。当時の事情を知る者によると、修士課程拡大によって旧帝大クラスの工学部学生が大学院に進学するようになり、企業は修士を採用せざるを得なくなった。そして雇ってみてはじめて修士の意義を実感し、積極的な採用活動を展開するようになったという。

いま、博士についても「とりあえずの採用」が実現すれば状況は変わるだろうか。工学系修士のように評価の向上が起き、「就職」の道が広がる可能性もあるのではないか。このように考えると、問題解決のためには2つの条件があるように思う。1つは、企業が博士の採用を経験してみること、いまひとつは、企業が安心して博士採用に取り組めるよう、博士の能力に関する実証的なデータを蓄積することである。後者は私たち教育研究者や大学関係者が、重要であるにもかかわらず、十分に取り組んでこなかった課題である。

博士の就職は、博士個人のみならず、研究者コミュニティー、ひいては社会全体の問題である。難しい問題ではあるが、解決のためにできることはまだ残されているようにも思う。産学官それぞれの取り組みによって少しでも事態がよくなることを期待したい。