2008年6月号
特集  - 科学で地域を元気にする
開発型の中小企業における博士人材活用の場
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児玉 俊洋 Profile
(こだま・としひろ)

京都大学経済研究所 教授



地域においてイノベーションの担い手になっている開発型の中小企業では、開発に従事する技術人材が不足しており、そのことが産学連携の障害にもなっている。そこで、大学のポスドク人材に注目し、開発型中小企業へ中長期に派遣する仕組みを提言する。

開発型中小企業における技術人材への強いニーズ

地域においてイノベーションの担い手となっている中小企業では、開発に従事する技術人材が不足している。イノベーションの担い手と言うからには、研究開発を行うだけでなく、市場化まで含めた製品開発力を持っていることが必要である。そのような中小企業を見いだすために、私は、設計能力と自社製品の売り上げ実績の有無をもって「製品開発型中小企業」を定義した調査を行っている。本誌でも紹介したように*1、京滋地域(京都府南部から滋賀県南部にかけての地域)を調査したところ、同地域に製品開発型中小企業は多数存在し、高い研究開発成果を挙げ、産学連携ニーズも高まっている。しかし、理工系大卒・院卒を中心として技術人材が不足しており、そのことが産学連携や企業間連携の障害にもなっている。京滋地域ばかりでなく、各地で、製品開発型中小企業に相当する企業に同様な技術人材不足が見られる*2。後述の経済産業省「地域イノベーション研究会」事務局が、全国の産業クラスター計画に参加している企業に対して行ったアンケート調査結果においても、最も不足している人材は開発等を担当する技術人材である。産業クラスター計画参加企業には製品開発型中小企業に相当する企業が多いと見られる。すなわち、市場化まで含めた開発力のある中小企業は開発を担う高度な技術人材を必要としており、このような人材ニーズが満たされれば地域イノベーションが強く加速されることが期待できる。

博士人材の開発型中小企業への中長期派遣の仕組み

それでは、これらの企業にどこから技術人材を供給したらよいであろうか。ここで注目されるのが大学のポスドク人材である。文部科学省科学技術政策研究所の調査*3によると、ポスドク人材は目標の1万人を大きく上回る1万5千人以上が養成されている。しかし、ポスドクポスト終了後の就職難が問題となっている。日本経済団体連合会の調査*4によると大企業の博士人材の採用意欲は低い。

一方、中小企業は、すべてがポスドククラスの高度な理工系人材を必要としているわけではないが、産学連携ニーズの強い製品開発型中小企業に的を絞ってヒアリングを行うと、ポスドクを含めた博士人材への確実なニーズがある。本来は就職してもらいたいところであるが、ある程度の長期であれば有期派遣でも有給で受け入れを希望する企業も多い。研究者指向というポスドク人材側の意識、通常のインターンシップのような数週間ではなくもっと長期でという企業側のニーズを勘案すると、研究目的で企業に1年単位以上で派遣するという制度が考えられる。ポスドクポスト期間中の派遣は無理であるが、既存のポスドクポストと並列するポストとして、企業派遣制度を提示すれば十分に成り立つのではないかと考えられる。博士人材と合わせて、大学院生には論文作成や大学による単位認定と組み合わせて、6カ月程度企業に派遣するインターンシップを実施することも有益であろう。ただし、派遣人材には守秘義務を守ってもらう必要がある。最終的に、企業と派遣人材の意向が一致して就職につながれば大変に望ましい。就職した場合には、直ちに中核的な技術要員、研究開発要員としての仕事を与えられる場合が多いであろう。

各地の産業クラスタープロジェクトには、それぞれ、地域の有力な中小企業を中心として数百から1千を超える企業が参加しているので、クラスター推進機関にて博士人材の受け入れニーズを取りまとめ、地域の大学と連携し、関心のある産業支援機関や民間の人材会社と協力することによって、博士人材とのマッチングを図ることが期待できる。

産学連携や地域への人材の定着に大きな意義

本誌後掲の経済産業省の「地域イノベーション研究会」報告書は、地域イノベーション政策の1つとして、このようなポスドク人材等若手研究人材の企業への中長期派遣の推進を取り上げた。文部科学省と協力し、このような制度が政策として実現することの意義は非常に大きなものがある。第1に、地域でイノベーションの担い手となっている中小企業のイノベーションを加速することができる。第2に、博士人材という人材に体化した知識の移転を通じて極めて効果的な産学連携が実現できる。第3に、大学の若手人材に地域の優秀な中小企業の存在をアピールすることができ、人材の地域への定着化につながる。そして、第4に、大卒以上人材の大企業偏在が是正され、開発型の中小企業に人材がシフトするきっかけとなる。

ただし、「地域イノベ ーション研究会」報告書に「今後、産業クラスタープロジェクトの一環として試行的に開始し、課題を抽出・検討・解決した上で、具体的な仕組みに仕上げていく」とあるように、実施に際しては周到な準備が必要である。企業は、博士人材の高度な潜在能力に見合うよう、研究の内容や処遇には十分な配慮をしなければならない。派遣人材は、企業に費用を負担してもらっての機会であるのだから、企業側の研究ニーズには誠意を尽くして応える姿勢が必要である。これらのことを双方に周知することが必要である。また、各地域において、企業における博士人材の派遣受け入れニーズを十分把握するとともに、労働法制との関係にも配慮し、マッチング・コーディネーションの体制を整えることが肝要である。

*1
2008年1月号『技術革新の担い手となる中小企業とは 「製品開発型」4社によるパネルディスカッション』、2007年12月号『技術革新の担い手となる中小企業とは ~京滋地域クラスターの可能性~』、2007年10月号『産業クラスターの自立化と産学連携を活用できる中小企業 カギは外部の科学的知識や技術を活用できる「技術吸収力」』を参照。

*2
従来からTAMA(首都圏西部)の製品開発型中小企業で技術人材へのニーズが強いほか、筆者の最近のいくつかの出張先(東海、四国等)で開発力のある中小企業における技術人材不足の指摘があった。

*3
文部科学省科学技術政策研究所、文部科学省科学技術・学術政策局基盤政策課(2007年6月)「大学・公的研究機関等におけるポストドクター等の雇用状況調査-平成18年度調査-」

*4
(社)日本経済団体連合会産業技術委員会産学官連携推進部会(2007年2月)「企業における博士課程修了者の状況に関するアンケート調査結果」等