2008年6月号
巻頭座談会
イノベーション推進のための人材育成
~科学人材の必要性~
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森口 泰孝 Profile
(もりぐち・やすたか)

文部科学省
科学技術・学術政策局長


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荒井 寿光 Profile
(あらい・ひさみつ)

東京中小企業投資育成株式会社
代表取締役社長


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前田 裕子 Profile
(まえだ・ゆうこ)

東京医科歯科大学 知的財産本部
技術移転センター長、特任准教授


科学技術創造立国の実現に向けてわが国の研究開発力の強化が急がれるが、その重要な課題の1つが科学技術人材をどう育てていくかである。科学技術人材を取り巻く環境はどう変化し、いま、どんな資質が求められているのか。また、世の中の構造のどこが問題なのか。森口泰孝文部科学省科学技術・学術政策局長、荒井寿光東京中小企業投資育成株式会社社長、前田裕子東京医科歯科大学技術移転センター長の3人が語り合う。

前田   本日は、お忙しい中、「産学官連携ジャーナル」の座談会のために貴重なお時間をいただきまして、誠にありがとうございます。

科学技術創造立国の実現に向けて、わが国の研究開発力や国際競争力を維持・向上するために、イノベーションの創出が求められていることは皆さん御案内のとおりです。そして、このイノベーション創出に欠かせないのが科学技術人材で、育成の必要性は、「第3期科学技術基本計画」や「イノベーション25」でも中心課題となっているものと思われます。

そこで、本日は、イノベーション推進のための人材、主に科学技術人材の育成について、お話をいただきたく存じます。まず初めに、科学技術人材を取り巻く環境がどのように変わってきたか、特に企業、大学、研究機関はどうなってきたか、お話を伺えればと思います。

工業社会から知財社会へ

森口   「科学技術創造立国」を目指すわが国は、勤勉な国民性がもたらした「ものづくり」の力で現在まで発展してきまして、これは今後も大事な要素の1つです。さらに今後は、「知財」を生かしていくことが重要な時代に変わり、その中で、求められる人材にも変化が出てきていると考えます。

例えば、わかりやすくご説明させていただくために、野球の例でご説明しますと、どちらかというと、日本のプロ野球は選手を「自前」で育てているが、大リーグは、優秀な人材をどんどん「トレード」して、翌年にはクリーンナップが全く変わっていることもあるくらいだという話を耳にします。そのような意味でいえば、「自前」で人材を育てる日本のプロ野球は「ものづくり」型で、優秀な人材を「トレード」する大リーグは「知財」型であると言うことができると思います。

現在、わが国では、企業は、「自前」で人材を育てたいという部分が濃厚に残っており、大学は後継者づくりが主力で、企業に対する人材養成という意識が低いと思います。知識基盤社会を迎え、求められる人材が変わって、育て方も変わってきている中で、日本の企業あるいは大学は、まだそれに対する対応が十分にはできていないと思います。

前田   企業側からしますと、確かにあまり企業の方を向いて育てていただいてはいないと思いますね。

荒井   私は、歴史の流れとして、農業社会から工業社会を経て、今は知識社会の入り口にいると考えています。工業社会はものづくりが中心でしたが、これからは知恵づくりが中心になっていく。最近の自動車は、コンピューターが行き先を教えてくれ、燃費がいい運転の仕方を指示してくれるなど、いわばインテリジェントカーになっています。デジタルカメラもみんな機械がやってくれている。それを日本人はものづくりと言っているけれど、実際は知恵の塊をつくるように変わっているんですね。

2つ目は、国際性だと思います。従来から「科学技術に国境なし」と言われていますが、iPS細胞が良い例で、研究の現場も本当に国境がなくなっている。インターネットで世界中の動きがわかり、学術論文もインターネットで発表する。

第3の変化は、フロンティアが広がっていること。科学の面からは総合化だと思います。iPS細胞の話にしても、1つの分野だけで専門的に研究しているわけではない。医学だけでなく、エンジニアリング的な研究、薬学的な研究も関係している。さらには生命倫理の話もあり、総合的に取り組むようになってきた。世界的課題である地球環境問題も、まさに総合科学ですね。自然科学だけでなく、社会科学も含めての総合科学という意味でのフロンティアが広がってきたと思います。

知識社会へ移行という歴史的流れ、国際化の進展、フロンティアの拡大。こういうものに対応する人材が求められている。逆に言うと、科学人材の出番が増え、活躍の場が広がってきた。面白くなってきたと思います。

カギを握る博士号取得者

前田   先日、ある派遣会社の方とお会いして伺ったことですが、博士号を持った人で、職がなくてその派遣会社に登録している人が5万1,000人もいるそうです。技術系人材派遣では最大手らしいですが、終身雇用でない派遣企業に登録せざるを得ない人がそんなにいることを知って、がくぜんとしました。

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森口 泰孝氏

森口   平成3年以降の大学院の重点的な整備については、他の先進諸国と比較して大学院学生数が小規模であるために、研究者のみならず社会の多様な方面で活躍し得る人材の養成を図ることを目的として進められてきました。平成12年に博士課程の定員を倍増する計画を達成し、現在、多数の博士課程修了者が社会の多様な場において活躍していますが、民間企業等に就職することが難しいという指摘があるのも事実です。

一方で、研究者の養成・確保を図る観点から、平成8年以降、「ポストドクター等1万人支援計画」を実施しています。ポストドクターは今やわが国の研究活動の活発な展開に大きく寄与していますが、ポストドクター後のキャリアパスが不透明であるという問題も起きています。

荒井   しかし、よく考えてみると、ポスドク問題というのはチャンスだと私はとらえています。日本人の教育熱心は江戸時代の寺子屋からあって、明治時代でも尋常小学校が普通だったのに、親が一生懸命苦労して中学校に進ませた。中学まで義務教育になると高校に行かせる。みんな高校に行くようになったら、今度は息子も娘も大学に行かせたい。その先として博士課程まで来たと考えることもできる。勉強したいという人間の欲求が満たされる時代になったのですね。

だから、もう博士号は希少価値ではないことを認識すべきです。かつては博士号を取ったら大学教授になって、日本をリードする存在となれた。しかし、もうそういう時代ではありません。そうなると、高校や大学の卒業者がある程度は失業している中で、博士号取得者も例外ではない。何らかのミスマッチがあって、正規雇用に結び付いていないととらえるべきです。

幸い1万数千人のポスドクが出て、これを社会が活用できる時代になったと考えるべきです。今までは、日本に博士号取得者が少な過ぎたのです。

森口   高校野球で多くの選手がプロを目指しても、プロに入れるのはほんの一部の人だけです。プロに入っても活躍できるのはごくわずかです。研究者の世界でも国境を越えて厳しい競争がある。プロ野球と違うのは、活躍する研究者がプロ野球ほどには報われていないところですね。それと、博士課程修了者が研究者になることにこだわらず、多様な場で活躍できる道を拓いていくことが重要だと思います。これには、わが国は非常に立ち後れていますが、大リーグのような人材の流動化も大切です。

荒井   問題は、研究者にならないと一人前の博士号取得者ではないという風潮が残り過ぎていることです。博士号という一芸を極めた立派な人なのだから、公務員、ジャーナリストになってもいいし、会社へ就職してもいい。弁護士や弁理士になってもいい。

前田   企業のほうも、博士課程を出た人間を全く違う分野に行かせることに躊躇(ちゅうちょ)するべきではないでしょう。学生の方も、「専門外の分野に行かされるのはプライドが許さない」という意識を変えるべきで、現実にはそうなってきていると思います。

荒井   どんどん意識を変えてもらったらいいと思うんです。社会人の生活は30年、40年あるわけで、科学は進歩して分野は広がっていくので、博士課程時代の研究内容は必然的に時代遅れになります。だから新しい変化に飛び込めないと困ります。博士号は1つの道を極めた勲章と思って、どんどんいろいろな分野に出ていかなければなりません。

大学改革は大学人のチャンス

前田   まさしくそうですね。大学の問題点はいかがですか。

森口   大学の側も大分変わってきていますけれども、「博士課程修了者としてどういう人材を育てていくか」、という意識がまだ足りないと思います。文部科学省でも大学院教育改革やキャリアパス多様化のための支援などを実施しています。

学生側も、「どうしても研究者になるんだ」という意識を変えていく必要があります。

しかし、これは、いわゆる「鶏と卵の関係」であって、博士課程へ進んでも就職できないことになると、結局、研究者にしか目が向かなくなってしまう。大学の指導教員も、自分の後継者を育てることに力を注ぎ、多様な場で活躍できる人材を育成する観点が低い。

したがって、学生、教員、企業の3者がおのおのの意識を変え、幅広く博士課程修了者が採用されるような風土をつくっていく必要があると思います。

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荒井 寿光氏

荒井   国立大学法人化は、戦後初めての大学改革だと思います。本来の大学教育ないし大学院の在り方が、戦後の教育改革のときに十分議論されませんでした。今回の大学法人化は、自分たちで考えて良い大学をつくるんだ、そのために自分たちで考えましょうというのがポイントです。今までは、文部科学省の附属機関で、文部科学省が予算をつけて人事まで決めてやって、大学は言われたとおりにやっていればいい組織だった。それが、もう独り立ちして自分で考えなさいという仕組みをつくったのです。今は移行期だと思います。

では、大学はどう変わっていかなければならないか。第1はオープン・イノベーションです。かつては、基礎研究では大学が一番上で、そこでの最先端の成果を産業界に移転する時代でした。その次に民間企業が中央研究所をつくって、そこで基礎研究をやる時代が来ました。今は第3ステージで、大学も産業界も、お互いに行ったり来たりしながらオープン・イノベーションで行こうという時代に変わってきた。そこで大学の体質を考えてみると、残念ながら、昔の古き良き時代のままでいたいと思っているように見える。それでは困るのであって、大きく変わってほしいのです。

なぜ変わってほしいかというと、日本の大学が良い教育をする、良い研究をするという、パフォーマンスを上げてほしいからです。それは、日本のためでもあり、世界の文化への貢献のためでもあります。

2つ目は、大学へ学びに行く人、教えている人、研究している人が生き生きする場所になってほしい。「象牙の塔」では風通しが悪く、何かどんよりした独特の空気がある。オープンな環境をつくることがクリエイティブにつながると思うんですよ。人の出入りもオープンにして人材の流動化をやれば、いろいろなところで活躍する人も出てくるでしょう。大学が変わることは、大学人にとってのチャンスの拡大だと思います。

すそ野を広げ、トップを伸ばす政策

前田   学生さんも変わらなければいけない、大学も変わらなければいけない、企業も変わらなければいけない。ということで、行政としていろいろバックアップされていると思いますが。

森口   行政は変わりつつある社会に対応していかなければなりません。われわれが行っている科学技術関係人材の育成は、小中高校・大学の子どもたちや学生、先生、研究者などを対象としています。まず子どもたちですが、昨今、理科離れを非常に懸念する声が聞かれます。昨年、OECDが調査結果を発表していますが、一番衝撃を受けたのは、15歳の子どもで30歳時に科学関係の職に就くことを期待している割合は日本では8%しかおらず、OECDの平均では25%だったことです。成績については、多少下がったとはいえ、OECDの中では、上位に入っているのですが。

ということは、何か純粋に科学に楽しさを見いだせていないのではないかと思われます。また、調査対象の子どもの年齢は15歳ですから、ある程度、自らの将来も見据えます。科学に進んでも成功ストーリーが見えてこないのかもしれません。そのあたりも何とかしなければと思っています。具体的に言うと、小学校の先生の約6割が、「理科の授業は苦手である」と言っているので、そういう先生を再教育するのも1つですし、先生をサポートする体制を構築したり、企業の方に来てもらって興味深い話をしてもらうなどの施策を進めています。これらによって、まずは理科に対する興味関心を高める、つまり、すそ野を広げることが必要です。その上で、トップレベルを引き上げることが必要で、そのため、スーパーサイエンスハイスクールで先進的な理科教育をしっかりやってもらったり、科学オリンピックでトップの子を育てるような施策も進めています。

このような中から、例えば、iPS細胞の山中伸弥先生のようなトップレベルの研究者が出て来ればと考えています。また、そのようなトップレベルの研究者が存分に力を発揮できる研究拠点を集中的に形成することも進めています。

育成する人材の年齢層としては、下は子どもたちから上はトップレベルまで、幅広く施策を実施しています。特に産学連携による人材養成については、文部科学省としても今年度から、博士課程学生やポストドクターなどの若手研究者が、狭い学問分野の専門能力だけでなく、国内外の多様な場で創造的な成果を生み出す能力を身に付けるよう、大学等が企業等と協働して研究人材養成システムを構築することを支援します。企業が「博士課程学生やポストドクターにはこういう優れた人材がいるんだな」と実感できるような場をつくる施策を始めています。

前田   いろいろな年代層での支援策がなされているのは素晴らしいですね。わが家では今年の春、娘が大学に入学しました。私の想像以上にグループワークでのレポート提出が多く、コミュニケーション力をつけることができる授業があり、大変ありがたいと思っています。現在の中高校生は、自分の意見をきちんと発したり、他と違うことをすることを極端に嫌います。いじめに遭いたくないからですね。なるべく、小・中・高校の時から、おのおのの意見を交換したり、理科の実験をしたりと、受身ではない授業が多く取り入れられると、学校が活性化するのではないかと思います。

女性科学者を増やす政策

前田   女性研究者についてはいかがですか。

森口   特に力を入れているのは女性研究者の施策です。少子化で子どもの数が減っていく状況では、女性研究者などの多様な人材の確保が欠かせません。現在、わが国において、国民全体については男女はほぼ同じ割合であるにもかかわらず、研究者の女性の割合は、約12%という状況です。一方で、欧米は30%以上、ヨーロッパの比較的小さな国の中には5割ぐらいが女性の国もあります。このため、第3期「科学技術基本計画」でも、期待される女性研究者の採用割合は自然科学系全体としては25%という数値目標を設定しています。女性にぜひ頑張ってもらい、活躍していただきたいと思います。

女性研究者が研究を継続していく際に最も難しいと思われる点は、やはり出産・育児であると言われています。研究と出産・育児を両立できるような施策を最優先課題としています。

女性研究者の支援についての問題を議論する際に、「逆差別ではないか」というご意見もありますが、私は、ある意味で「逆差別」と言われるくらいの充実した支援をしてもいいのではないかと思うのです。むしろ、それくらいの支援をしないと、なかなか女性の数が増えないという現状は変わりません。少子化の時代は避けられませんので、たとえ「優遇策」でもいいから、どんどん女性を採用していくくらいの積極的な取り組みが重要です。

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前田 裕子氏

前田   女子大等でお話しさせていただく機会があるのですが、企業の研究者の場合、女性でも男性と同じ職にきちんと就けるという事実があるんですね。文系の方ですと、男性の補助的な仕事に就かなければならないことのほうが多いのですが、女性で理科系ですと、男性と同じような扱いで研究所に入れる面があります。ですから、女子大等では「理系はいいですよ。ずっと、仕事をしたいと思えば、理系に行ったほうが圧倒的に有利です」という話をさせていただきます。私自身、子どもがいながら自由に仕事をさせてもらっていますので、ぜひ頑張ってくださいと申し上げています。

荒井   「みんなで前田先生のようになろう」という女性科学者の運動が起こるといいですね。

前田   努力します(笑)。

科学者・技術者には多くの可能性がある

荒井   日本にいい科学人材がいて、科学技術の進歩に貢献するということは、文明の進歩に貢献するということです。イギリスの産業革命でこんな発明が起きたとか、エジソンの発明によって私たちの生活は便利になったとか、そういうことを学校で学びます。人類は豊かになり、文明生活ができるようになり、健康で長生きできるようになった。科学技術は人類共通の財産です。だから、いかに日本人として人類のために貢献していくかという観点、この原点をもう一度、共有していきたい。

科学に興味を持ち、科学者になろう、あるいは技術者になろう。それは文明に貢献できる楽しいことであることを再確認したい。ところが今は「技術者になるとリストラに遭うぞ」とか、「電機業界はひどい」とか、マイナスイメージが強過ぎる。しかし銀行に行ったってリストラに遭っているんですね、実際は。

高峰譲吉という人は、江戸時代の終わりの1854年に石川県で生まれて、今の東京大学の工学部を卒業した。それから当時の最先端の国イギリスのグラスゴーへ留学する。帰国して特許庁に勤め、その後、研究をやって、アドレナリンを発見したり、タカジアスターゼをつくった。アメリカに渡ってアメリカ人と結婚して、財を成し、ポトマック河畔に桜を植えたりして、日米外交の架け橋にもなって、アメリカに永住した。三共製薬の初代社長もやっているのです。

科学という力を持っていれば、こんなにいろいろなことができるんですね。シリコンバレーのベンチャーも、ほとんどが自分の発明したものを実用化したいという博士号取得者です。物をつくり、商品をつくり、産業を起こし、社会を変えていくというイノベーションです。高峰譲吉は、日本のベンチャーの草分けの1人だと思うんです。日本人も決してそういうことが苦手なのではない。豊田佐吉、松下幸之助、本田宗一郎、井深大……と、そういう人がずっといる。これからもいっぱい、そういう人が出てほしい。

コーディネータやプロデューサーの役割が重要になる

前田   多様な機能を求められている現在の科学技術の世界では、チームで考えないと良い成果が挙がらないということがあると思います。別の角度から見られる能力が絶対必要だと思っています。全員がそうした能力を持つことは不可能に近いので、上手にプロデュースしてくれる職業を、きちんと認めるべきだと思います。そういう人の立ち位置が、大事なんですね。

荒井   まさにコーディネートというか、いろいろな人々を組み合わせていくのも大事な分野ですね。技術や情報についても、「どこどこの大学にいい人材がいます。いい研究の種があります」というのと、「どこどこの民間で求めています」ということをトレードする。科学技術の成果が財産的にも価値がある時代になり、しかもそれがますます見えにくいものに変わってきている。それが、工業社会から知識社会への移行の特色の1つです。しかもそれが非常に大事になってきている。新しいニーズは意識してつくっていかないとつかまえられない。自然には生まれない。だから、産学連携を進める人材とか、文部科学省でもやっているコーディネータの存在が、われわれの想像以上に重要な意味を持ってきているのです。

前田   人材育成の問題は、わが国のイノベーション創出の中核をなすもので、大学・政府・産業界が一丸となって取り組まなければならないものであると思います。どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。本日は、どうもありがとうございました。