2008年9月号
連載3  - 新しい技術者像を探る
「女性研究者」への2つの視点
-支援モデル育成事業に携わって-
顔写真

小川 賀代 Profile
(おがわ・かよ)

日本女子大学 理学部数物科学科
准教授


女性研究者の研究と出産・育児等を「両立」させる仕組みづくりを目指すのが「女性研究者支援モデル育成事業」。同事業に取り組む大学の1つ、日本女子大に所属する筆者は、仕組みは徐々に整いつつあるが、大事なのは周囲の理解や本人の意識改革だと見る。そして、仕事と家庭の「バランス」と、ロールモデルという2つの視点を提示する。

平成18 年度から科学技術振興調整費を活用し、女性研究者の研究と出産・育児等を両立させる「仕組み」の構築に向けた「女性研究者支援モデル育成事業」が進められている。優れた女性研究者がその能力を最大限発揮できるようにするのが目的だ。筆者が所属する日本女子大学は初年度に採択された10 大学の1 つである。本学はマルチキャリアパス支援—理系の女性研究者の両立支援にとどまらず、育児のために諦めた研究者がもう1度チャレンジする支援、他分野で活躍していた人が研究分野にシフトチェンジする支援、研究職以外で理系の知識を活かすための支援—を目指している。積極的に取り組んでいるのは次のようなものである。

研究補助を行う研究助手の配置および補助を通しての研究助手のキャリアアップ
自宅に居ながらにして実験環境を整えるためのテレビ会議システムの導入
出口の確保としてeポートフォリオを活用したジョブマッチングシステムの開発・構築
すそ野を広げるための啓発活動(子供科学教室、サイエンスカフェ)

求められる周囲の理解

これらの活動も最終年度を迎え、「仕組み」は徐々に整いつつある。他大学もそれぞれに創意工夫をし、RPD(Restart Postdoctoral Fellowship:特別研究員)など他の施策の実施もあり、女性研究者を取り巻く環境は徐々に好転しつつあるといえるだろう。だが、これで十分といえるのだろうか。個人的には納得できない部分が残る。「『仕組み』をつくる」≠「インフラを整える」ではないからである。環境・制度が整うとともに、周囲の理解、本人の意識改革が浸透して初めて女性研究者のすそ野が広がり、その能力を最大限発揮できるのではないだろうか。

周囲の理解、これまで育ってきた過程における考え方(性別による役割など)に縛られた本人の考え方が大きな壁となっているように思う。被支援者が、支援を受けることを心苦しく思ってしまうことも、少なくはない。本人の考え方に依存しているのなら、仕組みづくりを支援することはないのではないかと、短絡に考えないでほしい。

これまでの社会構造において刷り込まれた考え方を、個人の力だけで変えよというのは無責任である。やはり、今、日本で起きている社会構造の変化の中でみんなが意識の転換をしていく必要があると思う。そのためには、どういう取り組みがあればよいのだろうか。

多様な「仕事と家庭のバランス」

最近、「ワークライフバランス(WLB)」という言葉をよく耳にする。仕事も家庭もバランスよく・・・ということを意味しているが、個々人によってそのバランスは異なる。時間的にワーク:ライフ=5:5である必要はないのである。ワークとライフはトレードオフの関係ではなく、精神的な充実度の視点から見れば相関の関係にあると考えている。

女性研究者は男性とは比べものにならないほど多様なWLB が求められる。ライフイベント(結婚、出産、育児、介護など)に応じて、WLBを余儀なく変化させていく必要があるからである。各自置かれている環境はさまざまであるため、「仕組み」をつくっていく場合、多様なWLB の視点が大切で、それに応えられるようにしていく必要がある。20 代、30 代はキャリアを形成していくために、ワークに重みを置きたいと思うのは当然のことであるが、育児により時間的・物理的な制約を受け、WLB を実現できずに研究者を断念していった人も少なくない。本学をはじめ、各大学での取り組みは、さまざまな形でこれを支援する仕組みづくりを行ってきているが、子育ては、2、3年で終わるものではなく、就学以降も続くため、もっと長い目で見ていく必要があると感じている。

手の届きそうなモデルの役割

もう1つ、このプロジェクトを通して女性研究者の数を増やし、両立を促す重要な鍵となるのはロールモデルの存在であると感じている。

生き方の多様性を目の当たりにすることは、生き方の選択肢が増えるということである。ロールモデルは、スーパーな能力を持った人がさらりと実現している姿よりも、手の届きそうな人が、地道な努力をし、研究・仕事と育児を両立してワークライフバランスを実現している姿を見せてくれることの方が、効果的であると実感している。

優秀な人を大事に育てていき、ロールモデルに仕立てるような、トップ層のレベルアップ的な取り組みでは、女性研究者人口の増加はすぐに頭打ちとなってしまうだろう。やはり、身近にロールモデルが多数存在することで、母数を増やしていくことが研究者増加の1番の近道なのではないかと考える。女性リーダーの数についても問題視されているが、母数が増えれば自然発生的にも増えていくと期待できる。その方が、意図的につくられる女性リーダーではなく、真のリーダーといえるのではないだろうか。

この支援プロジェクトが始まって、採択されたどの機関においても妊娠する人が増えたとの報告がある。これは、今まで特別な人・特別な環境の人にしかできないと思っていた両立が、女性研究者支援の開始により身近なものとなり、妊娠・出産者が増えたのではないかと考えられる。このように、身近で支援を受け、両立を頑張っている人を見るだけで、両立の一歩を踏み出そうと思う人が増えていくのである。これを、多数の機関で継続的に支援を行うことにより、徐々に両立をする研究者が増え続けていくのではないだろうか。

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しかし、軌道に乗るには、もうしばらく時間がかかりそうだと思うのが、正直な感想である。「女性研究者支援モデル育成」の実施大学・機関では、各種の取り組みにより、今、やっと糸口が見えてきたところである。少しずつではあるが、意識改革が図られ始めている。本支援を継続していくことで、地道に両立する研究者の数を増やしていき、さまざまなやり方があること、そして、さまざまなキャリアパスがあることを示していくことで、本人および周囲の意識が変わっていくことと思う。意識の変化とともに、仕組みづくりも組織内に定着し、制度・環境の成熟、深化を期待する。

そして、男女問わず、研究者が、それぞれの世代に応じたWLB を選択・実現し、やりがいや充実感を得ながら研究、家庭生活を送れる日がくることを切に希望する。