2008年3月号
単発記事
大規模連携で情報通信技術のトップ人材を育成
-九州大学が修士課程に専門コース-
顔写真

福田 晃 Profile
(ふくだ・あきら)

九州大学大学院 システム情報科学
研究院 教授、QITOプロジェクト
推進オフィス長

九州大学大学院システム情報科学府は大規模な産学官連携で高度情報通信分野のトップ人材の育成に取り組んでいる。学生がチームを組んで産業界のノウハウを学ぶ実践教育が特徴だ。

情報通信技術(ICT)は金融、交通、行政などの社会基盤を支える重要な技術であり、急激な速度で進歩している。産業界では高度ICT人材の不足が指摘されており、ビジネスや開発拠点のグローバル化、インドや中国等が台頭する中でいかに日本の競争力を維持していくかが緊急の課題である。そのような中で、九州大学大学院システム情報科学府は、平成18年度から文部科学省「先導的ITスペシャリスト育成推進プログラム」*1の助成を受けて、日本経済団体連合会(以下、経団連)情報通信委員会「高度情報通信人材育成部会」との連携*2により、高度情報通信分野のトップ人材の育成を行っている。平成19年度には修士課程に「社会情報システム工学コース」(QITOプログラム)を設けている*3

日本のICTをけん引するトップ人材を育成する

高度ICTトップ人材は専門的なスキルに加え、長期的な社会情勢の変化とICTの変容等に対する先見性、それらの変化に柔軟に対処できるソフトウエアを開発できる能力、さらに企業や国家などで先導的役割を担い得る実力を兼ね備えることが求められる。本コースは次のような特徴がある。

1.大規模な産学官連携*4
2.社会・産業界のニーズに合わせた実践的教育(カリキュラムは後述)
3.大学間連携(九州工業大学、熊本大学、宮崎大学)*5

このような大規模な支援体制に基づく産学官連携の一貫した修士課程教育コースはあまり見ない。カリキュラムの特徴は、[1]学生がチームを組んで、問題発見・解決能力、システム開発能力、コミュニケーション能力などを養うPBL(Project Based Learning)の実践教育が中心、[2]ICTに関する全人教育(教養・哲学系科目群、ヒューマンスキル系科目群)の導入、[3]長期(1~2カ月)インターンシップ、[4]メンター制度の導入、である。

写真1

写真1 PBL実施風景

PBLの実践教育イメージを紹介する( 写真1)。これは、企業が実践しているプロジェクトを疑似体験させるものである。学生は4~5名のチームを組んで、顧客(企業からの常勤スタッフが担当)にコンタクトして、顧客の要求を洗い出す。その要求をもとに提案書案を作成し、上司(社長で、現在は企業常勤スタッフが担当)との議論をフィードバックして顧客に提案する。さらに、顧客とコンタクトして、多様な打ち合わせを重ねた後、最終的にプロダクトを顧客に納品する。

学生は確実に成長している

プログラム実施からまだ1年余りであるが、学生は確実に成長している。著しい成長は、学生に積極的な姿勢が見えてきたことである。意識の改革である。その例を以下に挙げる。

企業と直接交渉してインターンシップ期間延長に成功したこと

ある学生(Aさん)のインターンシップ期間は、企業(B企業)からの要求では2週間であった。Aさんは、2週間では短すぎて何もできないと考え、B企業に4週間にしてもらえないか、直接交渉した。B企業は、企業内の事情もあり当初は難色を示したが、Aさんの粘り強い交渉に負けて(?)、4週間の受け入れを承諾した。

PBLで何が足りないかを考え、企業人を招き議論したこと

PBLのあるチームはソフトウエア開発の中で、開発上流工程が本質的に重要であることに気付いた。そこで、チーム内で議論した結果、その分野の企業人から実際の話を聞き、議論することが重要であるとの結論に至った。同チームは、どの企業がよいか、どの企業人がよいかを調査した。その結果、その分野で著名である山本修一郎氏(株式会社NTTデータ 技術開発本部システム科学研究所長、NTTデータフェロー(第1号))に直接交渉して招聘(しょうへい)し議論した。PBL遂行に有益となった。

これらの体験から、学生の成長には学生のモチベーション向上が極めて重要であり、そのためには産業界などの外界との接触が大変効果的である。その例を下記に挙げる。

講義の後の企業講師との交流会が重要

オムニバス形式の講義では、企業から約20名の非常勤講師を招聘して講義いただいている。講義時間が限られていることもあり、その後、毎回のように企業非常勤講師と学生との間で交流会(1~2時間)を設けた。この交流会で、講義内容の詳細はもとより、企業に入っての心構え、今の学生時代に何をしておくべきかなど、企業人からの生の声と接触して、学生は意識改革が図られた。

他大学との学生間交流が重要

九州大学と類似の教育を、筑波大学、九州工業大学が行っている。経団連傘下企業へのインターンシップには、これらの大学の学生が行った。昨年度(平成19年度)夏に、経団連主催で、インターンシップ受け入れ企業と3大学(筑波大学、九州大学、九州工業大学)の教員と学生が参加した「合同インターンシップの集い」が開催された。九州大学の学生は、ややもすると学内の閉じた世界で自分と似たような学生しか見ていない。この集いは、他大学の学生(特に首都圏の筑波大学)とじかに顔をあわせ生の話をする機会となり、学生自身の感想および教員からの目にも、学生自身のモチベーションを大いに高めることができたと実感している。

本教育には、無論、産業界、大学ともに膨大なエネルギーを必要としている。今後、重要な長期的課題として、適切なエネルギーのもとで持続可能な教育体制の枠組み作りがある。

*1
文部科学省:先導的ITスペシャリスト育成推進プログラム(平成18年度)http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/it/h18.htm#top

*2
九州大学は、経団連からの「重点協力拠点大学」に選定された。

*3
九州大学「社会情報システム工学コース」http://www.qito.kyushu-u.ac.jp/

*4
九州大学内にQITOプロジェクト推進オフィスを設けるとともに、産業界側では経団連「高度情報通信人材育成部会」内に九州大学支援チームが設置された。さらに、この2つの組織を有機的に連携させる組織として運営委員会を設けて、人材教育についての意識あわせ、教育カリキュラムの作成、科目ごとの講義内容の検討、産業界からの非常勤講師の人選など、人材教育に関する根幹部分を議論している。本委員会は、当初は毎月開催して、密度の濃い連携を行っている。また、産業界から、九州大学に常勤スタッフ2名(平成20年度よりさらに1名増員する)を派遣いただいており、日常的に直接学生の教育に携わっている。

*5
大学間で、単位互換、非常勤講師の派遣などを行っている。