2008年12月号
単発記事
京都高度技術研究所 20年の歩み
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白須 正 Profile
(しらす・ただし)

財団法人京都高度技術研究所
専務理事・事務局長


財団法人京都高度技術研究所が設立20周年を迎えた。京都の産学官連携の中心的な役割を担ってきたこれまでの歩みを振り返り、産学官連携を促進するための課題を探る。

地域発のイノベーション創出が、これからの日本経済の発展を考える際の大きな課題となっている。京都の産学官連携の中心的な役割を担ってきた財団法人京都高度技術研究所は本年設立20 周年を迎えることになったが、この活動を紹介することで、産学官連携に産業支援機関が果たす役割について考えてみたい。

ASTEMの歩み

財団法人京都高度技術研究所(以下「ASTEM」*1という)は、昭和63 年京都市、京都府、産業界、大学の賛同により設立された。当初はIT分野の研究開発拠点として、京都大学工学部と密接な連携を保ち、国や関係機関、全国の企業等と一緒に情報分野にかかわる研究開発プロジェクトを推進していた。平成5年ごろからは、京都市の地域情報化推進を支援し、京都市役所LAN を構築運用するとともに、格安のインターネット接続サービス「kyoto-Inet」の提供を開始した。IT分野においては設立当初から建物内にVIL*2を設置し、産学官連携による研究開発にも取り組んできたが、IT分野以外で産学官連携の取り組みを始めたのは、平成11 年12 月に政令市で初めて地域プラットフォーム事業を開始してからである。

ASTEMの進める産学官連携事業

平成14年3月に京都市では、新産業の育成や新事業の創出を通じて京都
のものづくり産業の飛躍を図るために「京都市スーパーテクノシティ構想」*3
を策定したが、ASTEMはこの中核的な役割を担うこととなる。

1. 知的クラスター創成事業

文部科学省の知的クラスター創成事業として平成14 年度から「京都ナノテククラスター」がスタートした。ナノ構造体表面加工・解析装置の開発や薄膜・微粒子技術の産業化など、京都の大学と企業が強みを発揮できる分野に研究テーマを絞り、8大学、2機関、45社の参加の下、ASTEM を中核機関としてピーク時には31 のテーマを走らせた。今年度からは、「環境ナノ」をテーマに第Ⅱ期事業に取り組んでいる。

2. バイオシティ構想

京都市が策定した「バイオシティ構想」の実現もASTEM の業務である。京都大学の医学研究科、工学研究科と京都の主要企業が検討を重ね、まとまったのがナノテク技術を活用した検査システムデバイスの開発とイメージング・ターゲッティング技術の開発である。平成16 年秋に「ナノメディシン拠点形成の基盤技術開発」として科学技術振興機構(JST)の地域結集型共同研究事業に採択され、現在8大学、2機関、10 社の参画のもとASTEM を中核機関に5年間の事業を進めている。

3. 個別の産学官連携事業

ASTEMでは、個別の産学官連携事業も進めている。経済産業省の地域新生コンソーシアム研究開発事業は、当初は、管理法人の事務を担うことが中心であったが、近年は、京都市の公設試験研究機関である産業技術研究所と一緒にプロジェクトの立ち上げから参画し、平成18年度以降は戦略的基盤技術高度化支援事業や地域資源活用型研究開発事業、地域イノベーション創出研究開発事業に採択されている。今年度JSTに創設された「大学発ベンチャー創出推進」でも、側面支援機関としてASTEMが提案した課題が2件採択され、経済産業省の産学連携人材育成事業にも「マイクロ化学プロセス中核人材育成事業」が採択されるなど、産学官連携の活動の範囲を広げている。

京都における産学官連携の特長

このように、近年ASTEM では産学官連携による研究開発事業が大幅に増えているが、その背景について京都の特徴を踏まえて整理してみたい。

1. 産学連携の土壌

まず京都には、科学技術分野の研究開発を進める大学が集積していることが挙げられる*4。京都市内には京都大学や京都工芸繊維大学など理系の学部を有する7つの大学があり、市外に隣接する同志社大学、立命館大学などを合わせると大きな知的拠点が形成されている。もともと京都は産学連携が盛んな土地柄であったが*5、近年は、私立大学はもちろん、国立大学も産学連携推進体制の整備を進めている。一方、産業界を見ても、京都には研究開発型の企業が多く、中小・ベンチャー企業も技術志向の企業が多いため、産学連携に対する関心が高い。また、産学連携が成果を挙げるには、コーディネータの果たす役割が非常に大きいが、国や大学、企業と独自のチャンネルを持つ優れたコーディネータを確保しやすい条件にあるのも京都のメリットである。

2. 産学官連携の拠点整備
桂イノベーションパーク

図1 桂イノベーションパーク

スーパーテクノシティ構想に基づ き産学官連携の拠点整備が急速に進 んだことも大きな要因である。京都 市では、京都大学桂キャンパスの 隣接地を産学官連携の拠点「桂イノ ベーションパーク」(図1)と位置付け、JST の「イノベーションプラザ京都」と中小企業基盤整備機構の「京大 桂ベンチャープラザ北館」「同南館」の3施設を誘致、整備した。ASTEM で は、インキュベーションマネージャーを配置し、入居企業を支援するとと もに、JST プラザ京都からも各種施策の活用について助言や支援を受けて いる。また、ライフサイエンス分野のインキュベーションを都心部に誘致 したが(クリエイション・コア京都御車)、ここに地域結集型共同研究事業 の本部を設置するとともに、インキュベーションマネージャーが産学官連 携を促進している。

産学官連携を進める上での留意事項

ASTEM がかかわる産学官連携の共同研究事業の多くは、文部科学省や経 済産業省、JST 等の研究開発資金を獲得して進めるプロジェクトである。

知的クラスターや地域結集型共同研究事業のような大型プロジェクトは、 自治体のビジョンと大学、産業界のベクトルを合わせることが重要で、事 前に3者による検討会を設置し十分な議論を重ねることが不可欠である。 また、具体的な研究テーマの設定に際しては、大学のシーズが先行すると 出口で事業化につながりにくいので、事業化に向けた企業の意思確認が欠 かせない。経済産業省が進める地域の特性を活かしたコンソーシアム型の 事業については、より具体的な成果が求められているが、京都において重 要な役割を果たしているのが公設試験研究機関で、企業ニーズから研究 テーマを絞り込み、大学との間に立って研究を遂行するのに最適の存在で ある。研究開発が進みだした後は、成果の事業化を意識した進行管理が必 要である。京都の地域結集型共同研究事業が事業化に向け新たなステップ に入れたのも、研究参画メンバーはもちろんであるが、事業総括、研究統 括、新技術エージェントの努力に負うところが大きい。

産学官連携を一層進めるために

以上のような経験を踏まえ、産学官連携を促進するために考えているこ とをまとめたい。

1. 大学や関係機関との連携

科学技術の発展が急速かつ多様化する中で、産業支援機関に求められる のはコーディネートする能力である。ASTEMの強みは、大学との太いパイ プであり、これまでから所長、副所長には京都大学、京都工芸繊維大学の 先生に就任いただくとともに、多くの大学の先生にアドバイザーとして指 導を受け、各大学の産学連携窓口とも日常的に連携を取っている。また、 京都市の産業技術研究所は京都産業の特質にあわせた研究部門を抱えてお り、産学官の共同研究を進める上で、全面的に協力いただいている。

2. 研究開発資金と事業化支援制度の活用

研究開発資金という点では、国や関係機関に多様な研究開発支援のための資金があり、これらを有効に活用することが大切と考えている。事業化支援についても同様にさまざまなメニューが準備されているし、京都市でも発展段階に応じて融資制度、市場調査支援、インキュベーション等総合的にシステムが整備されている。問題は、これらの制度をいかにうまく使いこなすことができるかである。

3. 自治体や国に望むこと

ASTEM が進める産学官連携は、自治体の産業政策と一体のものであるが、現場の実態や産学官連携を進める上での課題はわれわれの方が詳しい場合が多く、われわれから自治体に積極的に必要な政策を提案し、実現してもらうという道筋をつくることが大切である。一方、近年、自治体の財政事情は非常に厳しく、産業支援機関運営のための予算も削減される傾向にある。こうした状況下で安定的に産学官連携事業を続けていくためにも、国や関係機関には、事務を円滑に遂行するために必要な最低限の経費は確保していただきたいし、その使い勝手についても柔軟性を持たせていただきたい。なお、産業支援機関の経験やノウハウを交流するとともに、国や関係機関に必要な政策を提案していくためにも、省庁をまたいだ産業支援機関の連絡協議会の設置を求めたい。

おわりに

本年ASTEM は設立20 周年を迎えたが、この間に業務内容も大きく変わり、現在は新産業の振興、新事業の創出に加えて人材育成にも力を入れ始めている。20 周年を契機にASTEM の中期ビジョンを策定し、産学官連携事業については、共同研究テーマを主体的につくりだすため、大学、企業による研究会活動の強化やポスドクの受け入れ、大学の研究室の分室設置なども検討しており、IT分野の研究機関として研究開発プロジェクトへの積極的な参画も進めたいと考えている(図2)。

ASTEMが目指す産学連携

図2 ASTEMが目指す産学連携

今後とも、ASTEM の強みである大学との太いパイプ、数多くの企業とのきずな、そして国やその関係機関、金融機関や産業支援機関とのネットワークをフルに活用して、企業や大学そしてすべての関係者の皆さまから信頼される組織となることを目指し全力を挙げていきたい。

*1
Advanced Software Technology and Mechatronics Research Institute of KYOTOの略。初代理事長は株式会社堀場製作所最高顧問の堀場雅夫氏。

*2
Venture Business Incubation Laboratory。ASTEMでは設立当初よりIT関連のベンチャービジネスの育成のために部屋を準備し、技術指導等を行ってきた。

*3
京都市スーパーテクノシティ構想では、産学公の連携により、・創業・第二創業による新事業の創出、・京都産業を支える拠点の整備、・ナノ・バイオ等の新産業の育成・振興等を推進することを掲げ、桂イノベーションパークの整備、知的クラスター創成事業、バイオシティ構想など数多くの事業が進められている。

*4
京都市内には37の大学・短期大学が集積し、人口の約1割に当たる13万9,000人の学生が学び、教員数は8,100人に及ぶ。

*5
産学連携で今日の発展を遂げた京都の代表的な企業を2社挙げる。株式会社堀場製作所の堀場雅夫氏は、京都大学学生の時に事業を始め、当初は京大の依頼を受けて測定器の製作等を行っていた。堀場製作所発展の礎となるpHメータは、京都大学工業化学の西朋太先生、京都府立医科大学の吉村寿人先生らの指導を仰いで開発されたものである。また、株式会社村田製作所創業者の村田昭氏は、京都大学田中哲郎先生の指導により高誘電率系のセラミックコンデンサーを開発するなど、チタン酸バリウムの応用研究から今日のエレクトロニック・セラミックスメーカーに成長した。