2008年3月号
単発記事
産学連携を活性化する商社MOT人材の役割
顔写真

永井 明彦 Profile
(ながい・あきひこ)

緑屋電気株式会社 営業推進部
課長/東京工業大学大学院イノベ
ーション専攻 博士後期課程在学

総合商社は、産学連携などによって新しい事業を創出するためにMOT(技術経営)人材の育成に力を入れている。その背景、狙いを解説する。

商社は世界にも類を見ない日本独特の企業文化である。現代の総合商社においての「総合」は、製品やサービスにおける取り扱いの豊富さを表しているのではなく、製品やサービスのバリューチェーンへのかかわり合いが大きいことを意味している。新時代の商社は、グローバリゼーションが進む中で、川上・川中・川下と全てのバリューチェーンの中で、ビジネスプロセスに重要な役割を果たしている。時代にマッチしたビジネスモデルを創出し、時代の流れを読んでいくことができる能力が商社に求められているコアコンピタンスである。

そのような商社文化の中で、産学連携・国際連携などによる新しい事業創出のドライビングフォースとしてのMOT人材が、時代の趨勢(すうせい)として重点的に育成されている。商社MOT人材のコンピテンシーは、技術の目利き(価値の見極め)であり、マーケティング能力および仲介能力である。

なぜ商社がMOTを必要とするのか

「ものづくり」のない商社には、アイデアあるいは何らかの知的所有権的可能性(独立的・画期的な技術など)を評価し、早い段階で事業化を支援する機能としてFILMがある。FILMとは商社の主要な4つの機能を表し、金融機能(Finance)、情報機能(Information Technology)、物流機能(Logistics)、マーケティング&マネジメント機能(Marketing&Management)のことを言う。

過去商社は、時代の変化に対してFILMの強みを活かすことで成長を遂げてきたのである*1

今まさに、商社はこのFILMの新しい活用方法を、新事業を創出し次世代のビジネスを生み出す担い手としてのMOT人材に期待しているのである。

商社MOT人材の育成

多くの商社では専門性を備えた人材を育成する環境を備えており、そのカリキュラムの1つとしてMOT人材育成がある。例えば、三菱商事が2005年4月に設置した「イノベーションセンター」は、各グループが取り組むR&Dを加速し、グループをまたがる分野や既存のグループでは取り組みにくい新事業分野に対応するための組織であるが、さらにそのための人材を育成する「HRDセンター」を2006年4月に開設している。

現在同様の組織が多くの商社に存在し、それぞれ異なった名称で設置されている( 表1)。

表 1 総合商社各社のMOT人材育成組織

表1

また、商社におけるMOT人材教育の大きな特長は、商社のコアコンピタンスであるFILMを活かすための能力と、技術の目利き能力が養われる点にある。技術の将来性や製品・サービスへの応用による、新市場の規模やその事業の現在価値を算出し、投資リスクを見極めることができるのが商社のMOT人材である。このような商社MOT人材が、大学と交流することで産学連携は活性化されるのである。

産学連携で機能する商社MOT

大学などの不確実性の高い技術をコアにして新しいビジネスを創出する場合は、その技術を活用する市場と活用方法を見いだす能力がビジネスの成否を決める重要なポイントとなる。事業アイデアが何らかの技術と結び付いて、結果的に画期的な製品やサービスになる事業創造は、実際には極めて少数であり、多くは、当初から試行錯誤を繰り返し、紆余(うよ)曲折を経て収益モデルを構築していく*2

産学連携による新事業創出もこの例外ではない。アイデア発案後の試行錯誤を支える経済的基盤が必要であるが、最近ではこのような支援を商社が行うケースが増加している。産学連携による新事業創出を目指す場合は、大学の技術を商品やサービスに結び付けていくためのリスクやプロセスを、マネジメントすることがMOT人材に最も必要な能力である。商社が育成しているMOT人材のコンピテンシーを産学連携に活用することは、極めて有効な効果をもたらすのである。

大学の技術シーズというもの

大学で生まれた新しい技術シーズは独立的・画期的な技術が多く、汎用的であるため、その技術を製品やサービスに結び付けることが困難であり、その現在価値や投資リスクを算出することはさらに難しい。

大学の技術は学術的意味で評価されるが、事業を考えるとなると知的財産(特許)として事業的価値評価が必要となる。その場合の、知的財産の価値は、事業対象に対する直接的な価値である。つまり大学と企業が共同で事業化を目指す場合は、事業化の目的にあった形にコア技術を発展させることが重要になる。このコア技術とは、事業化のために核になる技術のことであり、権利化された範囲とノウハウを含むが、全ての「夢と可能性」を総和したものではなく、事業化を目指す際の将来価値を現在価値に置き換える割引率は極めて高くなるということを理解する必要がある。

ソリューションという橋渡し

産学連携を推進する目的でリエゾン・TLO・インキュベーションセンターという組織を設ける大学が増えている。

このような大学側のインターフェースを活かすためには、本来の意味での大学と産業の架け橋(liaison)として活用することが必要である。橋はすでに架かっているのであるから、橋の通行量が増えれば、相乗効果として産学での交流が活発となり、イノベーションもあちらこちらで生まれてくるはずである。そのためには、MOT人材が頻繁に橋を往来して活動することが重要になる。

大学の技術を産業に提供し、社会の求める研究テーマを大学に提供する。そのような交流が高まってこそ、真の意味での産学連携が生まれて、社会貢献を果たすのではないかと考える。MOT人材にとってこの橋は、「渡るためにある」のであり、その橋を往来してビジネスを展開することが重要な役割である。私には、この橋を往来するMOT人材の姿が、江戸時代に日本橋を往来した商人(商社)に重なるのである。

*1
永井明彦.;田辺孝二.専門商社と大学発ベンチャーの連携によるイノベーション手法.開発工学.Vol.26,2007年度前期号,p9-14.

*2
Jeffry,A,Timmons.(著);千本倖生.;金井信次(訳).ベンチャー創造の理論と戦略.ダイヤモンド社,1997,651p.