2008年12月号
単発記事
地産地学の連携による伝統工芸の「新化」
~及源鋳造の商品化市場戦略支援~
顔写真

大志田 典明 Profile
(おおしだ・のりあき)

ブレイントラスト アンド
カンパニー株式会社
代表取締役社長

手入れをしないとさびるという鉄器の弱点を克服――南部鉄器を手掛ける及源鋳造は、岩手大学の研究成果を活用して、防錆効果の高い皮膜の形成に成功し、製品化した。酸素分圧を制御できる電気炉で鋳鉄製品を熱処理することで、緻密で均一な酸化皮膜をつくる。

実にして美な日本の具の衰退

全国に名高い鋳物・南部鉄器は、よく知られる鉄瓶のほか、すき焼き鍋から文鎮まで、工芸品でありながら長らく生活の具としての位置を占めてきたが、多くの伝統産品と同様に、一部を除いてコモディティ*1商品化し、保護産業に傾斜し始めている構造不況業種でもある。

及源鋳造株式会社の創業は、嘉永5年(1852 年)であり、実にペリー来航の1年前にさかのぼり、156 年の歴史を数える。南部鉄器の源流は、「田茂山(たもやま)鋳物」といわれるが、及源鋳造はその老舗の1つである。

鉄瓶の窯焼きを鍋に応用

「南部鉄器と一口に言うが、歴史的には鉄瓶と鉄鍋は全く別の世界で、それぞれの業者、職人も別の流れを歩んできた。錆を防ぐ方法として、鉄瓶では酸化皮膜の方法を確立し、鍋は漆(後に化学塗料)を塗る方法を用いてきた」(及源鋳造の及川久仁子社長)。酸化皮膜を利用するのは「窯焼き」と呼ばれる防錆方法である。鋳鉄製品の周りに木炭を置き、約800~1,000℃で加熱して表面に膜をつくる。同社はこの鉄瓶の技術を鍋に応用した。

マーケティング&マーチャンダイジング

「さびるし重いし」の南部鉄器は、手入れをしないとさびる、料理はおいしいけど重たいというクラシックカーのようなマーケットポジション*2になってしまい、簡単手間要らずのオートマチックな鍋釜たちの後塵を拝している。鋳物である以上、重さ自体の役割(肉厚による熱伝導率や、和モダンな道具としてのフォルム)もあって軽くすれば良いとは限らないが、「さび」の抑止による品質の向上はできないものか。マーケティング(市場戦略)上のコモディティ化からの脱出という要請と、マーチャンダイジング(商品戦略)上の高品質スペックの開発という要請が、車の両輪となって製品改善を促し、自立型の工芸産業へと挑戦し始めたのが及源鋳造である。

超伝統の発想

平成14 年、及源鋳造は長らく培ってきた窯焼き技術をベースに新たな皮膜装置を開発した。処理方法を模索している折、岩手大学大学院工学研究科フロンティア材料機能工学専攻の八代仁氏(現教授)と巡り合い、それまでの酸化皮膜の処理・強度の常識とは逆のアドバイスを受けた。「皮膜は厚いものより、薄く隙間なく生成された方が丈夫であり、防錆効果も高い」というものである。

 上等焼き製法

写真1 上等焼き製法

この考え方に基づいて開発された装置は、窒素ガス置換によって酸素分圧を制御できる電気炉中で鋳鉄製品を熱処理することで、緻密で均一な酸化皮膜を形成することに成功した。従来の「窯焼き」を超えた「上等焼き」製法(写真1)の発明である(特許第3848264 号)。 つまり、学の知見が伝統工芸を「新化」させたのである。

地域大学による地域産業のソリューション*3

「上等焼き」を施した鉄器は、南部鉄器特有の風合いはそのままでさびにくく、表面の微細孔が調理時の油溜りとして作用するため焦げ付きにくい。熱伝導に優れるので“少ない油で外はカリッと、中はジューシー” な調理ができる(写真2)。フッ素コーティング製品のような塗装を必要としないため、キズや空だきによる調理中の化学成分溶出・剥離(はくり)が無く、安心・安全である。

 調理イメージ

写真2 調理イメージ

皮膜生成の技術革新が実用化されたことで“さびない” 以上に多くの製品バリュー(差別化付加価値)を誕生させた意義は大きい。このように地域の大学が伝統地場産業の「新化」を支援するという動きは、新たなシーズを生み出すこと以上に、地域にとって必要な産学連携の役割として注目したい。

手間と良い道具の相関関係

現在主流のフライパンが、耐用数年の消費財であるのに対し、「上等フライパン」は百年商品である。材質も鋳造過程で生じるリサイクルスチールが75% であり、ノンケミカル。おまけに少ない油でおいしい料理ができるエコロジーでヘルシーでさびにくくなったのだが、少々重い。

これらの強み・弱みに対してどのようなマーケットアプローチが有効なのか、ユーザオリエンテッドな視点から調査した結果、「料理好き=おいしい料理は良い道具=手入れして使い込む+ナチュラル&ヘルシー志向」の奥さま方がコアターゲットとして顕在化した。

及源鋳造では、平成16 年に上等焼きを施したフライパンを“上等フライパン” と銘打ってリリース。さらなる拡販を目指す及源鋳造から、東経連事業化センター*4に対して支援申し込みがあった。東経連事業化センターでは、製品力を進化させた及源鋳造の上等フライパン(英称:Naked Pan)について、大学と企業の連携だけでは難しい“実売” というビジネスステージについてバトンを受け、現在支援中である。

*1 :コモディティ商品
製品やサービスの本質的な部分で差別化が難しくなり、どのブランドでもユーザから見れば違いが感じられなくなった商品。

*2 :マーケットポジション
市場における当該製品の位置付け。成長率・占有率などのパラメーターをXY軸としたポートフォリオ上の座標で表される。

*3 :ソリューション
事業課題の解決技術。

*4 :東経連事業化センター
新技術で新市場を狙う東北地域の中小企業を対象に、マーケティング・知財・ファイナンス・セールスの4戦略で1年間無償支援する民間スキーム。社団法人東北経済連合会が開設し、2008年10月現在、延べ11社を支援。

●参考・引用
・コモディティ化市場のマーケティング論理(有斐閣)/早稲田大学商学学術院教授 恩蔵直人
・高度に制御された熱酸化処理による高耐食性鋳鉄製品の製造
・日本化学会東北支部第165回化学への招待/岩手大学大学院工学研究科教授 八代仁