2009年1月号
特集  - 一極集中を打ち破れ 「愛」と「技術」が地域を救う
札幌・イーベックの衝撃 バイオベンチャー初の大型ライセンスはこうして生まれた
北海道大学発のバイオベンチャー企業、株式会社イーベック(本社:札幌市)がドイツの大手製薬企業と完全ヒト抗体の開発・製品化でライセンス契約を締結した。前払い金およびマイルストーンペイメントは総額5,500万ユーロ(発表当時、約88億円)。わが国バイオベンチャー初の大型シーズアウトは、なぜ札幌から生まれたのか。

「北大発のベンチャーがドイツの製薬大手と高額ライセンス契約」「日の丸バイオベンチャー初の海外への大型シーズアウト」——札幌に本社を置くバイオベンチャー企業、株式会社イーベックとドイツの製薬大手ベーリンガーインゲルハイムが両社のライセンス契約締結を発表した2008年10月2日、ベンチャーやバイオ・製薬関係者に衝撃が走った。

ベーリンガーインゲルハイムは、イーベックが開発した治療用完全ヒト抗体プログラムの1つについて全世界での開発および商業化の独占権を取得。イーベックは5,500万ユーロ(発表当時、約88億円)に及ぶ前払い金および開発ステージに応じたマイルストーンペイメントを受け取るほか、発売後は販売実績に応じたロイヤルティを得る——これが同契約の骨子だ。

10月8日には、直前に迫っていた同業界最大のイベント「バイオジャパン」(10月15~17日、財団法人バイオインダストリー協会、日本製薬工業協会など7団体で構成する組織委員会主催)において、イーベックのトップがその成功の鍵について緊急講演を行うことが決まった。「われわれこそが・・・」と考えていた関西のバイオビジネス関係者のショックはとりわけ大きかった。

わが国バイオベンチャー企業初の大型ライセンス契約は、なぜ札幌発なのか。その背景を探った。

「高田教授の技術が信じるに値する」
顔写真

株式会社イーベック
     代表取締役社長
     土井 尚人 氏

イーベックの代表取締役社長の土井尚人氏に11月半ば、札幌市豊平区にある同社のラボ(独立行政法人産業技術総合研究所北海道センター内)でお目にかかった。42歳。エネルギッシュで早口。話の内容は簡潔かつ論理的。それでいて威圧的でなく、暖かい。「高田教授の技術が信じるに値すべきだったこと、成功したときの従業員とお客さま(製薬会社と患者さん)の笑顔が想像できたので、このビジネスは成功すると思っていた」。

土井氏は同社専業の社長ではない。「本業」は、ビジネス・インキュベーション、経営人材育成、経営コンサルティングを行う株式会社ヒューマン・キャピタル・マネジメント(HCM、本社・札幌市中央区)の社長。インキュベーション施設(インキュベータ)は自治体などが手掛けるものが大半で、民営は珍しい。

HCMを設立してからの6年間でかかわったベンチャー企業は100社を超え、イーベックもそのなかの1社だ。土井氏は2006年に日本新事業支援機関協議会(JANBO)のビジネス・インキュベーション大賞を受賞している。ベンチャー企業経営のプロ中のプロといっていい。

「捨てる」戦略と「提携」モデル

土井氏のベンチャー経営論のポイントの1つは自社が得意としている分野に集中すること。技術のシーズが医薬品になるまでには多くの工程を経る必要があるが、新規性を求めて工程を1つずつ上がって行く方法はとらない。「勝てる土俵に特化する」、裏返すと「徹底的に捨てる戦略」である。

従って、初めからパートナー(大製薬企業)と組むことを想定した「アライアンス(提携)モデル」のビジネスを追求している。同氏は「インテルモデル」とも言っている*1

写真1

クリーンベンチを用いて、細胞の植次ぎ、希釈、
     培地交換などを行う。

インテルは米国に本社のある世界最大の半導体メーカー。パソコンのCPU(中央演算処理装置)分野では圧倒的なシェアを握っている。「Intel Inside(インテル入ってる)」のロゴ・宣伝コピーが有名だが、文字通り、同社製のチップ類は世界中の多くのパソコンに装備されている。米国のビジネススクールなどでは「インテル・インサイド・マーケティングプログラム」が企業経営戦略の成功事例として取り上げられている。

自社の得意とする部分に集中する——言うは易しいが、行うは難しだ。純粋な研究者や大手企業出身者などが経営陣に入っていると、新規性を求めて工程をステップアップしがちだ。要するに「捨てる」ことができないのである。イーベックの場合、「捨てる」戦略を徹底するため土井氏が社長に就任した。

今回のベーリンガーインゲルハイムとの契約に結び付くきっかけとなったのは、2005年7月、米国フィラデルフィアで開催された「BIO2005」という大きな商談会(世界中からバイオ先端技術を持つ大手、ベンチャーが集まる世界最大のバイオイベント)に出展したこと。ここで、世界の大手製薬企業と話をし、自社の強みと課題がよくわかった。これを契機に「インテルモデル」経営、「捨てる」戦略をより徹底した。

「瀬戸教授の理論が私たちを動かした」

実は土井氏は神戸っ子だ。98年に、10年間勤めた大手信託銀行を辞め、銀行の初任地だった札幌のコンサルタント会社に勤務しながら、小樽商科大学の社会人大学院で学んだ。瀬戸篤教授の指導を受けた。

その間、同大・ビジネス創造センターの学外協力スタッフとして、ボランティアでベンチャー企業立ち上げを支援した。「大学のシーズを利用したベンチャーは面白い」と思うようになり、2002年7月のHCM設立につながった。

「瀬戸先生は、北海道の経済の現状、将来を数字で説明し、発展するには新しい産業を興すしかないと説かれた。人が資本で、会社が栄えることが社会の繁栄につながる、雇用と納税の機会をつくらないと地域は発展しないという考えである。アントレプレナー論などで有名な先生だが、一経済学者としての先生の理論が私たちを動かした」と土井氏は語る。「私たちを動かした」というのはHCM設立のこと。土井氏を含め5人の同社設立メンバーのうち4人が瀬戸ゼミ出身者である。言うまでもなく、「理論」に加えて北海道への熱い思いもある。

背景に道経済の将来への危機感

北海道内で道経済の先行きへの危機感が台頭したのは1990年代の半ば。北海道大学北キャンパスを舞台に、大学、自治体、経済界、産学連携支援機関が新製品開発、新産業創出の拠点整備に乗り出したのもこうした危機感からだ。「(先端技術を使い産学連携で産業を活性化させた)フィンランドのオウルに学べ」が合い言葉だった。「次代を担う新しい産業を、先端技術をてこにつくり出したい」という関係者の気分の高揚は2003年から2004年まで続いた。そうした機運を盛り上げたキーパーソンの1人が瀬戸教授であった。

その意味では、イーベックの今回の成功は、90年代半ばから10年弱続いた北海道におけるベンチャーブーム——第3次ともいわれる全国的なベンチャーブームと軌を一にしたものだが——の1つの成果といえるのかもしれない。

問われる北海道のイノベーション力

しかし、北海道の“イノベーション力”が高まっているとは必ずしもいえないだろう。北大北キャンパスの「北大リサーチ&ビジネスパーク」にしても、真価が問われるのはこれからだ。「政策と産学が一体となり、システマチックにやっていかないとベンチャーの成功はない」「成果の出る産学連携を推進する必要がある」と産学官の関係者は口をそろえる。「北大リサーチ&ビジネスパーク」にある各機関の十指に余る立派な施設が、将来、壮大なる“箱物施策の遺産”となる可能性はゼロではない。

「働く場をつくり出し、企業が利益を上げて納税することが地域の発展になる」。繰り返しになるが、土井氏が瀬戸教授から学んだことだ。

だが、土井氏は気になることを言う。「イーベックの大型ライセンス契約を多くの北海道の仲間が喜んでくれたが、その一方で、それ以降北海道でのビジネスがやりにくくなった面もある」。笑えない話だが、「金儲けをしている」という非難からひがみまであるのだろう。現実は裏切るのだ。

土井氏の会社HCMは、要請を受けて近く関西に支店を出す。同社のベンチャー企業経営のノウハウは北海道だけにとどまるものではない。当然である。バイオベンチャーの世界でも、これから関西勢の反撃が始まりそうである。

イーベックの衝撃は、北海道の産学官のイノベーション力を考えるきっかけになったといえるだろう。 (登坂 和洋:本誌編集長)

ベーリンガーインゲルハイム
    世界トップ20の製薬企業の1つ。ドイツのインゲルハイムが本拠地。2007年度の売上高はおよそ110億ユーロ(約1兆7,700億円)。
株式会社イーベック
    北海道大学発のバイオベンチャー企業。高田賢蔵氏(北海道大学遺伝子病制御研究所教授)が蓄積してきたEBウイルス研究の成果を基に設立した。EBウイルスの変換方法を用いた、幅広い治療領域(腫瘍、感染症、炎症性疾患)のヒトモノクローナル抗体開発を専門としている。
     ・本社:札幌市中央区大通西5丁目8番地 昭和ビル3階 
     ・設立:2003年1月
     ・資本金:2億2,159万円
     ・代表取締役会長:高田賢蔵氏
     ・代表取締役社長:土井尚人氏

*1
土井氏はこのほかベンチャー企業経営を成功させるために次の3項目も指摘している。 [1]最初に収益モデルをしっかり立てる[2]地域の強みを生かす[3]成功のイメージをつくる。