2008年11月号
連載1
ビジネスゲーム開発による企業教育(下)
「大学の教育」と「産業界の要望」の溝を埋められるか

登坂 和洋 Profile
(とさか・かずひろ)

本誌編集長

東北大学大学院の浜田良樹研究室が取り組んでいる「ビジネスゲーム開発による起業教育プロジェクト」は、製造、管理、会計等の企業全体のビジネスの流れを実践的に学べるが、いま1つの大きな特徴は、合宿という方式がもたらす教育効果。参加者の1人は「『場』があることの大切さ」を指摘する。学部、学年の違う学生がチームを組み、相談しながら、他チームと競う環境では、普段、境界だと思っていた自分の周りの「垣根」を越えられるという。

9、10 月号は、東北大学大学院の浜田良樹研究室が取り組んでいる「ビジネスゲーム開発による起業教育プロジェクト」について、浜田氏自身がその概要、経緯および目標について説明した。最終回の今回は、当事者が成果について語るより、第三者の見方を紹介したほうが読者の参考になると考え、こうした形にした。

このプロジェクトの特徴を筆者なりに整理すると次のようになる。[1]座学でない=合宿し集団のなかで試行錯誤(「失敗」も経験できる)しながら学べる [2]公的な補助を受けていない=大学生協を中心とした独立採算制(事業として取り組んだのは長く持続させるため) [3]生協とともに主催者になっている東経連事業化センターが講師を派遣しているほか、共催者として地元の企業、団体がボランティア的な支援をしている [4]「合宿のビジネスゲームへの参加」に加え、興味をもった学生がインストラクターになるとともに「新たなビジネスゲーム開発に携わる」という2段構えの教育システムになっている。

MOT講座より実践的

合宿は2~3人で1つのチームになり、4~5チームが1つの市場を形成し、累積利益の最大化を競う。チームは密接なコミュニケーションが求められるが、専門分野や学年の違う者をあえて組み合わせる。全員必ず1度は損益計算書、貸借対照表をつくるようになっているという。浜田氏とゲーム開発に取り組んでいる学部・院生の説明を聞きながら、なるほどよくできたゲームだと感じた。ビジネスゲームはソフトウエアではなく盤であり、すべての財務諸表は紙と鉛筆で記録することが求められるというアナログ的要素も重視している。

産業界は「ゲームにはデフレや金融焦げ付きの要素も含まれる。20 代の人でも製造、管理、会計までの企業全体のビジネスの流れを実感して経営戦略の設計を学べる。単なる座学のMOT(技術経営)講座と違って、より実践的」(東経連事業化センターの西山英作副センター長)と受け止める。

しかし、ゲームの仕組みそのものの「出来」だけでなく、座学でないこと、しかも合宿という方式によってもたらされる教育効果が大きいのではないだろうか。学部も学年も異なる学生が参加し――時に社会人も加わり――チームを組み、相談しながら他チームと競うことの意義である。

「場」があることの大切さ

同ゲームのインストラクターを務め、昨年3月、株式会社イーストリングを設立し起業(産学連携に関するコーディネート、市場調査、ウェブマーケティング、キャリアプランニング支援など)した村林充氏は「『場』があることの大切さ」を指摘する。「学部、組織を越えた人々が集まるこうした環境では、普段自分の周りにある『垣根』を越えられる」という。

東北大学大学院で科学哲学、技術倫理などを研究していた村林氏は、ビジネスゲームの合宿で「理系の人は数字を扱うのに強く、企業経営に向いている面もある」と感じた。「合宿の事前にルールや基礎的な財務会計に関する講義が行われるが、理系の学生のなかには、ルールを理解して作戦をたて合宿当日にプログラムを組んで来る人もいる。半面、チームワークでは文系が主導権をとることが多い。こうした場で、文系、理系が相互に作用しあう」というわけである。

チーム内のコンセンサスづくりに学ぶ

北海道ニセコのスクールの修了生で、2004 年に起業(高機能ジェル素材の開発等を行う株式会社GEL-Design)した附柴裕之氏(北海道大学理学研究科で高分子化合物を研究していた)は「ビジネスゲームは、企業経営のシミュレーション体験を通じて、教科書で学ぶには相当の時間を要するようなことも、一発で分かるようにできている。しかも、遊びながらできるところがいい。実験を伴う研究に慣れている理系の学生は、特に飲み込みが早いだろう。実際にやってみて、企業経営と(自らの仮説を証明するために組み立てる実験のような)科学実験との類似性を実感し、今の仕事にも役立っている」と述べている。

同じくニセコの修了生で、歯科医院経営の傍ら研究開発型ベンチャー企業(株式会社デンタルアロー)を起こした小城賢一氏は「チーム対抗戦だったが、チーム内でのコンセンサスをどうコントロールするか、これは非常に勉強になった。各チームが自分たちなりのロジックにのっとり、それをバックボーンとしてゲームを展開する。そのロジックは千差万別でありながら、正解・不正解はない。実際のビジネスと同様、各論的に傾倒しすぎるとそれなりの結果しか達成できない」と振り返る。企業、ビジネスの世界の縮図なのだろう。

「場」の効用への期待

地元の産業界がこのプロジェクトに少なからぬ関心を寄せている背景には、実践的という要素に加え、上記のような「場」の効用への少なからぬ期待があるのではないかと思う。大学(理系人材教育)や工業高等専門学校などがインターンシップに力を入れているのも、同じ理由からだろう。理系のポスドク問題に悩む大学が企業人を招いてワークショップを開催するのも、研究室に閉じこもりがちなポスドクらに対する新たな「場」の提供が狙いだ。

次のように言い換えてもいい。例えば、「産業界が求める人材」と「大学の教育」の間にある大きな溝を埋めるなにがしかの要素が同プロジェクトに潜んでいるのではないか。

同プロジェクトは、北海道で誕生した当時の「理系学生のためのビジネスゲームを用いた合宿」というコンセプトから、現在の浜田研究室の「普通の学生(文系を含め)のためのアントレプレナーシップ」へと変容しているが、企業経営に関心を持つ学生の教育に、ビジネスゲームプロジェクトが投じた一石を改めて考えたい。