2008年10月号
単発記事
知的資産経営による地域振興の可能性

澤 学爾 Profile
(さわ・がくじ)

京丹後市役所企画政策部
総合戦略課 主任


企業の知的資産経営報告書は、その経営資源(財務諸表に現れにくい経営理念、技術、人材、顧客とのネットワークなど)をどのように価値創造につなげているかを伝えるものだが、その手法を利用し京丹後市は自治体初の「知的資産経営報告書(産業活性化編)」を発行した。「企業における知的資産」を「地域における地域資源」と読み替え、地場産品の強みを掘り下げた。

全国初の「京丹後市知的資産経営報告書」を発行
京丹後市知的資産経営報告書

写真1 京丹後市知的資産経営報告書

平成20 年5月、京丹後市は、「京丹後市知的資産経営報告書〔産業活性化編〕」を発行した。一般的に「知的資産」とは、財務諸表には現われにくい、企業の経営理念、ノウハウ、技術、人材や顧客等とのネットワークなどの経営資源の総称で、「知的資産経営報告書」*1 は企業が自ら有する知的資産をどのように活用して企業の価値創造につなげていくかを利害関係者(顧客、金融機関、取引先、従業員等など)に分かりやすく伝えるためのツールとして作成するものである。行政版の知的資産経営報告書を作成・発行した当市の取り組みは、全国初の事例となった(写真1)。内容の詳細は報告書に譲り、ここでは報告書作成に取り組むことになった背景や、報告書作成の意義・活用の可能性などについて私見を述べたい。

知的資産経営報告書との出会いと産学官連携

市は、同報告書作成に向け、平成19 年6月、庁内に産業関係部署の職員10 人からなる検討チームを編成するとともに、京都工芸繊維大学と共同研究契約を締結して取り組んだ。同大学と当市は、平成17 年12 月に「連携・協力に関する包括協定」を締結し、以来、地域の産業振興や教育・文化の向上などの分野で連携を密にしており、知的資産経営報告書作成支援の分野において多大な実績を誇る中森孝文准教授にご指導いただける状況にあったことも、全国初の取り組みに挑戦する後押しとなった。

また、当市が報告書の作成に取り組むことになった素地として、平成18年に、市内の有限会社平井活魚設備が作成した知的資産経営報告書の存在が挙げられる。当時は民間企業が作成した報告書ですら全国で十数例程度という状況であった。産学官連携により作成に取り組み、苦労の末同社の報告書を完成させた当時の関係者が、"行政版" の作成にたどり着いたのは、新たな挑戦であったともいえる。

「地域における地域資源」と読み替え

われわれは、当然前例となる民間企業の報告書も参照したが、すべての要素を"行政版" の報告書に取り入れることには無理が生じることも多々あった。そこで、「企業における知的資産」を「地域における地域資源」と読み替えて、地場産品の強みについて掘り下げて検証を進めた。

地場産品にみる京丹後の"強み"
視察の様子

写真2 「なぜ?」が飛び交う視察の様子(説明は
     大善株式会社田中社長)

検討作業では、知的資産の検証対象を4つの地場産品(間人ガニ、丹後ちりめん、機械金属製品、丹後産コシヒカリ)に絞り、歴史的な背景や関係者の知恵や工夫、それらが有する有形・無形の特徴などを深く掘り下げ、それぞれのブランド化に結び付いた共通の要素を探った。15 回に及んだ検討会議では、各業界関係者を講師に迎えての学習会や事業所訪問などの現地視察も積極的に行い、その際、既成事実としてとらえられている事象も、「なぜそんなことができるのか」「なぜそんなことを考えたのか」という具合に、「なぜ」の姿勢で掘り下げることにより、先入観によって知的資産を見逃すことがないよう努めた(写真2)。

その結果、それぞれの産品を支える、勤勉さ、真摯(しんし)さ、結束力といった京丹後人の"気質" に着目。その気質こそが京丹後の"強み" であり、気質が支える「品質管理」へのこだわりが、全国有数のブランド品を作り上げてきた源泉であるとの結論に至ったのである。

産業活性化に向けた報告書の作成意義と活用

京丹後市知的資産経営報告書の発行により、自身(自社)の持つ強みを正確に把握し、その活用によって価値を創造するという知的資産経営(報告書)の手法や概念を紹介し、また、その視点が企業経営のみならず、地域振興の分野でも大いに活用できる可能性を見いだしたことは、ひとつの作成意義といえる。

カニを選別する厳しい目

写真3 カニを選別する厳しい目(間人漁港
     にて)

また、報告書では、京丹後人が長年培ってきた「品質管理」に向き合う真摯な姿勢やノウハウが産業活性化に有効であるとした。そして、産品のブランド化につながる品質管理のための有効な要素として、品質管理基準の数値化や透明性の確保などの具体的な事項について提案し、新規地域ブランド産品の開発や品質管理認証機関の設立(システム構築)に向けた研究などにも言及した(写真3

市では、報告書作成検討チームを活用検討チームとして継続するとともに、平成20年度も引き続き、京都工芸繊維大学との共同研究契約を締結し、全国初の報告書をより実効性のある地域振興策につなげるべく、検討を進めることとしている。

京丹後市の地場産品にみる“強み”の概要

【間人ガニ】
他産地の追随を許さない鮮度と規格厳守への強いこだわりは、他の漁協関係者に「真似できない」といわれるほど。

【丹後ちりめん】
産地の信用と品質を保持するため「丹後統一検査」などに地域をあげて取り組んでいる。白生地生産量の国内シェアは60% 以上。

【機械金属製品】
都市部まで遠い交通不便地でありながら、約150 の機械金属関連企業が集積。地理的不利を克服するための技術向上や品質管理の徹底が、さらなる企業価値を創造している。

【丹後産コシヒカリ】
丹後米改良協会など関係機関の地道な指導とそれを遵守する農家の努力により、食味最高ランク「特A」を獲得。2007 年産米の「特A」獲得は西日本産米で唯一。

*1
知的資産経営報告書の作成方法や、基本構成、作成事例などについては、経済産業省「知的資産経営の開示ガイドライン」(2005.10)や独立行政法人中小企業基盤整備機構「中小企業のための知的資産経営マニュアル」(2007.3)が公表されている。