2008年7月号
特集  - 連携・統合から探る明日の大学
九州芸工大との統合で教育・研究の幅広がる
国際産学官連携で東アジアの環境問題に取り組む
顔写真

梶山 千里 Profile
(かじやま・ちさと)

九州大学総長
国立大学協会 副会長


九州大学と九州芸術工科大学が統合して4年半になる。九州芸工大は九州大学の「芸術工学部」になったが、大学全体として研究領域が広がるなど統合の成果が表れている。その成功の要因などを聞いた。

大学を取り巻く環境が大きく変化している。国からの補助金が削減されている。18歳人口の減少で、学校を選ばなければ誰もが大学進学できる「全入時代」を迎えつつある。内に目を向ければ、大学の特色を出し、知的財産活動や地域貢献に力を入れなければならない。勝ち残るために各大学は懸命に改革に取り組んでいるが、そのキーワードの1つが連携・統合。九州芸術工科大学と統合した九州大学は、研究領域を広げるなど統合の成果が目に見える形で表れている。一方で、アジアの大学との連携に力を入れている。九州大学の梶山千里総長に聞いた。

守備範囲広がる

●九州大学と九州芸術工科大学(九州芸工大)が統合して4年半。今年3月には九州大学芸術工学部として初めての卒業生が出ました。この統合は成功した1つと言われています。

梶山 統合がうまくいったのには3つの要因があったと思う。まず、両者の規模が違ったこと。九州芸工大は九州大学の1つの教育研究組織になったが、それでも「芸術工学部」は工学部の3分の1の陣容だ。第2に、お互いに相手に無いものを持っていたこと。九州芸工大がテーマとしていた「感性」や「技術の人間化」は九州大学にとっては新しい領域で、統合によって守備範囲が広がった。だから規模が違っても「統合」と言っている。第3は学長同士の信頼関係。これは非常に重要である。九州芸工大の当時の瀧山学長は九州大学で情報処理を研究され、私と同い年。「統合して1学部になっても独立性を認めてもらえる」と受け止めていただいた。現に、統合後も、昨年まで並行して九州芸工大が存続する形をとり、同大学に入学した学生は同大学の卒業生として送り出した。

●統合の成果は。

梶山 本学は今、人間理解を深め技術を磨く契機として「感性」を取り上げ、科学技術の在り方を含め広範な知の再編成に取り組んでいる。このテーマは、平成16年度文部科学省科学技術振興調整費「戦略的研究拠点育成プログラム」に採択され、全学組織として九州大学ユーザーサイエンス機構(USI)を設立し、ユーザーを基盤とした技術と感性の融合を目指す教育・研究改革を行ってきた。九州大学と九州芸工大が統合し、人と人が交流することで教育と研究の幅が広がり、こうした大型プロジェクトに申請することができた。1つの組織にまとまったから力が出た。芸術工学部の先生が今、1番生き生きしていてアクティビティーが上がったのではないか。

●両大学の統合に伴う人的交流が現場の研究者を刺激しているわけですね。

梶山 感性と技術の融合を目指すさまざまな試みがある。2年ほど前、医学部附属病院小児科の外来部門が新病棟に移った際、森のイメージの内装に動物のキャラクターをちりばめた。また病棟部門の小児医療センター全体を森に見立てた内装にした。「森のお医者さん」のコンセプトだ。これは病院と芸術工学部が共同で、子どもたちの視点で病院のスペースを考えたものだ。また、地下鉄の設備について、芸術工学部が福岡市と連携して、光、音、あるいは「障害者にとって使いやすい」といった視点で検討している。

ものづくりは、最高の技術を使うと1番いいものができると思いがち。これは「研究オリエンテッド」「技術起点」の研究開発システムだが、「ユーザーオリエンテッド」で感性という視点を入れると違った世界が広がる。例えば、ワイド画面のテレビ。つくった人はラージサイズで見てもらおうと思っているだろうが、横に間延びした映像より実際に縦横比率に近い通常画面の方がいいという人もいる。

●来春開設予定の文理横断型の「ユーザー感性学専攻」、いわゆる「感性大学院」は、両大学統合の成果という流れでとらえればいいのですか。

梶山 大きな流れではそうだが、直接的には、科学技術振興調整費「戦略的研究拠点育成プログラム」による九州大学ユーザーサイエンス機構の研究が今年度で終了するので、その成果を教育の形で残そうとするのがその大学院だ。「使い手が何をほしがっているか」をつかむ、それに基づいて価値を創造する。こういうことができる人材が求められているわけだが、これを学問にするのは大変である。われわれはゴールの1つを「感性テーブル*1」というものに置いている。

アジアの知のネットワークから発信

●統合がいろいろな意味で刺激になり、大学の特色を出すうえで大きな要因になっていることがよくわかりました。次に、アジアとの連携について伺います。貴学の提唱で2000年からほぼ毎年、アジア学長会議を行っています。なぜ、アジアなのですか。

梶山 2001年11月に総長に就任し、「4+2+4アクションプラン*2」というものをつくった。真ん中の2は「新科学領域への展開」と「アジア指向」の2つの将来構想を表している。この構想にも掲げているが、九州および九州大学にとって、アジア指向は歴史的、地理的必然だ。日本および東アジア諸国の経済発展は世界から注目されている。台頭するアジア、その中の日本の役割を念頭に置き、アジアの主要大学と連携することで、九州大学のステータスを高めるという目的がある。また、北米、欧州の2極に対して、もう1つの極であるアジアのプレゼンスを示す狙いもある。欧米のスタンダードに対抗して、アジアの知のネットワークからアジアのスタンダードを発信していきたいと思っている。

●具体的な取り組みは。

梶山 こうしたアジア指向というテーマをもっと具体化していかなければならないと思っている。アジア学長会議はその1つだが、さらに、2011年に迎える100周年の記念事業の一環として「東アジアの環境問題」をテーマとする国際的な産学官連携によるプロジェクトを進めている。

まず 、学内の環境問題に取り組んでいる優れた研究者によってテーマごとにチームを組んでいる。対外的には、中国や韓国など東アジアの大学・研究機関および国内の企業などと連携している。研究テーマとしては、都市環境、大気汚染、砂漠化・水問題、海洋・河川汚染、環境化学、住環境システム、フードシステム、社会システムなどがある。

環境問題対策で東アジアに貢献

●なぜ、環境問題なのですか。

梶山 この問題は東アジア諸国に近い福岡にいるわれわれには切実なテーマである。黄砂およびそれに吸着してくる汚染物質の被害を1番受けているのが九州である。偏西風は昔は恵みの風だった。砂漠化している地域は、かつては生薬になる甘草の根が張って砂が舞い上がるのを防いでいたが、今は根が張る前に雪が解けてしまう。黄砂とともに飛んでくる化学物質は光化学スモッグの原因にもなるなど、深刻な環境問題を引き起こしている。

この東アジア環境問題プロジェクトを始めるようになった直接のきっかけは、私が中国を訪問した際、多くの大学の学長から環境問題での協力を要請されたことである。わが国が培ってきた環境問題対策の知見や技術を移転することで、九州大学が東アジアの一員として貢献できるのではないか。経済発展のために大量のエネルギーを消費する、それが環境問題を引き起こす。このトリレンマが東アジアの抱える最大の課題である。われわれは、環境問題を研究する一方で、エネルギー資源をうまく使うということにも力を入れている。戦略的に取り組んでいるのは石炭*3、水素*4、核融合*5で、この3分野の教育・研究を同時に行っているのは九州大学だけである。こうした分野でもアジアへの貢献ができるのではないかと思っている。

●ありがとうございました。

聞き手・本文構成:登坂 和洋(本誌編集長)

*1
ユーザーのニーズを感性の次元で把握し、それと知識シーズとの突き合わせの場および構造を示した図。感性テーブルは、感性軸と知識軸からなるマトリックスであり、その各セルには、ニーズ要素に対応した知が存在する。

*2
2つの「4」は、重点を置く活動分野(研究、教育、社会貢献、国際貢献)と教育の活動に対する支援(人的資源、研究スペース、予算、研究・教育時間)。

*3
2008年4月、筑紫キャンパスに「炭素資源国際教育センター」を設置した。石炭の有効利用と環境保全に関する先端研究と人材育成のための国際的な拠点を目指している。

*4
2004年春、新しい伊都キャンパスに発足した水素利用技術研究センターは文部科学省21世紀COEプログラム「水素利用機械システムの統合技術」の実践拠点。

*5
平和利用のための核融合エネルギーの実現可能性の実証を目指す大型国際共同プロジェクト(ITER)。研究と人材育成でITERに貢献することを視野に入れて、日仏5機関で国際連携研究所(LIA)が2007年10月に発足。日本側のオフィスは九州大学応用力学研究所に置かれている。