2008年6月号
特集  - 科学で地域を元気にする
長野県が目指す革新的デバイスの商品化 強みは世界的レベルの微細加工技術集積
長野県で実施されている文部科学省の知的クラスター創成事業は第Ⅱ期に入っている。Ⅰ期の成果を受け、超精密、超微細、高機能の次世代型スーパーモジュールを送り出し、世界的に優位なクラスター形成を目指す。

長野県で進められている文部科学省・知的クラスター創成事業は現在、第Ⅱ期(平成19~23年度)*1の2年目に入っている。第Ⅰ期は信州大学などが開発したナノテクノロジーによる新素材や新技術を企業がデバイスに応用していく大型研究開発プロジェクト(図1)、第Ⅱ期はこれらの成果を核として、広域的な産学官共同研究開発により、革新的なデバイスの商品化・事業化を目指している。この取り組みは、県が策定した「産業振興戦略プラン」に基づき産学官が一体となって推進している。

同県の産業の強みは世界的レベルの精密微細加工関連技術を有する多くの開発型中堅企業が集積していること*2。知的クラスター創成事業(第Ⅱ期)は、超精密、超微細、高機能の次世代型スーパーモジュールを世に送り出す(「ナノテクノロジー」「材料の高度活用」に挑戦)ことでイノベーションを連続的に誘発し、国際的に優位なクラスター「信州型スーパークラスター」形成を目指す取り組みである。

図1

図1 第Ⅰ期事業の主な研究成果

研究者に目標設定、企業から参加費
写真1

写真1
     財団法人 長野県テクノ財団
     技術顧問 秋山 昌之氏

第Ⅰ期の「事業総括」だった秋山昌之さん(財団法人長野県テクノ財団技術顧問)(写真1)に工夫した点などについて聞いた。

—— 成果に結び付ける仕掛けづくりは?

「目標がないと成果につながらないことがわかったので、2年目からは大学の研究者に年度ごとに研究目標、必要な人材、設備、材料などのリストを出してもらった。もちろん報告書も。このスケジュール管理が大学の先生方には刺激になり、成果につながった。大学の研究者をみると、自分で手を上げて参加しているにもかかわらず、その積極性にかなり差があったことも事実。これらの研究者が成果を出したら、成果発表の機会を設けた。他の研究者たちが、あの程度の成果を出せば評価されるのか、とやる気をおこしてもらえば成功だ」

—— 企業からクラスター参加費を徴収したようだが。

「1社当たり年間30万円の参加費をいただいた。さらに、知的クラスター専任の研究者の氏名を明らかにしてもらった。これら2つのハードルを設けたのは、企業にも責任を自覚してもらうため。最初の全国12クラスターのなかで、企業から参加費を取ったのは長野だけだが、予想以上の効果があった」

—— 産と学の溝を埋めるような雰囲気づくりが、研究開発への側面からの応援になると思う。

「成果のプレス発表会は企業のトップの理解を深める絶好のチャンスだった。年間売上高500億円以下の企業の場合、大半は社長が出てくる。質問が予想されるので、社長も事前に勉強する。中堅・中小企業では、トップの理解なしには共同研究開発が進まない。企業をどう引き付けるかは大きなテーマだった。また、大学のシーズと企業が求めているものの間には隔たりがある。これを近づけるために、大学の研究室に試作能力をつけるようにした。有機EL(エレクトロルミネッセンス)の研究では一連の工程の設備、ナノカーボンでは混合してペレットにする設備とその成形機。企業から大学に派遣されている研究者が自分の会社に報告するのが容易になったようだ」

—— 成果として人材育成をアピールしている。

「地域人材を育てることが、知的クラスターの本来の意義だと思う*3。事業終了後、こうした取り組みが自立的に行われるには人材が重要だ」

信州大学繊維学部の存在

事前に成果集を見ていて気が付いたことがある。信州大学の「繊維学部」*4の名前が頻繁に出てくることだ。繊維の世界はナノで、蚕が吐き出す糸は1キロメートルの長さで重さがわずか2.5~3グラム。繊維学部の貢献がクラスター成功の1つのカギなのではないかと思った。

この疑問も秋山さんに投げ掛けた。すかさず、厚さ4センチほどの第Ⅰ期最終年度の18年度成果報告書を指さして、「成果はこの半分」と答えが返ってきた。東京理科大学など他大学や一部の機関を除けば、信州大学の工学部の研究者による研究成果と繊維学部関係者のそれがほぼ互角という意味である。

「研究資金は工学部約55%に対し、繊維学部約45%。繊維の名を残す学部は信州大学だけになってしまったようだが、この学部は外に対してオープンである。繊維が工学部に統合された群馬大学や山形大学にもナノの世界で優れた研究をしている先生が多いが、信州大学繊維学部には独特の学風、雰囲気がある」という。

ナノテク材料活用を支援
写真2

写真2
     財団法人 長野県テクノ財団
     知的クラスター本部
     事業総括 山岸 徹雄氏

第Ⅱ期は本格的に動き出して半年余り。これまでの成果をより深く、広く耕すためにどう取り組むのか、事業総括の山岸徹雄さん(写真2)に聞いた。

—— どんなテーマか。

「基本の事業として、ナノカーボン、有機無機ナノマテリアル、界面ナノテクノロジーをそれぞれ利用したスマートデバイス研究開発などがある。これらの技術の高度化では一定の成果がでているが、商品化、事業化ではまだ十分とはいえないからである」

—— 売り物の1つ、ナノカーボンについては世界的開発・供給基地を目指すことも視野に入っていると思うが。

「遠藤守信先生が所長を務める信州大学カーボン科学研究所が中心になり、海外のナノカーボン研究者・機関と連携し、世界をリードする先端開発拠点を目指す。先に述べた基本事業のナノカーボンを利用したスマートデバイス研究開発は、カーボンナノチューブを中心としたナノカーボン新規複合材創出が狙い。この2本立てで臨む」

—— 第Ⅱ期の「提案書」には、「研究成果をサンプル試作・商品化にスムーズに移行できるシステムを整備する」とうたっているが、具体的には。

「研究成果が出たといっても、研究室でできたモノだけではどうにもならない。こうした材料を安定的に生産する企業がなければ、その商品化、事業化を目指すことはできない。しかし、半面、材料の供給ルートを整備するといっても、それを使って商品化する企業が広がらなければ、供給側企業も安心して生産ができない。そこでこうした材料の供給、活用の流れを促進するために、今年4月、長野県テクノ財団と県が財団内の知的クラスター事業本部内に『ナノテク・材料活用支援センター』を開設した」

—— 具体的にどういう業務を行うのか。

「5つの事業を計画している(表1)。応用可能な技術分野、製品分野を分野別に整理した材料マップを作成するなど、さまざまな情報を収集、蓄積、加工し、県内企業に情報提供したい。専任のコーディネータを置いた」

—— 情報をキーワードにした商品化促進の基盤整備ということ。

「そうだ。単なる活用企業と供給側のマッチングではない。知的クラスター事業が終わったあとも、こうした商品化促進が進むような仕掛けづくりである」



表1 ナノテク・材料活用支援センターの5つの事業

[1] 知的クラスター創成事業で得られたナノテクノロジーに関する研究成果・情報を収集し、県外、海外の関係機関から情報収集と蓄積。
[2] 県内企業に応用可能な技術分野、製品分野等を分野別に作成した材料マップを作成し、ナノテク・新材料情報の一元管理と情報提供。
[3] 県内企業に対し、ホームページやナノテクフォーラム長野、各種セミナーを通じ、新材料やサンプルを提供する機関・企業に関する情報提供。
[4] 材料マップをもとに、各研究機関が担う加工材の試作・評価の体系化。
[5] ナノテク・新材料に関する共同研究の窓口業務と、上記体系をもとにした産学による共同研究の企画提案。

—— 信州大学工学部に加え、繊維学部がクラスターに大きく貢献しているようだが。

「信州大学はキャンパスが松本市2カ所のほか、長野市、上田市などに分かれていて、それぞれが競っている面があることも成果につながっているのかもしれない」

県が産学官連携や企業のマーケティング強化を支援

県は、知的クラスター創成事業(第Ⅱ期)に必要な体制確保および県の施策との密接な連携を確保するため、県職員を中核機関である長野県テクノ財団へ派遣するとともに、人件費の一部を補助している。今後とも、長期的視点に立った産業振興という県の立場から、同財団で行なう産学官連携事業を積極的に支援していく方針だ。

さらに、県は産業振興戦略プランに基づき、今年4月に4つのセンターをスタートさせた。その1つが前述のナノテク・材料活用支援センターで、ほかに地域資源製品開発支援センター、マーケティング支援センター、産業人材育成支援センターがある。「つくる」「売る」「育てる」といったさまざまな機能で県内企業の振興を図る狙いだ。このうち、マーケティング支援センターは専門家を県内外に配置し、中小企業の新市場開拓、販路開拓を総合的に支援する機関。「マーケティング力の強化による新たな市場への展開は県産業振興戦略プランの基本戦略の柱に位置付けており、世界市場へ飛躍する県産業を築いていきたい」と小泉博司・同県商工労働部ものづくり振興課長は語っている。

(本誌編集長:登坂 和洋)

*1
第Ⅰ期は平成14~18年度、プロジェクト名は「長野上田地域知的クラスター創成事業」。第Ⅱ期のプロジェクト名は「信州スマートデバイスクラスター」。本部はいずれも財団法人長野県テクノ財団。

*2
加工組立型産業といわれる一般機械、電気機械、情報通信機器、電子部品・デバイス、輸送用機器、精密機械の6業種の製造品出荷額が全体の約7割を占める。これらの製造品目を消費財と生産財(部品、製造装置等)に分類すると、同県の場合、生産財が約8割にもなる。

*3
第Ⅰ期の効果を挙げてみると、参加したポスドクのうち7人が助手、准教授、教授に就任、博士号を取得した学生が4人、「ナノテクスーパーカレッジ」受講者が510人、インターンシップ人材育成が18人。

*4
前身は上田蚕糸専門学校。