2008年3月号
海外トレンド
ベンチャーが牽引する海外のクラスター
「産学連携」から「産ベン学連携」へ
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前田 昇 Profile
(まえだ・のぼる)

青山学院大学大学院
国際マネジメント研究科 教授


産学連携という視点で海外の先進的クラスターを見ると、ベンチャーと学の連携が中心になっているケースが多い。日本ではベンチャーを入れ忘れることが多いので筆者は「産ベン学連携」という言葉を提唱している。

10年ほど前に私がビジネスから学問の領域に足を踏み入れた背景には、世界最強だった製造業の停滞、ひいては日本産業の停滞を何とか解明しようとの思いがあった。なぜ大企業では革新的なイノベーションが停滞するのか、なぜソニー、ホンダ、京セラのような世界市場に打って出る技術系ベンチャー企業が日本にこの数十年出てこないのだろうか。むちゃをするベンチャー企業との競争のない安定志向の大企業だけのイノベーションには限界があるのではないだろうか?という素朴な疑問であった。

そのような中で出版されたハーバード大学クリステンセン教授の「イノベーションのジレンマ」やチェスブロウ教授の「オープンイノベーション」を読み、またマサチューセッツ工科大学(MIT)のウエーバー教授の「コーポレート・ベンチャリング」を聴き、ベンチャーを積極的に取り込んだ海外の事例や論理を知るにつけ、さらにその意を強くした。

緩やかなネットワークを組んでいる地域に優秀なベンチャー企業

これらの素朴な疑問を解くためにビジネスマンの時に世界を駆け回った習性から、欧米亜で最近10年ほどの間に躍進している技術系ベンチャー企業を訪問した。そこから見えてきたことは、特定産業で大学や研究所、州や市と連携して緩やかなネットワークを組んでいる地域に優秀な技術系ベンチャーが多いことであった。それがクラスターと呼ばれるものであると知ったのはその1年後であった。

現地でのインタビュー等でその歴史をたどると、ベンチャーが多く創出されたからクラスターが創出され育成されていったのか、それともクラスターだからベンチャー企業が多く創出され成長していったのか、非常に興味深い観察ができた。答えは両方とも正解であるとわかってきた。クラスター創出期は前者であり育成期は後者である。そのベンチャー企業群は数十年前に設立された地元のアンカー企業と呼ばれる中核企業や国立研究所や大企業からのスピンオフが多いことがわかり興味深かった。私自身の興味も当初のベンチャー企業の調査研究から次第にクラスターにおけるベンチャー企業の役割の調査研究へと移行していった。

これに対して7年ほど前から盛んになった日本各地の地域クラスターを訪問したり資料を見たりして感じることは、ベンチャー育成よりも産学連携、すなわち大学や研究所と地元企業の連携、大学や研究所と大企業の連携に重きが置かれている印象を受ける。各地のクラスターで産学連携が重要視されているが、産学の"産"とは地場の中小企業あるいは中堅企業や大企業の出先機関であり、"学"である地元の大学教員や研究機関研究員との連携が中心である。また都会では著名な大企業と著名な大学が包括契約を結び産学連携を進めている。

大企業、中小企業のイノベーションのジレンマ

これらの産学連携は必要であり有意義であるが、地域クラスター創出や育成にはもっと大事な産学連携がある。"産"の中に本来は将来の産を目指すベンチャー企業も含まれており、海外の先進的クラスターでは産学連携というとベンチャーと学の連携を中心とした活動がクラスター創出および育成のエンジンとなっているケースが多い。「ベン学連携」が産学連携の中心である。大学や研究機関の基礎研究から出てきた革新的な基礎技術は、安定性のある革新的な応用技術になり商品化されるまで数年かかる。これに取り組めるのは好奇心旺盛で年間数百万円から数千万円の売り上げで生きていける志を持ったベンチャーしかいないだろう。これが"イノベーションのジレンマ"であり、多くの顧客が要求していない小さな市場、性能の安定していない未開拓の分野に大企業や中堅企業は手を出さない。中小企業も第2創業の気持ちで取り組まない限り手を出せない。

大学や研究機関の技術に手を出したベンチャーの何割かは事業や資金繰りに失敗して倒産していく。生きるか死ぬかのこの厳しさがあるから、厳しい生存競争による破壊と創造を繰り返して技術やビジネスモデルのイノベーションが起こりうる。これらのベンチャーをどう孵化(ふか)させ育てていくかがクラスター内のコネクターの重要な仕事である。

図1

図1  産ベン学連携

日本では「産学連携」という言葉はベンチャーを入れ忘れることが多いので私は「産ベン学連携」という言葉を提唱している(図1)。大学の技術でベンチャーが生み出した商品化に近づく応用技術や試作商品を、中堅企業や大企業がベンチャー企業と販売連携、技術提携、資金供給、M&A等でWin-Win関係を築いて行くのが現実的である。


過酷な競争意識がベンチャーの特性

古くからの「産業集積」と、昨今言われている「クラスター」との特に大きな差は、[1]特定の産業に特化しクラスター内企業の補完・連携効果を得やすくしているか [2]大学や研究所の知識をフルに活用しているか [3]クラスター内に協調に加えて過酷なベンチャー競争意識が根付いているか[4]毎日の産学官接触の核となる場があるか [5]地域ビジョンを先導するリーダーの顔が見えているか—であると考える。

その中でも[3]のベンチャーが起こす競争は協調をとうとぶ産業集積では考えられないことである。産業集積をクラスターに進化させるのに「若者」「ばか者」「よそ者」が効果的だとよく言われているが、まさにこれらは向こう見ずとも思われるベンチャーの特性そのものである。

図2

図2 米国サンディエゴ・バイオクラスター内のス
     ピンオフ・ツリー
     出典:"COC Cluster Report-San Diego" 2001年
     p66-p70

米国のサンディエゴ(図2)やノースカロライナ、イタリアのボローニャ等欧米の先進クラスターで多量の類似的または補完的産業のベンチャー群を創出している。その秘密はアンカー企業からのスピンオフが多発し、20~30年くらいで数十のスピンオフ企業を次々と生み出す「起業の連鎖」であり、その歴史図が樹木の枝葉のようになっているのを見て「スピンオフ・ツリー」と私は名付けた。

これらは飛び出した企業や競合企業等と連携をしてWin-Winの関係を持つ企業が多い。日本でも浜松や札幌でスピンオフ・ツリーがこの数十年のあいだに形成されだし、そのうちの数社は株式公開(IPO)している。九州北部のシステムLSIクラスターや浜松のオプトロニクスクラスター、神戸の再生医療、大阪彩都の創薬クラスター、長野・上田のスマートデバイスクラスター、広島のバイオクラスター等、数十のベンチャー企業がそれぞれの特定産業において創出され、人材や大企業、資金等を国内はもとより世界各地から引き寄せうるクラスターが立ち上がりつつある地域が多くなってきた。久しく国や大企業の研究機関の単なる集積だと思われていた筑波研究学園都市もフランスのソフィア・アンティポリスや韓国のテジュンのように数十のベンチャー群がこの数年で生まれだし、特定産業にうまく誘導すればクラスターへの道を歩みだしえる感がある。ベンチャー創出が活発になり、アンカー企業等からのスピンオフ・ツリーが生まれだすとクラスターの育成が加速化される。

「科学」に強いが「技術」には弱い
図3


図3 科学・技術におけるお金と知識の循環

科学技術創造立国のスローガンを掲げる日本にとって、技術系ベンチャーが牽引する地域クラスターは不可欠である。このスローガンで言われている「科学」と「技術」は異なるものである。簡単に言ってしまうと科学とはお金で知識を手に入れることであり、技術とは科学で得たその知識をお金に変えることである。そこで手に入れたお金をまた科学につぎ込んで新たな知識を得る(図3)。これらの循環モデルを形成する上で日本は大学や研究所を中心に「科学」に強いが「技術」には弱い。キャッチアップの時代は大企業や中小企業がHOWの技術に強くこれが逆であった。現在の日本の弱点はWHAT技術すなわち追いつき追い越せ型ではない「知識の収益化」である。産ベン学は地域クラスターにおいてこの知識の収益化のエンジンとなりうる。