2008年8月号
巻頭言
顔写真

伊賀 健一 Profile
(いが・けんいち)

東京工業大学 学長




活発な産学連携に期待

これまでの研究や事業においていろいろな産学官連携の経験をしてきた。1979 年に発明した平板マイクロレンズを実用化するため日本板硝子株式会社と共同研究を行った。後にこの1ミリ以下の小さいレンズアレーは、シャープ株式会社との共同開発によって液晶プロジェクタに応用され、プロジェクタの高輝度化のきっかけを作った。

1977 年に発明した面発光レーザでは、1986 年ごろから新技術開発事業団(現在の科学技術振興機構:JST)による三洋電機株式会社との共同研究に入った。その間、1988 年に世界で初めての室温連続動作に成功した。共同研究とはいえ、負けてはいられないという良い意味での緊張感があったようだ。この開発研究は少し早すぎた。まだ、有機金属気相成長法などが未成熟であったこと、インターネットなど高速網が出る前であったことなどが要因である。1989 年にベルリンの壁が崩壊する。米国は軍事研究予算をイノベーション技術に振り向けた。面発光レーザを中心とする拠点が大学と企業の共同コンソーシアムに投下され、1990 年代に多くの開発研究からベンチャーへとつながった。ドイツでは規制が大幅に緩和され、ベンチャービジネスの数が急激に増えた。友人であるウルム大学長エーベリングさんの作った会社は面発光レーザを生産しレーザマウス用に供給している。現在のドイツが太陽電池生産で日本を抜いて世界トップに躍り出たのも、小さいベンチャーからスタートした多くの会社が寄与している。

2001 年に大学を退職してから日本学術振興会(学振)の理事となり6年半を過ごした。学振の産学協力委員会は1934 年に第一委員会「無線通信」が作られている。現在の最長不倒は第19「製鋼」委員会で、これは1934 年に作られた。その目的は「戦艦大和」に耐える鋼を産学官で作ることだったと、その70 周年記念の研究会で知った。その他の220 以上作られた委員会も、産業界と学界が困っている問題解決のため長期にわたって連携を持つ。このようなことは他国にも例を見ない。筆者も第130「光と電波の境界領域」委員会に育てられたといって良い。

今、産学官連携はどの大学でも盛んになっている。東京工業大学へ学長として戻って約7カ月、産学連携推進本部が活発に活動しているのを見るのも楽しみだ。