2008年6月号
編集後記

大学知的財産本部整備事業が平成20年3月末で終了した。対象となった43大学等に対して、知財管理部門の設置から始まり、リエゾン機能の強化、地域連携の推進、はたまた、国際産学連携体制の構築と、わずか4年半の中で次々と狙いの方向が提示された。発明の機関帰属を採用した大学が多かったことから、共同研究から創出された共有特許の不実施補償問題が特にクローズアップされた。大学、企業双方が自己主張し過ぎたことが原因であるが、産学連携の目的を「大学等の研究成果を活用した社会貢献」と解釈すれば、また、相手の立場を認識しようとすれば、問題は解決できるはず。企業から来た大学の知財部門の担当者も、企業の論理ではなく、大学の立場を認識すれば、むしろ、法務ではなく営業的な態度を取るべきである。いまなお不実施補償問題は大きな問題だと知財協のメンバーから聞くが、双方ともに相互信頼の立場をいま一度認識したらどうか。他にもっとやるべきことが多いはずである。

(編集委員・高橋 富男)

製薬企業を退いて2年になる。思いがけず、公的資金の支援を受けた地域事業とのかかわりが生まれ、産と学と公の間に立って細胞外マトリックス分子のような役割を演じている。研究畑ばかりを歩んできた筆者にとって、企業に籍を置いていたというだけで知財の専門家と期待されたり、マーケティングに精通していると誤解されたりして、当初は閉口した。時を置かずしてJSTのプログラムの運営ともかかわりが生まれ、公的資金を提供する側と受ける側の双方向から眺める機会が与えられた。そしてそこからは、産学連携の仕組みや学際的プロジェクトへの自治体の参画姿勢、さらには大学院生のキャリアパスやポスドク雇用の実態などが重層した立体イメージが、おぼろげながら浮かび上がってきた。人材の独創性やチームの創造性までもが、「形」を整え「形」から入るこの国のシステムに包摂されて映り、そこにわが身を据えてみて、何ができるのかを自問する日々を過ごしている。

(編集委員・谷田 清一)

特集に載せる産学官連携の事例4件を駆け足で取材してきた。時間が限られ足を運んだ現場、お会いした人は少なかったが、それでも共通の成功要因を感じ取ることができた。1つは研究開発テーマが具体的かつ鮮明であったこと。初めからそうだったのでは必ずしもない。かかわる産学官の人々の、共通の出口イメージを持つための努力、工夫があったわけで、まさにそれが成功の秘訣(ひけつ)である。出口がはっきりしてくると、「研究のための研究」に予算と時間を食われることが少なくなる。もう1つの大きな要因は事業期間内に一定の成果を出すためのスケジュール管理ができていたこと。企業では当たり前だが、大学の先生方にこの時間感覚を持ってもらうことがポイントだ。4つの事例はいずれも刺激的で学ぶことが多かった。

(編集長・登坂 和洋)