2008年6月号
特集  - 科学で地域を元気にする
地域イノベーション創出に向けた産業支援機関の在り方
~求められる地域貢献と組織自立化のバランス~
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百嶋 徹 Profile
(ひゃくしま・とおる)

株式会社ニッセイ基礎研究所
社会研究部門 主任研究員


企業が自社以外の技術も積極的に取り入れる「オープン化」の必要性が高まっているなかで、筆者は、これまで各地に整備されてきた産業支援機関が地域のイノベーション創出の触媒機能を果たすべきであると説く。

オープンイノベーションの「場」の形成

企業にとって、製品ライフサイクルが短縮化する傾向にある中、顧客ニーズの多様化や産業技術の高度化・複雑化に伴い、異分野の要素技術の融合なしには、イノベーションのスピードアップが難しくなってきている。

イノベーションをめぐるこのような環境変化の下では、カリフォルニア大学バークレー校のヘンリー・チェスブロー教授が唱えるように、企業が自社以外の技術も積極的に取り入れる「オープンイノベーション」の必要性が高まり、自社技術に固執する「NIH症候群」*1からの脱却が求められる。

効率的なオープンイノベーションシステムを構築するためには、当該産業の完成品メーカーだけではなく、材料・部品メーカー、装置メーカー、設計ソフトウェアベンダーなどサプライチェーンにかかわる多様な企業、さらには大学・研究機関など異分野の研究者が一堂に会して英知を結集する出会いの「場」の形成が不可欠である。

このようなオープンイノベーションの「場」は、米国シリコンバレーのようにコミュニティベースで形成されるケースがある一方、欧州では公的研究機関や産業支援機関が担うケースが多い。

わが国では、これまで産業支援機関が各地域で整備されてきた経緯を踏まえ、これらの機関が地域のイノベーション創出の触媒機能を果たす「欧州モデル」が望ましいと思われる。本稿では、産業支援機関のあるべきモデルを3つに類型化しつつ、産業支援機関の在り方にかかわる論点を整理する。

産業支援機関の3つのモデル*2

産業支援機関のモデルとして、地域特性や支援対象とする技術分野の違いに応じて、3つのあるべきモデルが考えられる。

1. 支援機能を統合したワンストップ型支援機関

地方圏では都市圏に比べ、産業支援機関が企業に近接していなかったり、数が少なかったりするため、支援機能の主要な受け手である中小・ベンチャー企業の利便性を考慮すれば、単一の機関で多くの支援機能を統合したワンストップ型の支援機関があるべきモデルになると考えられる。支援対象の産業領域も比較的幅広く設定しておくことが望ましいと思われる。

支援機能のワンストップ化を戦略的に図れば、支援機能が複数機関で重複・分散化してしまうのを避け、複数の支援機能間でシナジー効果を追求することができる。

産業集積が進んだ地方圏の自治体において産業振興を目的に整備された大型の財団の中に、ワンストップ型支援機関が散見される。例えば、財団法人ひろしま産業振興機構では、産学官共同研究プロジェクトの推進、ビジネス・インキュベーション(BI)、TLO、特許流通、ベンチャーファンドへの出資*3などの機能が統合されている。さらに海外事例のCSEM(スイス)*4では、自らが開発した技術シーズをもとにしたベンチャー創出、中小・ベンチャー企業からの少・中量規模の生産受託、シード型ベンチャーキャピタル(VC)などの機能が追加され、フルセットの機能が統合されている。

2. 機能特化型支援機関の連携体

都市圏では地方圏に比べ、産業支援機関が企業に近接立地し、大学・研究機関、TLO、VC、インキュベータなども数多く立地している。このような場合、ワンストップ型より、各支援機能ごとに特化した支援機関*5が構築され、かつおのおのの機能が高度化しており、さらに各機関の連携が図られていることが、あるべきモデルになると考えられる。企業は支援ニーズに応じて支援機関を選択することになる。

このモデルでは、各支援機関において、その支援機能における最も基本的な業務にとどまらず、その基本機能を補完・強化するために派生した機能を併せ持つなど、支援機能の高度化を図ることが重要である。例えば、インキュベータでは、ベンチャー支援施設の運営が基本機能となるが、入居企業を中心に投資を行うVC事業の運営機能を併せ持つことにより、シナジー効果を追求できる。かながわサイエンスパークを運営する株式会社ケイエスピーがこのタイプの成功事例である。

さらに、このモデルでは、機能特化型支援機関の連携を維持・促進するため、連携に参画する組織を束ねる、中核的な自治体や推進母体となる機関のリーダーシップが極めて重要になる。TAMA地域では、TAMA協会が結節点となって、タマティーエルオー株式会社、西武しんきんキャピタル株式会社、FIO*6など複数機関の連携が図られている。

また東北地域では、産学官が地域経済振興に関する統一した見解を示すため、東北経済連合会の提唱により、東北大学総長、宮城県知事、仙台市長から構成される「産学官連携ラウンドテーブル」を開催している。この枠組みの下で、東経連事業化センターと東北イノベーションキャピタル株式会社は密接な連携を図っている。

3. 広域活用する高度イノベーション創出支援機関

産業支援機関が半導体やMEMSなど科学的で高度なイノベーション創出を支援しようとした場合、当該機関にも先端で高価な研究機器や製造装置を導入し、また常勤の研究人材を配置する必要が出てくる。ここで、支援機関が自治体からの補助金で運営されている場合、支援サービスを利用できるのは当該自治体の域内企業に限定されることになろう。

先端科学分野にかかわる設備投資規模は相対的に大きいため、高度イノベーションにかかわる支援機関を各地域で構築すると、重複投資を招き、稼働率や投資回収などの面から非効率となる。そのため、複数の自治体が共同で「高度イノベーション創出支援機関」を構築し、広域で活用することが効率的である。ユーザーの広域化を図るためには、財源として自治体からの補助金に依存した運営ではなく、適正なサービス使用料の徴収により組織の自立化を図ることが不可欠となる。

さらに、自前の技術にこだわらず、域内外の産業支援機関、大学・研究機関、企業などとの連携により、欠けている資源を補完し、自前の資源と融合させて質の高い技術サービスをスピーディに提供していくことも求められる。このような広域連携の形成は、産業支援機関自体がオープンイノベーションを実践することにほかならない。

高度イノベーション創出支援機関の成功事例

産業支援機関の3つのモデルのうち、わが国では「高度イノベーション創出支援機関」の整備が最も遅れていると思われる。次世代半導体プロセスの研究機関として知られるベルギーのIMEC*7が、このモデルの参考とすべき成功事例である。

IMECは最先端の半導体関連技術の研究において、米インテルや韓国サムスン電子など大企業等との共同研究プログラムを展開している。これらのプログラムで共同利用される半導体評価機器など最先端のパイロットラインの導入コストは、海外の大企業を中心とした委託研究収入によりカバーされているとみられ、ユーザーの広域化が最先端の設備導入・共同研究を可能とする好循環につながっていると考えられる。

さらに、大企業等との共同研究で蓄積された知的財産をベースに、魅力的な研究開発プログラムを策定することにより、世界有数の大企業を惹きつけ、新たな委託研究収入の確保につながっているとみられる。07年の総収入は約2.4億ユーロ(約397億円)に達し、そのうち委託研究収入が82%を占め、フランダース州政府からの助成金は16%にすぎない。95年以降、自主財源が州政府補助金を上回っている。

地域貢献と組織の自立化の両立に向けて

産業支援機関の運営においては、自主財源と自治体からの補助金の2つの財源の適正なバランスを見いだすことが重要である。

産業支援機関が提供する支援サービスが、非競争的領域あるいは地元の中小企業に対する技術者訓練など地域貢献の色彩が強いほど、サービスの対価を取る余地が少なくなり、逆に補助金を投入する余地が大きくなると思われる。一方、委託研究や共同研究など企業にとって事業化に近い支援サービスであるほど、公平性の観点から有償にすべきである。このため、地域貢献のために行う支援サービスと、組織の自立化のため対価を徴収する支援サービスをできるだけ区分する必要がある。

組織形態としては、少数の専門家チームによる迅速な意思決定をより重視する場合、LLP*8を選択することも一考に値すると考えられる。

むすびにかえて

最後にイノベーション創出における産業支援機関の役割にかかわる論点を挙げて、むすびにかえることとする。

わが国における産学連携の代表的な成功事例では、連携の契機が産業支援機関のマッチングによらないケースも散見される。このことから、産業支援機能が不要であるととらえるのではなく、むしろ明確な役割が期待されていると考えるべきである。

中小企業が持つものづくり基盤技術の中には、大企業の製品開発のブレークスルーにつながりうるものが含まれているとみられる。しかし、大企業が多くの中小企業群からこのような技術を探索するのは極めて困難である。また、中小企業は優れた技術を形式知化できておらず、売り込みをうまく行えないケースもあろう。さらに、わが国では大学においても技術シーズのアピール力が弱い傾向があると言われる。

中小企業の技術シーズの掘り起こしとマッチングの推進、中小企業および大学の情報発信能力の向上に対する支援など、産業支援機関における最も基本的な機能に対するニーズは依然として強く、またそれが十分に満たされていないと思われる。

マッチングにおける目利き機能を担うコーディネータとしては、即戦力となる経験豊富な企業OBを起用するケースが圧倒的に多いが、事業化にかかわる専門家*9の指導の下で若手人材を育成し、コーディネータに起用していくことも必要であろう。地域でプロパー人材を育成し、また若手人材の起業家精神を醸成していくためにも、後者の取り組みが重要であると思われる。先進事例としては、NPO法人近畿バイオインダストリー振興会議がポスドク・院生に大学等の技術シーズを発掘・収集させ、産学マッチング事業を通じて若手研究者の育成を図っている。また、財団法人北九州産業学術推進機構のカー・エレクトロニクスセンターや財団法人三重県産業支援センターの高度部材イノベーションセンターでは、産学連携による研究開発機能とともに若手技術者の育成機能も担っている。

地域の中小企業やアーリーステージのベンチャーに対する支援には、地域貢献の視点が不可欠である。これらの対策には、地域の産学官が一致団結して当たる必要がある。大企業には、利益追求に加えCSR*10の視点から、産学連携に取り組み、また未利用技術、設備、人材、資金などを産業支援機関等に提供することが期待される。大学には、優れた技術シーズの創出とシーズ情報の地域への適確な情報発信が求められる。

産業支援機関は、産業や大学の集積など地域資源のポテンシャルを最大限に引き出すための触媒機能を果たし、地域のイノベーションが自律的・継続的に創出されることを促進していくことが望まれる。

*1 :NIH:
Not Invented Here 「『ここ(自社の研究所)で開発されたものではない』から受け入れない」という意味で用いられており、自社技術に固執する企業行動を指す。

*2
「イノベーションの創出における公的支援機関の新たな役割調査」経済産業省委託調査事業(2006年度 株式会社ニッセイ基礎研究所受託)

*3
ファンド運営は民間のベンチャーキャピタルが担当している。

*4 :CSEM:
Swiss Center for Electronics and Microtechnology 84年に連邦政府、ニューシャテル州政府および国内企業数社により、3つの時計産業関連の研究所を合併させる形で設立された。株式会社だが、税金免除の恩典を受けている。

*5
機能特化型支援機関には、地域産業振興のための財団等に加え、大学・研究機関、TLO、インキュベータ、ベンチャーキャピタル、地域金融機関なども含めて考えている。

*6 :FIO:
富士インキュベーションオフィス

*7 :IMEC:
Interuniversity MicroElectronics Center 情報通信技術領域での産業ニーズを3~10年先行する科学的研究を行うため、84年にルーベンカトリック大学を研究拠点とする非営利の研究機関として、フランダース州政府によって設立された。

*8 :LLP:
Limited Liability Partnership 有限責任事業組合

*9
VC、金融機関、監査法人、商社など。

*10 :CSR:
Corporate Social Responsibility 企業の社会的責任