2008年8月号
単発記事
産学連携で生まれた食品温度管理の“見張り番”
顔写真

伊藤 伸 Profile
(いとう・しん)

農工大ティー・エル・オー
株式会社 代表取締役社長


食品の保管、輸送で大事なことは温度管理で、一定の温度を超えると品質が劣化しやすい。トッパン・フォームズ株式会社は東京農工大学の千葉一裕教授と温度履歴が簡単にわかる製品「テンポーター」を共同開発した。3センチ角程度の大きさで厚さは約1ミリ。加工食品についてくる「からし」や「たれ」のような形状で、個々の食品や段ボール箱に貼付する。この産学を橋渡ししたのは農工大TLOだ。

温度履歴インジケーター「Temporter」の誕生

「食品の温度履歴が一目で分かる」。情報管理サービス業のトッパン・フォームズ株式会社が、東京農工大学(農工大)の千葉一裕教授と共同で研究開発し、製品化を実現した温度履歴インジケーター「Temporter(テンポーター)」は、産学連携が消費生活に密接なイノベーションにつながった好例である。

食品の安全に対する社会的な関心が高まるなか、保管中や輸送中の温度管理は多くの企業の関心事。特に一定の温度を超えずに管理することは極めて重要である。温度が過度に高まると品質が急に劣化したり、形状が崩れたりするからである。

温度履歴インジケーター「Temporter」

写真1 温度履歴インジケーター「Temporter」

Temporter は、3センチ角程度の透明なパックになっている。厚みは1ミリ程度。加工食品に付いてくる「からし」や「たれ」のミニパックのようだ。使用方法は本当に簡単である。[1]対象物に貼る。[2]対象物を3℃以下で10 時間程度冷却する。[3]輸送や保管した後、色の変化を確認する。透明なパックに充填(じゅうてん)された内容物が凝集し、色が変わっていれば規定の温度を超えた証しであり、逆に変化がなければ規定の温度を超えなかった証しである(写真1)。

透明なパックに着色エマルション

これまでも温度履歴を確認できる手段は存在したが、専門の計測器を使うために一定の知識が必要だったり、コストが高かったりして普及は限定的だった。一方、Temporter の単価は30 円以下。製品や段ボール箱1つ1つに貼付して利用することができる。

基本的な原理は、水と油のように本来混じり合わない2つの物質を安定的に混濁させたエマルションの応用である。透明なパックには着色した特殊なエマルションを充填する。いったん冷却すると外観はそのままにエマルション内部の構造が変化する。ここから一定の温度を超えて上昇するとエマルションの構造が激しく変化し、色が変わるため目視で確認できる。しかも、この変化は不可逆性のため、温度を下げても元に戻らない仕組みになっている。

トッパン・フォームズが大学訪問

きっかけは、2003 年夏にさかのぼる。トッパン・フォームズの研究者が農工大のシーズを求めて農工大ティー・エル・オー株式会社(農工大TLO)を訪問した。同社は農工大TLOの会員企業である。私は同社と農工大の研究者をつなぎ、競争的研究資金の獲得を目指したが、2回続けて失敗していた。「このままではTLOの存在意義が危うい。なんとかしよう」と走り回っていた時に持ち込まれたのが、この温度履歴インジケーターというニーズだった。その時点で特許は出願されていなかったが、すぐに千葉教授の顔が浮かんだ。私は前職の新聞記者時代に2年間、ある優良企業を担当しており、その企業の製品がニーズから連想されるものだった。かつて千葉教授がその優良企業の研究者だったことも知っていたため、すぐに「連想の連想」が働いたというわけである。

トッパン・フォームズの研究者と千葉教授が会談をしてみると、果たしてニーズとシーズはぴったりだった。

間もなくトッパン・フォームズと千葉教授は共同研究を開始。さらに2005 年7月には、NEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成事業「大学発事業創出実用化研究開発事業(マッチングファンド)」に採択され、共同研究は加速した。温度履歴インジケーターに関しては、マッチングファンド助成事業者としての農工大TLO出願を含め、20 件以上の特許が出願され、効果的な特許ポートフォリオが構築されている。

トッパン・フォームズは、すでに飲食店、病院食、セントラルキッチン等の外食産業向けに規定温度が11℃のTemporter を発売。今後は、冷凍温度帯(0℃前後)やチルド温度帯(5℃前後)に規定温度を設定した商品を展開していく方針だ。当面、年3億円程度の売り上げを目指している。

長期間の産学連携研究

思い返すといろいろな条件に恵まれた。トッパン・フォームズが研究開発に積極的で、長期間の産学連携研究を遂行できる企業であったことは不可欠な条件だった。また、マッチングファンドの運営で関係者に継続的な交流が生じたのも追い風だった。農工大TLOのスタッフが試作品の充填ラインの視察に同行したこともあるほどだ。

もちろん、研究開発は一筋縄ではいかなかったはずである。何度か夜遅い時間に学内の共同研究スペースでトッパン・フォームズの研究者とすれ違った際、ひどく険しい表情をしていたことを憶えている。千葉教授のハードワークも学内でとみに有名である。

私の印象では、Temporter の基本的な商品概念は当初から変わっていない。それだけニーズが明確であったということだろう。シーズとニーズのマッチングから研究開発、商品化まで一連の産学連携の流れを目の当たりにできたことは本当に幸運であった。

なお、「Temporter」はtemperature(温度)とporter(運搬人)の造語で、登録商標申請中とのこと。食品以外にも化粧品や医薬品等、温度履歴を簡便に把握したい業種は少なくないはずである。読者の皆さんも知らず知らずのうちにTemporter で適切に温度管理された製品をたくさん利用しているかもしれない。