2008年3月号
単発記事
わが国の文化風土に適した創薬育薬医療システムの構築に向けて
-大分から世界に向けての発信事例の紹介-
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中野 重行 Profile
(なかの・しげゆき)

大分大学 医学部
創薬育薬医学 教授


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小手川 勤 Profile
(こてがわ・つとむ)

大分大学 医学部 臨床薬理学
准教授


大分大学医学部の研究者らが、わが国の文化風土になじむ医薬品開発の臨床試験システムのあり方を提唱し、地域の医療機関とネットワークを組んで活動している。

はじめに

医薬品は治療上有効かつ安全であることが確認されてはじめて、厚生労働省から承認され製造販売される。医薬品の有効性と安全性を確認するプロセスでは、健康者と患者を対象にした臨床試験という名の臨床研究が必須となる。私共は、大分という一地域から全国へ向けて、わが国の文化風土になじむ臨床試験システムのあり方についての考え方を発信し、新しいコンセプトを提唱してきた。その成果の1つが、豊の国臨床試験ネットワークであり、その延長線上に大橋京一教授の下に現在展開しつつある治験中核病院*1としての諸活動がある。

大分から発信した新しいコンセプト

欧米で広く使用されている医薬品が、何年も遅れて本邦で使用できるようになるといった状況が今も存在している(ドラッグ・ラグ)。医薬品開発のグローバル化が進み、世界同時開発の時代になったが、欧米と同じ速度で国内の臨床試験を進めていくことが困難なために、欧米から取り残されかねない状況にある。

新しい医薬品が誕生するまでには、化学物質としての薬の候補を創る段階から、「治験」という臨床試験を経て有効性と安全性が確認されるまでのプロセスが必須である。これを「創薬」と呼ぶ。また、医薬品は製造販売後にも、よりよき使い方に関する臨床研究が必要である。これを「育薬」と呼ぶ。「育薬」は大分から発信された言葉(1999年)であるが、日本人が「育てる」という言葉が好きなせいか、瞬く間に全国に普及した。

1997年春以降、新GCP(GCPは Good Clinical Practice の略。省令となった「医薬品の臨床試験の実施の基準」のこと)の時代に移行した。以来、治験を含む臨床試験は、責任医師をチームリーダーとして種々の職種の医療者がチームを組んで実施することになった。このチームの中で臨床研究コーディネーター(Clinical Research Coordinator:CRC)は、臨床試験の円滑な実施に際してのキーパーソンである。CRCはわが国では新しい職種として誕生し、その後着実に育っている。1998年に本格的なCRC養成研修が始まった際に、当時の厚生省のCRC養成モデル研修プログラム作成の責任者を筆者の1人(中野重行)が務めた関係で、多くの団体が実施するCRC養成研修を支援してきた。その延長線上に日本臨床薬理学会認定CRC制度の創設とCRC連絡協議会*2の活動がある。

1997年春、日米欧の三極による合意に基づいてわが国のGCPが大幅に改定され新GCPとなったが、当時の厚生省は「新GCP普及定着総合研究班」(班長・中野重行)を組み、完全実施に向けた普及定着策を作成した。そのため、臨床試験に関する新しいコンセプトをいくつも、大分発信で提唱することとなった。

創薬ボランティアと育薬ボランティア:創薬のために自発的な意思に基づいて被験者として参加する患者(または健康者)を、「創薬ボランティア」と称する。市販後の臨床試験の被験者を「育薬ボランティア」と称する。創薬ボランティアと育薬ボランティアを一緒にして呼ぶときは「創薬育薬ボランティア」という。創薬と育薬は、医療者と一般市民の自発的な参加に基づく協働により実現する「住民参加型医療」の1つである。
わが国の文化風土になじむ新しい臨床試験システム:創薬育薬ボランティアへの感謝の気持ちの表し方の工夫について提案した。治験で来院する日の交通費・食費等の支給が、創薬ボランティアのための「負担軽減費」として1999年に実現した。「思いやりプラン」(1995年に提案)の骨子となる3点は、[1]被験者として参加する際に点数制を採用する、[2]老年福祉などと連携させる、[3]取得した点数を、直接介護したくても事情でできない自分の親などに何日間かの介護を無料で受けられるチケットとしてプレゼントできるようにする。
創薬育薬医学と創薬育薬医療:欧米にPharmaceutical Medicine という領域があり、「創薬育薬医学」という日本語訳を提唱した。創薬と育薬にかかわる多くの人たちがこの領域の情報を共有し、1つの目標に向かってチームを組むことができるようにするために「創薬育薬医療」と名付けた。

大分大学医学部附属病院における創薬育薬への取り組み
大分大学医学部附属病院臨床薬理センターと創薬オフィス:大分医科大学*3の創立以来、附属病院には合理的薬物治療の研究と実践の場として、臨床薬理センターが設置されていた。1998年に新GCPが完全実施された際、臨床薬理センター内に臨床試験支援部門と薬物治療支援部門を設置して、全診療科が実施する臨床試験と薬物治療の支援を行うために組織替えをした。臨床試験支援部門に創薬オフィスを設けて、CRCを全国に先駆けて配置した。
創薬育薬クリニック:臨床薬理センター内に1999年から臨床試験専用の「創薬育薬クリニック」を開設した。各診療科が実施する臨床試験に参加する創薬育薬ボランティアの方々のための全予約制の専用外来である。国内で初の臨床試験専用外来であり、その後他の大学や医療機関に、同様の名称の施設が開設されるようになった。また、臨床薬理センターは、臨床試験のために優先的に使用できる各科共通のベッド(6床)を有している。
豊の国臨床試験ネットワーク:大分大学医学部附属病院と大分県内の臨床試験を実施する医療機関が連携して、各医療機関の特徴を生かして協働するために臨床試験ネットワークを作り、これを「豊の国臨床試験ネットワーク」と名付けて活動している。
創薬育薬医学講座の開設:わが国の医学部で初めての創薬育薬医学講座*4は、創薬育薬医学という新しい領域を確立し、国際的視野に立って臨床試験に携わることができる創薬育薬医療メンバーの教育のための機関である。2006年4月設立の大分大学初の民間からの寄附による寄附講座であり、直前まで医学部附属病院長だった中野重行が、本講座の責任者として教授を務めている。創薬育薬医学の大学院コースを有し、全国各地でオンサイトオンデマンド研修会を開催している。
NPO法人豊の国より良き医療と健康づくり支援センター(豊サポート)の設立:大分県の地域住民と医療機関に対して、臨床研究の支援、医療の質の向上、創薬育薬ボランティアや模擬患者などを含む地域住民の健康維持と増進に寄与することを目的として、2005年に「NPO法人 豊の国より良き医療と健康づくり支援センター(豊サポート)」を設立した。

今後の展望

平成元年(1989年)から中野重行が務めてきた大分大学医学部臨床薬理学教授と臨床薬理センター長を、2005年に大橋京一教授が浜松医科大学臨床薬理学教授から転任して引き継いだ。2007年、厚生労働省は「治験中核病院」10施設を選定したが、大分大学独自の取り組みが評価され、本学医学部附属病院は西日本で唯一の治験中核病院に選定された。また、国際共同治験や早期臨床試験を実施する大学病院における臨床試験実施の新しいモデル作りをしている。大分大学が中心になり、国内の臨床薬理専門施設を有する6大学が協力して、グローバル早期臨床試験推進のための大学病院ネットワークJapan Clinical Pharmacology Network for Global Trials (J-CLIPNET)を構築し、韓国および中国の臨床試験施設とともにアジアで国際共同治験を実施できる体制を作っている。本学の社会的使命を果たすための協力システムを「豊の国臨床試験総合支援システム(豊システム)」と名付け、わが国の大学病院のモデルとなり、グローバル臨床試験の実施できる研究者(医師)、CRC、国際的プロジェクトマネージャーなどを育成する。

おわりに

私共の取り組みの基本は、多くの医療機関の特色や地域性を生かし、それをネットワーク化して、単独では実施できない研究を実施し、人材の育成をすることにある。大学あるいは医療機関の間に真のネットワークが形成され、機能するためには、創薬育薬医療チームメンバーが共通の目標の下に協働して働ける環境とコミュニケーションが必要である。また患者は創薬育薬医療における重要なプレイヤーの一員である。国民が安心と満足のできる質の高い医療を、医療者と患者が協働して作り上げることを目指して発展させていきたい。

*1
2007年に厚生労働省が選定。

*2
代表世話人・中野重行。日本臨床薬理学会、日本看護協会、日本病院薬剤師会、日本臨床衛生検査技師会、日本薬剤師研修センター、日本製薬工業協会、日本SMO協会の7つの団体が加盟。

*3
2003年に大分大学と統合する前の大学。

*4
Department of Pharmaceutical Medicine。