2008年6月号
特集  - 科学で地域を元気にする
塩分1%のスラリーアイス製造装置 中小企業のスケジュール管理で開発が前進
泉井鐵工所(高知県室戸市)、高知工科大学などは経済産業省の地域新生コンソーシアム研究開発事業を利用し、塩分濃度1%からつくれるスラリーアイス(シャーベット状の氷)製造装置を開発した。成功要因は開発目的が明確だったことと、企業側の開発スケジュール管理がよくできたことという。

本稿では、経済産業省の地域新生コンソーシアム研究開発事業(平成19年度で終了)の成功事例の1つとして高知県のスラリーアイス製造装置開発*1を取り上げる。

かかわった産学官は、この事業の管理法人である財団法人高知県産業振興センター、マグロ延縄(はえなわ)を巻き上げる機械など各種漁労機械が主力製品の株式会社泉井鐵工所(高知県室戸市)、冷蔵・冷凍設備大手の日新興業株式会社(大阪市)、および高知工科大学(高知県香美市)である*2

早速、舞台である高知県へ飛んだ。

直径0.1~0.5ミリの氷粒子と冷海水

海水スラリーアイスとは海水または希釈海水からつくったシャーベット状の氷のことである。直径0.1~0.5ミリの氷粒子と冷海水が混じり合ったものだ。[1]海水に砕いた氷を混ぜたものに比べ冷却が速く、魚の鮮度保持効果が高い [2]氷による魚体損傷が少ない [3]流動性に優れホース等での移送が可能である——という特長がある。

ポイントは塩分濃度である。塩分濃度が高くなるにつれて水溶液の凝固温度が低くなるが、マイナス1.5度近くになると魚が凍結してしまい、身質が落ちる。海水(塩分濃度3.4%)100%でつくったスラリーアイスは標準的な使用条件下(氷量が全体の3割程度)ではマイナス3度近くになってしまう。

スラリーアイス製造装置は、マグロ船などに搭載されているほか、漁港の市場、養殖業者などに導入されている。

市場が求める「1%」

初めに訪ねたのは高知県産業振興センター。事前に調べた上記のような基礎知識や事業概要について、担当だった新産業推進部産学連携課主査の岡村大さんに確認と補足取材。岡村さんが運転する車で70キロ離れた室戸市の泉井鐵工所へ向かった。

写真1

             写真1 株式会社泉井鐵工所
                 スラリーアイス事業部 北村 和之氏

高知県は広い県土の83%が山林。この比率は全国一だ。土佐湾に沿って道路は走るが、北側には近くまで山が張り出していて、道路と山の間を縫って民家が伸びている。同県の人口は81万人。経済産業省工業統計による製造品出荷額5,555億円(平成17年度)は沖縄県に次いで低い額で、四国地方でトップの愛媛県の6分の1。岡村さんの話すことばの端々から、地元の企業、大学に頑張ってほしいという思いが伝わってくる。

泉井鐵工所で迎えてくれたのはスラリーアイス事業部の北村和之さん(写真)。「市場は1%を求めている」と明快だ。前述の塩分濃度の話だ。1%だと温度は約0.8度で、あらゆる魚介類の冷却に適している。

現在、わが国で主に使われているスラリーアイス製造装置はドイツやカナダなどの外国製で、製氷段階でつくれるのは塩分濃度2%まで。2%が大きな壁だ。では、市場が求める1%と実際の2%の差をどう埋めるのか。製造したスラリーアイスから氷粒子だけを採取し、それに塩分濃度調整した希釈海水を混ぜて、冷却対象となる魚介類に適した塩分濃度および温度のスラリーアイスにしているのだ。製氷ユニットと貯氷槽に加え、「後(あと)処理」の工程が加わるので装置が大きくなってしまうのが欠点だ。

どうしても直接、塩分濃度1%からつくれる装置の開発が必要だった。

実験の音、振動から問題点を推測

同社は地域新生コンソーシアム事業の前に、高知工科大学と1.5%まで可能な装置を開発していた*3ので、本事業では日新興業の参画を得て、「1%」と、それによる装置の「小型化」の2つを目標にした。

写真2

         写真2 高知工科大学 総合研究所
              ものづくり先端センター講師 松本 泰典氏

キーパーソンは泉井鐵工所の設計課係長・岩川三和さん、北村さん、高知工科大学総合研究所ものづくり先端センター講師・松本泰典さん(工学博士)(写真2)の3人。松本さんの専門は化学工学で、エンジニアリング企業に勤めていたが、平成15年に同大学に移り、横川明教授らと産学連携に取り組んでいた。

氷を製造する部分は、ステンレスの二重円筒構造となっている。外側の筒と内側の筒の間に冷媒を流し、内側の壁にできた氷を刃で掻(か)き取る仕組みである。「刃の形状、角度、その回転速度、水溶液の循環速度など工夫するポイントはたくさんある。ジェネレーターと呼ぶ製氷機はブラックボックスで中を見られないので、実験の音、振動などから問題点を推測し、少しずつ改良していくほかなかった」(北村さん)。

日新興業の担当は開発部課長・宇野光世さん。同社との連携が大きな力になったという。夜を徹した実験を繰り返した甲斐もあって開発に成功。日新興業と泉井鐵工所が「シャキットミニ」*4の名前で売り出し、既に受注している。特許は高知工科大学を含め3機関共同出願である。

中小企業の課題は開発意識

翌日、高知工科大学を訪問してお会いした松本さんは「コストと技術をぶつけ合いながら目標に向かって進むことができた」と2年間を振り返った。松本さんに限らず、開発が成功した要因として関係者が異口同音に指摘するのは「目的が明確だったこと」。塩分濃度1%と小型化——目指す製品像がぶれなかった。「課題克服の要因は、メンバー全員のやる気と根気があったから」と高知県産業振興センターの岡村さんはいう。

第2に成功要因は泉井鐵工所の北村さんの役回り。北村さんは文科系の人で、この地域新生コンソーシアム事業からスラリーアイスにかかわるようになった。「会社のなかのプロデュースにたけていて、社長から技術者まで社内の実務的なまとめ役だった。タイムスケジュール管理も完璧で、大学としてもとてもやりやすかった。設計の岩川さんの優れた技量に加え、北村さんがいたことでプロジェクトが大きく進展した」と松本さんは分析する。

松本さんによると、中小企業において設計担当者は設計だけということになりがちで、企業として「開発」意識を持つのが難しい。「社長の意気込みを現場の人たちに伝えて共有し、会社として開発管理ができる人材がカギになる」という。

第3に、開発企業にとって、スラリーアイス製造装置は多少経験知が働く研究テーマだったということだろう。泉井鐵工所の製品は油圧装置なので、氷をつくる機械は全く新規分野だが、魚介類に関連する業界という共通項がある。日新興業にとっても同じ。松本さんは「コンソーシアムのなかに高知県水産試験場と高知県海洋深層水研究所が入っていたのがよかった。われわれのつくったスラリーアイスは塩水と氷粒子が混合した液状のものなので、従来の氷と比較すると、輸送・供給システムが課題となる。この課題については、両機関の取り組んだ鮮度保持実験と流通過程におけるニーズの収集から学ぶことができた」と語る。


泉井鐵工所の泉井安久社長は「新しい分野にはいろいろ挑戦しているが容易ではない。スラリーアイスの事業が軌道に乗ってほしい」と熱く語っていた。こうした思いに、産業振興センターなど「官」がきめ細かく対応し、温かく見守っていることも「1%」を実現させた一因なのかもしれない。

(本誌編集長:登坂 和洋)

*1
平成18、19年度の事業。 プロジェクト名は「海水スラリーアイスによる氷温貯蔵システムの開発」、プロジェクトリーダーは横川明・高知工科大学教授。

*2
本事業にはこの「装置開発グループ(3社)」のほか、「鮮度保持実験グループ(2社)」と「新市場の開拓(1社)」、「物流用氷温システムの調査(1社)」がある。

*3
塩分濃度2%の壁への挑戦は、地域新生コンソーシアム事業以前から行われていた。平成11~15年度はNEDO(委託先:社団法人日本海洋開発産業協会)の「エネルギー使用合理化海洋資源活用システムの開発」において海洋深層水から製氷されたスラリーアイスの貯蔵・輸送に関する基礎研究を高知工科大学が行った。  平成16年度には、財団法人高知県産業振興センターが募集した「企業提案型共同研究事業」に高知工科大学と株式会社泉井鐵工所が共同で応募し採択された。この産学の取り組みで、塩分濃度1.5%から製氷可能な装置を完成させた。しかし、1.5%でも温度はマイナス1.4度となり、魚が凍る恐れがある。  17年に、塩分濃度1%以下の製氷が可能な装置を検証するため、科学技術振興機構・サテライト高知研究成果実用化検討事業に参画し、基本構造の方向性を高知工科大学と泉井鐵工所が見いだした。

*4
製氷ユニットの大きさは縦100センチ、横103センチ、奥行き63センチ。製氷能力は1日に240キログラム(原水温度25度、氷と水の割合が30%対70%の場合)