2008年11月号
特集  - 強いデザイン 新発想で課題解決
波のエネルギーだけで、ハワイからの航海に成功
顔写真

松尾 義之 Profile
(まつお・よしゆき)

(株)白日社 編集長/
東京電力科学誌「イリューム」
編集長

2008年7月、冒険家・堀江謙一氏が操縦するヨットが、太平洋を横断し日本に帰ってきた。この船を設計したのは、日本を代表するヨット設計者の横山一郎氏。利用しているのは波という自然エネルギーだけを利用して前に進む技術である。東海大学海洋学部の寺尾裕教授が研究開発を進めてきた。波浪推進船と堀江氏をどう結び付けたのか。

69歳になった堀江氏の新たなる冒険
写真1

写真1 「サントリー・マーメイドII号」は、波浪推
     進だけでハワイから日本に帰ってきた(提供:寺
     尾裕氏)

2008年7月4日午後11時49分、世界的な冒険家・堀江謙一(ほりえ・けんいち)氏が操縦する「サントリー・マーメイドII号」がハワイからの太平洋横断単独航海を終えた(新西宮ヨットハーバーに到着したのは7月6日、後援・朝日新聞社、協賛・サントリー株式会社)。ハワイを出発したのが3月16日なので、約7,000kmの距離を110日間かけた航海となった(写真1)。

堀江氏は、1962年、1人乗りヨットによる太平洋横断(西宮—サンフランシスコ)に世界で初めて成功し、「太平洋ひとりぼっち」という言葉とともに日本国中の話題になった。「マーメイド号」による46年前の偉業を、いまなお昨日の出来事のように覚えている日本人は多いと思う。堀江氏はその後も、単独無寄港世界一周(西回り73-74年)、リサイクルアルミ製ソーラーボートによる航海(エクアドル—東京、96年)、単独無寄航世界一周(東回り、04-05年)など、地球環境を意識した海へのチャレンジを続けてきた。

69 歳になった堀江氏が挑んだ今回の冒険のポイント、それは、波浪推進船というまったく新しい原理に基づく小型船(帆を使わないヨット)を採用したところだった。そもそも、現在の波浪推進船は日本オリジナルで、この船以外に、地球上には存在しない。距離がハワイ-日本間と短かったのは、過去の冒険のように、すでに実用化されている技術を採用した船ではなかったからだ。今回のチャレンジは、堀江氏だけでなく、この船を実現した人々にとってもチャレンジであり、波浪推進という技術原理を実証する“実験” の意味合いもあった。

波浪推進船はどのようにして生まれたか

波という自然エネルギーだけで船が前に進むことを“発見” して、その研究開発を進めてきたのが、東海大学海洋学部船舶海洋工学科の寺尾裕(てらお・ゆたか)教授だ。1981年、寺尾教授は大学の実験水槽で浮き消波堤の実験をしていた。波をうまく消してくれるような浮体の研究だ。ヨットや船に限らず、水に浮かんだ物体は、波が来ると押し流されるのが普通。ところがこの実験の中で、浮き消波堤が逆に、波の方に向かって移動する場合も見られた。この現象は8ミリフィルムに収録され学会などで紹介された。

ここから、波浪推進船に行くのに約7年かかっている。日立造船の一色浩(いっしき・ひろし)博士との共同研究などにより、なぜ波の方向に向かって浮体が前進するのか、それを効率よく取り出すには、どんな仕組みを作ればよいのかなど、基礎研究が進められた。その結果明らかになったのは、飛行機の翼で揚力が生み出される現象とよく似た関係があって、翼を船に付けてやれば、波の方向に進むことができること、つまり波のエネルギーを船の推進力に使えることが明らかになった(図1)。

図1

図1 波浪推進の原理図(提供:横山一郎氏)
     船首に付けた水中翼は、波の上下動を前進
     力に変えていく

模型の船を作って、前方に、水中に少しもぐるような水中翼を付け、水槽実験をしてみると、理論どおり、船は前進してくれたのだった。最初の論文は82 年に発表したが、よくあるケースで、あまりにも独創的だったため、科学研究費なども得られなかった。少ない研究費で手作りの研究を進> めたわけだ。

実験でうまくいけば、次は実際の規模での実験が必要になる。1988 年、日本財団の援助を受け、日立造船と共同で、東海大学保有の実習船「第2北斗丸」に、幅3.8 メートル、翼弦1メートルの翼を取り付けて海洋実験を行った(図2)。

図2

図2 上図は1988年に寺尾教授たちが波浪推進
     を実証した「第2北斗丸」。水中翼が船首に付い
     ているのがポイント。
     下図は再発見された1895年の英国特許で、船尾
     にヒレのようなものが付いている(提供:寺尾裕氏)

その結果、波の高さが約1メートルの環境で約2ノットの速度で前に進むことが実証されたのである。技術面について付け加えておくと、翼を付けることで、船のゆれ(ローリングもピッチも)を軽減することが明らかになった。「波浪推進が実証されたので、仕事はひとまず達成で、その後10 年間、このテーマはたなざらしにしておいたんですよ」と寺尾教授。

2000 年に寺尾教授の頭脳が再び回転を始めた。これまでは向かってくる波を利用するだけだった。しかし波は、四方八方からやってくる。これを利用することはできないか……。このような疑問から、横波方向のエネルギーを利用して進む新世代の波浪推進船が誕生した。船の形は双胴船(カタマラン)で、しかも、水中翼が2分割された船だ。これにより、向かい波よりも速く走る船ができたのだった。新たな展開が期待された。

ヨット設計家・横山一郎氏の紹介

2004 年、日本を代表するヨット設計者・横山一郎(よこやま・いちろう)氏から寺尾教授に連絡が入った。堀江氏が、次なるチャレンジとして、波を利用して船を走らせたいという希望を持っており、寺尾教授の波浪推進船を検討したい、という申し入れだった。

写真2

寺尾裕(てらお・ゆたか)
     東海大学 海洋学部
     船舶海洋工学科 教授



写真3

横山一郎
     (よこやま・いちろう)
     マリンデザインシステム

横山一郎氏は寺尾教授にとっては東京大学船舶工学科の先輩であり、また世界一のヨットレース、アメリカズカップに参加したニッポンチャレンジ(横山氏がチーフデザイナー)で深くかかわりあった旧知の間柄だった。横山氏の紹介を受けた堀江氏は、さっそく静岡の寺尾研究室を訪ねている。

横山氏は、「太平洋ひとりぼっち」のマーメイド号を設計した横山晃(よこやま・あきら)氏の長男で、すでに2002 年のモルツ・マーメイド3号(最初のマーメイド号の復元艇、西宮—サンフランシスコ)や、2005 年に単独無寄港世界一周(東回り)を達成したサントリー・マーメイド号を設計していた。つまり、横山氏は父親の時代から堀江氏と長い関係があった。その横山一郎氏が、寺尾教授と堀江氏を結び付ける役を果たしたのだった。

横山氏によると、堀江氏は航海を続けている最中にも次なる冒険の構想を描くような人で、実際、航海中のヨットの上から電話をかけてくることもあったという。堀江氏から波で進む船の話があったとき、寺尾教授の仕事を知っていた横山氏は「これだ!」と思ったそうだ。

世界的な冒険家、日本を代表するヨット設計家、独創的な研究者。この3者が結び付くことで、過去に存在しなかった新しい小型船が誕生していくわけだが、その背景を知れば、3者が結び付くのはいわば自然のこと だったようにも思えてくる。

横山氏のようなヨット設計家は、船に関してプロ中のプロとでも言うべき存在だ。設計デザインというと、日本では姿かたちが第一義にとらえられがちだが、そうではない。流体力学はもちろん、船の安定性、高速性、材料など、さまざまな必要条件を満たさなければヨットは設計できない。そうした諸条件を満たしながら、その上に立ってなおかつ、新しい形とか構造を創造していく職業、それがヨット設計家だ。だから海の建築家(naval architect、造船家)と呼ばれることもある。

寺尾教授の波浪推進船の研究到達段階も、おそらく重要だった。これが小型模型の実験段階だったら、果たして採用されたかどうか疑問だ。原理段階の技術は、そうすぐに実用機には採用できない。しかし、寺尾教授の技術は、実際の大型の船で推進することまで実証されていた。だから、誰もまだ作ったことがないとはいえ、横山氏は、最終的に実現できそうな技術として、波浪推進船を取り上げたのではないだろうか。プロのメガネにかなったのであろう。しかも、波浪推進というのは自然エネルギーを利用する。これまた堀江氏がずっと追求してきたテーマで、まさに3者の考えがピタリと合致したのだった。

実際の船造りでの苦労

この流れから「サントリー・マーメイドII 号」が数年間でできていくわけだが、そのプロセスが簡単ではなさそうなのは、技術の世界を少しでも知っている人なら想像がつくだろう。基本設計は、寺尾教授がした。というより、そもそも新しい駆動原理なので、発明者がするしかなかった。ここでは、完成船をコンテナでハワイまで運ぶために、サイズの制約があった。その中で最大性能を引き出すには、どのような設計にしなければならないか。寺尾教授はこの問題と格闘し、カタマランの形状も新たに設計し直した(図3)。

図3

図3 「サントリー・マーメイドII号」は双胴船(カタ
     マラン)だが、できるだけ速く走ってもらうために
     船型も新しく設計された



写真4

写真2 バルサ材の1/10模型(提供:寺尾裕氏)



写真5

図4 横山氏の設計図
     「いろいろな意味でのバランス」をとって設計され
     た「サントリー・マーメイドII号」(提供:横山一郎
     氏)

この模型船は株式会社新来島どっくの関連会社、株式会社クリエイトに依頼して制作した。バルサ材で10 分の1模型を作り、速力の向上などを追求した(写真2)。寺尾教授としては性能をもっと向上させたかったが、実際の航海で安全性を確保するために、妥協することにもなった。こうしてコンセプトデザインにまとめあげ、これを横山氏に送ったのである。

ここからが、おそらくプロの仕事だ。安全性、安定性、ひっくり返ったときに対処できるような仕組みなど、実際に建造するヨットの設計を進めていった。

横山氏によると、大きく言えば3つの条件を満たすように設計を進めていった。それは、[1]出発地(ハワイ)から目的地(西宮)に元気で帰ってこれること [2]船が壊れないこと [3]できれば、楽に目的が達成されること、という。「サントリー・マーメイドII 号」はキャビンを大きくすることで復元力を確保しているが、これは、もしこの双胴船がひっくり返ったとしたら、普通の単胴船(モノハル)の形になるような設計だ。さらにマスト先端に浮体を付けることで、双胴船の欠点を補った(図4)。

発注者の希望、技術、デザイン、予算など、ヨットの設計には、いろいろな意味でのバランスが大事だと横山氏。英語のアートとサイエンスの境目にあるのがデザインであり、その両方が見えていないといけないと言う。「小型船というのは、船全部を見て、丸ごと設計するところが面白いんです」とも言う。大きな企業に入って歯車の1つとなるより、小さいけれど全責任を負うことのできるヨットの設計をしよう。それが大学を卒業したときに出した結論だった。ヤマハに入社し、腕を磨いて、外国にも勉強に行った。そして独立した。現在の事務所マリンデザインシステムは、ヨットに囲まれて育った横浜にある。

写真6

写真3 常石造船所で建造中の「サントリー・マ
     ーメイドII号」(撮影:常石造船)

さて、「サントリー・マーメイドII号」は、リサイクルアルミを利用して船体を造り、2007年4月に進水した(写真3写真4)。ちなみにこの波浪推進船は、帆はあるけれど使わない船の登録上は「ヨット」である。完成後、約1年かけて、入念なテストが行われたことは言うまでもない。そして堀江氏の新たなる冒険が実を結んだというわけである。

冒険はビジネスではない。サントリーの協賛があったとはいえ、お金儲けではないので、さまざまな関係者のボランティアに支えられた。それ故かもしれないが、このような世界中で誰も造ったことのない独創的な小型船が誕生したのである。最初のもくろみは75 日間だったが、実際は110 日の航海となった。もしこれがビジネスだったら、あるいは「時間がかかり過ぎではないか」とたたかれたかもしれない。革新的な技術を本当に実証する場合、どういう道筋・方法論がよいのか。コーディネーションについても多くの示唆に富む。

写真7

写真4 その進水のときの様子。
     下部に左右に伸びて いるのは、合わせて1トン
     のバラスト(提供:寺尾裕氏)

最後に、寺尾教授の壮大な夢を紹介しておこう。それは、台風の中に入り込んで、そこからエネルギーを奪取するシステムだ。設計基準の見直し(二重構造)で余った巨大タンカー(一重構造)を改造して大きな帆を張り、台風とともに移動して発電する。「使う技術はすべて確立されているものばかりで、ないのは全体設計だけなんですよ」と寺尾教授。コーディネーター役の東海大学研究支援・知的財産本部の竹下洋子氏が、この波浪推進船も含めた寺尾教授の技術移転に知恵を絞る。波という自然エネルギーの利用技術が新しい段階に入った。