2008年6月号
特集  - 科学で地域を元気にする
地域イノベーション・システムを考える
-弘前地域・光産業の事例-
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西山 英作 Profile
(にしやま・えいさく)

社団法人 東経連事業化センター
副センター長


大学発ベンチャー企業の経営が軌道に乗り、地域にものづくりの取引先のネットワークが広がっていく―。これはベンチャー離陸の1つのスタイルだが、青森県弘前地区の光産業を例に、地域イノベーション・システム形成の可能性を探る。

地域イノベーション・システムとは

地域イノベーション・システムの権威であるフィリップ・クック氏(英国)は、地域イノベーション・システム形成の重要な要素に“政策を打ち出す裏付け”となる「自主財源」をあげている。残念ながらわが国の現状をみると、本格的な地方分権はまだ先の話のようにみえる。

今世紀に入り、経済産業省、文部科学省、科学技術振興機構などが音頭を取り、わが国では、クラスター論を含めた地域イノベーションが声高に叫ばれている。2008年を迎えた今、産学官連携をエンジンとした地域イノベーション・システムが築かれた地域は果たしてあるのだろうか。自信をもって「この地域だ」と断言できる人は少ないのが現実だろう。こうした中、地域イノベーション・システム形成のヒントになる地域がある。それが弘前大学を中心に光産業をターゲットとした弘前地域だ。

本稿では、その中心的な人物である株式会社クラーロの高松輝賢社長*1のインタビューを通じて、そのメカニズムを探ることとする。

大学との連携

株式会社クラーロのオフィスは弘前大学医学部の正門の目の前にある。主力製品である“デジタル診断支援装置”「バーチャルスライド」がいかに大学との連携を通じて進化してきたかを物語る。

大学で視覚工学を学んだ高松社長は、画像検査に取り組むベンチャー企業に入社し、画像処理技術に磨きをかけた。2001年春に高松社長は、故郷・弘前の弘前大学医学部佐藤達資教授の研究グループに出会った。佐藤研究グループの大学の病理学、細胞生物学、医療情報学と高松社長の技術が結び付き、2002年秋には世界最高水準のバーチャルスライドが完成した。

東北ブロックへの広がり

2002年11月に同社は東北ベンチャーランド推進センター(2006年4月に東経連事業化センターに改組)に支援対象企業として認定され、特許出願から企業との契約等さまざまな支援を受けた。支援を通じて知名度も高まり、2003年7月に世界最大の起業家表彰イベントであるアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー東北大会でアカデミア部門賞を受賞。2005年3月には東北経済連合会等が出資する東北インキュベーションファンド(管理運営会社/東北イノベーションキャピタル株式会社)の出資を受け、株式公開に向けた本格的な挑戦も始まった。

県レベルでのイノベーション

バーチャルスライドの第1号機は首都圏の企業に製作委託した。しかし、バーチャルスライドを進化させるには、さまざまなチューニングを要する。このため、機動的な打ち合わせを実施することが必要になり、2005年ごろには弘前地域の株式会社弘前機械開発、株式会社テクニカル等との連携体制を構築。距離の近さからスピーディーにイノベーションを創出させることが可能になった。

2007年1月には地元信用金庫の紹介でコラボ産学官からの出資を、同年8月にはあおもりクリエイトファンドからの出資を受け、資本金も2億円を超える。また、コラボ産学官を通じて知り合った野村證券株式会社の平尾敏氏(本誌編集委員)の紹介で海外との交渉も活発化している。こうした中、ハーバード大学がクラーロのバーチャルスライドを納入。いよいよ弘前発・世界企業の可能性が高まってきた。

弘前地域には既に弘前機械開発、テクニカル以外にも、東和電機工業株式会社、株式会社ジョイ・ワールド・パシフィック、株式会社ムツミテクニカ、光城精工有限会社等の光産業分野の地元企業が存在する。国内大手の青森オリンパス株式会社や、半導体検査の株式会社日本マイクロニクス青森松崎工場等も立地しており、既に光産業の集積が生まれている。2008年8月にはキヤノン株式会社の新工場も開業する。

こうした中、高松社長は三村申吾青森県知事に対して、県の重点政策分野として光産業を打ち出すことを提言した。三村知事もこれを受け入れた。今後の弘前地域の動向から目が離せない。

地域イノベーション・システムの最適単位とは?

さて、地域イノベーション・システムの地域とは何だろうか。わが国では、地域とは市町村レベル、県レベル、さらには東北地域等のブロックレベルを指す。中央集権国家である日本にとって、地域がイノベーションを興す最適単位とは何か。常にこうした議論が付きまとう。

行政単位では、県の役割が大きい。産業集積の観点からは、弘前地域が重要な単位である。ブロック単位としても東北経済連合会の活動エリアは新潟県を含む東北地域であり、東北イノベーションキャピタルの投資ターゲットも同様である。地域イノベーション・システムの地域の解は何か。答えは、市町村、県、ブロックの3つのレベルの交わりの中にあり、明確なバウンダリーはない。株式会社クラーロは、地域発の大学発ベンチャーのモデルだけなく、日本型の地域イノベーション・システムを考える上でも興味深い事例になりそうだ。

*1
産学官連携ジャーナル2007年8月号 「連載 大学発ベンチャーの若手に聞く」を参照。