2008年7月号
単発記事
地域活性化と大学改革の戦略的な視点(後編)
“科学技術駆動型の地域発展”を目指せ!
顔写真

佐野 太 Profile
(さの・ふとし)

山梨大学 副学長
前 文部科学省研究環境・産業連
携課長

公共事業だけに依存した地域経済振興策の効果に限界が見えてきた。地方が依存体質から脱却し、地域経済が自立型で、持続的に発展していくためには、従来の手法に加え、「産学官連携により科学技術駆動型の地域の経済社会の発展」を目指すことが重要だ。イノベーションの大きな役割を担う大学は、その国公私立大学の多様性が創造力の源であり、我が国の国力の基盤である。

3. 地域発のイノベーション創出の方向性
(1)これまで地域経済の発展を支えてきたものは、ざっくり言って[1]地方交付税 [2]公共事業への補助金 [3]工場誘致 [4]税制の特別優遇措置である(図5)。戦後の、いわゆるキャッチアップ時代には、これらの手法は非常に効果的に機能したと思っている。

図5

図5 地域発のイノベーション創出の方向性

しかしながら、例えば公共事業への補助金。これまで行われてきた公共事業を中心とした「画一的なインフラ整備」は、国の財政支出を拡大させるとともに、地方財政にも負債の増大という長期的・構造的な問題をもたらしてしまった。今や、公共事業だけに依存した地域経済振興策の効果に限界が見えてきたことは明らかである。

今後、地方が依存体質から脱却し、地域経済が自立型で、かつ持続的に発展していくためには、これまでの手法に加え、地域の人々の持つ知識と知恵を最大限活かし、それを財産にしつつ新たな豊かさを創出していく必要がある。

そのためにはまず地域の企業、大学、国と地方公共団体が連携、協力して、産業、農業の空洞化を上回るスピードで優れた技術等を開発し、大学発ベンチャー、中小企業などにより新事業を力強く展開していくことが必要。つまり、これまでの「公共事業依存型の地域経済の発展」に加え、いわば「産学官連携により科学技術駆動型の地域社会の発展」を目指すことが肝要ということである。

例えば、ベンチャー創業や中小企業の自社製品開発を行う際の環境(資金・税制面、技術支援面、スペース確保の面など)が日本一整った県や市を目指すとか、日本一の水素エネルギー実活用のモデル都市を目指すとか、地域ごとの特徴を生かした科学技術により新産業の創出拠点を築くことなどが考えられる。

(2)一方、我が国は間もなく本格的な少子高齢化時代を迎える。統計によれば今後10 年間で20 歳から59 歳までの労働人口は約700 万人減少することになる。これは同時に消費者人口の減少も意味し、近い将来、地域社会の発展にも大きな影響を及ぼす。

このような状況の下では、さまざまな場面で1人1人が高付加価値を生み出すことが必要になるとともに、1人でも多くの優秀な人材を地方に回帰させることが地域経済対策上も必要となると考えられる。先ほど、地域経済を支えてきたものの1つに工場誘致があったと述べたが、この工場誘致になぞらえれば、今後は「人材誘致」が地域経済を支える基本コンセプトになっていくのではないだろうか。

この人材誘致について科学技術駆動型の地域経済の発展という観点から見れば、例えばリタイアした優秀な研究者や技術者を自然豊かな地方に呼び寄せ、若者に対する理科教育や、中小企業の技術指導、起業支援などに参画できる仕組みを整え定住者を増やしていくことなどが考えられる。

また、観光客を増やすという努力はどこでもしているが、観光に、例えば医療という付加価値をのせて、健康と持続可能な社会に配慮したライフスタイルである「ロハス」志向の来訪者を増やしていくというような科学技術面での工夫が重要になってくると思う。

(3)各地方の県や市、各大学が地域社会の課題解決をも意識しつつ、その地域への人材誘致を強力に進め、科学技術駆動型による自立した地域経済の発展を目指すことが、20 年後、30 年後という中長期的な地域社会の活性化につながるものと確信している。次の第4期科学技術基本計画には、この「科学技術駆動型の地域社会の発展」の概念をきちっと整理し、明記すべきと考える。

4. 知識基盤社会における大学改革の方向性
(1)大学等の基礎研究を着実に推進し、その成果からイノベーションを起こすことが求められていることは先ほど記したが、まさに21 世紀は知識基盤社会(Knowledge-Based Society)である。知識基盤社会では、新しい知識・情報・技術が政治・経済・文化等の社会のあらゆる活動の基盤になっていく。このような知識基盤社会においては、"国公私立大学、全ての高等教育機関の多様性が創造力の源であり、我が国の国力の基盤" だと認識している。

大学の使命には、教育、研究そして第3の使命として社会貢献があるが、各大学は、個性・特色ある「理念」、「ビジョン」などの教育・研究組織としての経営戦略の明確化を図り、「ビジョナリー・ユニバーシティ(Visionary University)」を目指すことが肝要。その際、理事側と教学側が同じ目標に一枚岩になって進むことができるかが大変重要な鍵となる(図6)。

(2)具体的な大学改革の方向性は、次の5 点である。

[1] グローバル・スタンダードでの教育・研究の質の保証と、ローカルな面からのニーズへの対応

[2] 卒業生の一生涯の品質保証

図6

図6 知識基盤社会における大学改革の方向性

筆者が15 年前にスタンフォード大学に留学した時に副学長と懇談する機会があり、その時いわれた言葉を今でも覚えている。我がスタンフォード大学は"Not fouryears, But forty years" だという。

つまり「スタンフォード大学は、あなたの4年間のためにだけ存在しているわけではなく、あなたの40 年のために存在している」と。大学は卒業生の一生涯の品質保証を担っているのだということだ。一生涯忘れない言葉だと思っており、日本の大学も卒業生の一生涯の品質保証のために、今後何を行うべきかを真剣に考えていかなければならないと思う。

[3] 「大学は一生涯にわたり2 度行くところ」という時代に応える教育・研究内容の提供と質の保証

筆者は近い将来、大学は生涯にわたり2 度行くところ、という時代が必ず来ると思っている。科学技術分野の進展は目まぐるしいものがあり、例えばナノテクノロジーやヒトゲノムにしても、今、その関係分野において企業などで世界的な競争をしている人たちにとって必要不可欠な知識であるにもかかわらず、それを体系的・包括的に勉強する機会はない。最先端技術というのは非常に進歩が著しいものだから、さらに日本がトップを目指していくためには大学にもう1 度行き、最先端科学技術を学ぶ機会が必要となるということだ。

このことは科学技術分野に限ったことではなく、例えば小中学校の全ての教員も、教育環境が目まぐるしく変化する中で、就職後10 年あるいは15 年というような段階において、もう1度自分の教育方法等を見つめ直し、大学において勉強し直すことが必要なのではないかと思っている。こういった教員養成を行うことが、全体として教育の質の保証につながるのではないだろうか。

大学は生涯にわたり2 度行く時代という要請に応える教育・研究内容の提供と質の保証を図っていかなければいけない。

[4] 地域の幼児・初・中・高等教育および生涯教育、知識・文化、経済活性化の中核拠点に位置付けられること

大学はいわゆる高等教育を行う機関だが、地域の幼児・小中等教育あるいは生涯教育、さらには知識・文化あるいは経済活性化の中核拠点になるべきだと思う。「大学が地域のランドマーク」として欠くべからざる存在になっていくということが地域の発展のためにも非常に重要ではないか。

[5] 事務局機能の強化と資金調達の多様化

以上のことを実現するためには事務局の能力の強化と、資金調達の多様化を図っていかなければならない。

(3)「 知識基盤社会」においては、大学の高等教育の重要性、必要性は高まるばかり。目立たない大学でも、いかに質の高い教育・研究を提供するか、いかに社会に貢献するか、また、いかに経営改善努力をするかで、信頼性の高い大学に変われるチャンスでもある。逆に有名校でもそのガバナンス(管理)を怠ったり、主役である学生を忘れた経営をしたりすれば、定員割れや経営危機に陥る可能性を秘めている。

少子化の中、大学にとって競争的とも言えるこの環境を、むしろ「好機」として捉え、教育・研究の質の向上や社会貢献、経営の改善に教職員が一丸となって全力を尽くすことが、今、まさに公器としての大学に求められている。

著者は、政治が「勇気と希望」、行政が「安全と安心」を国民に供すべきであるならば、大学は知識と知恵をはぐくみ「夢とチャンス」を手に入れてもらう場ではないかと思う。