2009年1月号
単発記事
再生医療ビジネスは始まっている
ベンチャービジネスの振興を目指したイベント「ベンチャー 2008 KANSAI」(2008年11月5、6日)のなかで「再生医療 産業化への鼓動」というテーマのシンポジウムが行われた。このディスカッションから、日本で唯一ES細胞・iPS細胞を主事業にしている株式会社リプロセルの横山周史社長と、2007年秋、自家培養表皮について厚生労働省から日本初の再生医療製品として製造販売承認を得た株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリングの小澤洋介社長の話を紹介する。

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シンポジウム「再生医療 産業化への鼓動」の模様

ベンチャービジネスの振興を目指した複合イベント「明日の関西会議 ベンチャー2008 KANSAI」が2008年11月5、6の両日、大阪市北区中之島の大阪国際会議場で開かれた。山中伸弥京都大学iPS細胞研究センター長・再生医科学研究所教授、矢嶋英敏島津製作所代表取締役会長の講演のほか、多くのシンポジウムがあった。

山中伸弥教授は「iPS細胞は再生医療だけでなく、病気の原因究明や薬の効果・副作用などの評価にも役立つ」と述べた。山中氏の講演に続いて行われた「再生医療 産業化への鼓動」と題するシンポジウムでは、小澤洋介氏(株式会社ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング代表取締役社長)、中辻憲夫氏(京都大学物質-細胞統合システム拠点長・再生医科学研究所教授)、西川伸一氏(理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長)、横山周史氏(株式会社リプロセル代表取締役社長)、大串始氏(産業技術総合研究所セルエンジニアリング研究部門主幹研究員、司会)の5人が討議した。同シンポジウムのディスカッションから再生医療ビジネスに取り組む産業界2人の話を紹介する。

(登坂 和洋:本誌編集長)

◆ES細胞・iPS細胞が主な事業
リプロセル社長 横山周史氏
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リプロセル社長
     横山 周史 氏

私ども株式会社リプロセルは、京都大学物質-細胞統合システム拠点長(再生医科学研究所教授)の中辻憲夫先生と、東京大学医科学研究所の中内啓光教授の研究成果を社会還元することを目的に設立したバイオ企業である。日本でES細胞・iPS細胞を主事業としている唯一の会社と認識している。

本日は、私自身がこれまでに感じてきた疑問、また、それに関する私なりの意見を述べさせていただくことで当社の取り組みを説明させていただく。

私がリプロセルに入ったのは2004年。初めに感じた疑問は再生医療市場ビジネスとは何か、また、いつ始まるかということだった。これが第一の疑問である。

再生医療を定義すると、薬では治療できないような病気を細胞移植で治療することだと思う。そうすると、再生医療というのはもう既に始まっていると言っていい。

国内の移植数の推移を見ると、造血幹細胞移植、臍帯血移植、骨髄移植と呼ばれるものは1996年から2006年のわずか10年の間に2,000件から約3,000件へ、腎移植は600件から1,200件へと急増している。現在の移植治療はドナーの協力が前提で、これが1つのボトルネックになっている。

今後、ドナーに頼らない、新しい細胞供給技術が開発されてくるであろうと思う。または、今までは移植の対象とならなかった脊髄損傷とかパーキンソン病などにも、ES細胞で神経をつくってやることによって新しい移植治療ができるのではないか。

企業の立場で見ると、新しい種類の細胞をつくる、増殖する、供給することが1つのビジネスになる。当社は臍帯血を体外で増幅する技術とか、ES細胞から拍動心筋細胞を作製するような研究開発をしている。

再生医療をもう少し広い目でとらえると、細胞を供給するビジネスだけではなくて、いろいろな魅力のあるビジネスが存在する。

例えば、移植した後には、ほぼ間違いなく免疫抑制剤というものの投与が必要である。この市場は現在拡大していて、日本だけでも2005年で390億円程度の市場。それに加えて、移植関連の検査も伸びると思われる。例えば、HLAタイピング、抗HLA抗体検査、クロスマッチ検査などが挙げられる。

研究試薬、創薬スクリーニングに広がる

2つ目の疑問はES細胞には、再生医療以外にビジネスチャンスはないかということである。結論から言うと、チャンスはいろいろあると思う。まず研究試薬。これは既に市場があって、今後拡大し続けていく。その次が創薬スクリーニングの分野で、ここ1-2年でかなり出てくる。また、その次にはオーダーメイド医療というものがあると考えている。

例えば心筋梗塞の患者さまに心筋細胞を移植するということができれば、これが1つの再生医療のビジネスモデルになる。これだけではなくて、例えば、これらの細胞を培養するということで、培養液が必要になってくる。これが研究試薬ビジネスになる。

もう1つ、ES細胞から作製した拍動する心筋細胞を電極の上に載せて、薬の毒性を測る。つまり、最終的には非常に毒性の少ない安全な薬を出すということにつながっていくということである。

スクリーニングビジネスは、2008年10月、既にビジネスを開始している。先ほどの繰り返しになるが、拍動する心筋細胞を電極の上に載せ、健康診断で心電図測定をされるのを想像していただければいいが、そのように心電図をとることができる。この細胞の上にさまざまな新薬候補化合物を加えて、心筋に対する毒性を評価するわけである。

最後に、3つ目の疑問は、日本で本当にバイオベンチャーが成功できるのかということだ。通常、バイオベンチャーは創業者が少しポケットマネーをはたいて、あとはベンチャーキャピタルにお金を出してもらって会社を設立するのが一般的なやり方だが、開発にかかる費用が一般的な企業経営とはけた違いだ。

アメリカにはジェロンとアドバンスト・セル・テクノロジーというES細胞の有名な2つの会社がある。2003年から2007の5年間の累積でそれぞれ、260億円、60億円の研究費を使っている。

ベンチャーキャピタルの投資額を比較すると、日本はアメリカに比べ約50分の1の170億ぐらいで、乾いているというか肥沃(ひよく)でない。会社を運営している立場から見ると非常に深刻な問題である。

ただ、いろいろなやり方でこの壁を乗り越える努力をしている。良い例はたくさんある。例えば、われわれの方はまだこれからというところだが、要は、1つの技術からさまざまなビジネスを早期に立ち上げ、どんどんビジネスを進めていく。例えば、研究試薬や創薬スクリーニングのようなものを前倒してやることによって、収益を上げていく。こういうことによって外部から調達する資金を最小限に抑える。これも、バイオベンチャーの日本型モデルと感じている。

◆日本で初めてのヒト細胞・組織利用医療機器
ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング社長 小澤洋介氏

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ジャパン・ティッシュ・
     エンジニアリング社長
     小澤 洋介 氏

私どもジャパン・ティッシュ・エンジニアリング、略称J-TEC(ジェイテック)は1999年の会社設立以来、「再生医療の産業化」を目指してずっとやってきた。2007年10月、自家培養表皮について厚生労働省から日本初の再生医療製品として製造販売承認を取得。日本で初めてのヒト細胞・組織利用医療機器で、販売名を「ジェイス」という。

きょうは、この製品の承認を取得するまでに何が大変であったか、そして本当に産業化に向かうためには何が必要かについて言及してみたい。

その前に当社の事業内容について説明したい。再生医療製品として、今3つを扱っている。自家培養表皮のほか、自家培養軟骨と自家培養角膜上皮である。それぞれ頭に「自家」という言葉があるように、患者さまご自身の細胞を使い、われわれがそれを培養して大きくし、患者さまご本人に戻すというもの。

当社もいわゆる大学発のバイオベンチャーといわれている。基礎研究を主導した協働者は、培養表皮の場合は名古屋大学の上田実教授、米ハーバード大学のHoward Green(ハワード・グリーン)教授、培養軟骨の場合は広島大学の越智光夫教授、培養角膜上皮の場合はイタリアのアイバンクというように、国内外の20くらいの大学や公的機関と連携している。

製造販売承認を得た自家培養表皮ジェイスは大やけどの患者さま向けだ。適応対象は、重篤な広範囲熱傷で、深達性・度熱傷創および・度熱傷創の合計面積が体表面積の30%以上の熱傷という厳しい条件で承認をいただいた。

患者さまから切手大の大きさの正常な皮膚をいただいて、それを当社で受入検査し、3週間かけて8センチ×10センチの表皮シートを何十枚と培養する。出荷検査を経て梱包(こんぽう)し、移植日に合わせて医療機関へお届けする。

しかし、自家培養表皮に関しては、まだ販売していない。現在、公的な健康保険の適用を申請中で、間もなく承認されると当社は期待している。培養軟骨に関しては治験が終了し、製造販売承認申請の提出を今期中に予定している。培養角膜上皮は治験前の確認申請の審査中で、今期中の適合を予定している。これら3つのイベントを当社は株主さまとお約束していることになる。

製品規格などが承認審査の論点

いよいよ本題。培養表皮ジェイスで苦労したのは、まず承認審査段階である。国が審査するときに何が論点になったか。[1]海外で販売されている類似製品との比較について [2]動物由来原材料を仕様することの是非について [3]出荷検査をはじめとする製品規格について [4]製造方法を変更した場合の同等性の証明について [5]治験症例数が少ないことについて [6]適応対象について(重症熱傷患者の定義)——の6つが挙げられる。

このなかで一番苦労したのは[3]だった。工業製品なので、何をもって品質を定義するか、特に安全面は本当に大丈夫かといった製品の仕様、規格、その出荷検査方法について延々と国と協議してきた。

当社の「ジェイス」は優先審査というファスト・トラックをいただいた。それでも、なんと3年間かかったわけである。それぐらい第1号の製造販売承認が難しいという証明だ。

製造販売承認を取得するためには、製造施設、つまり生産機能は必須。ハードウエアのみがあればいいかというと、そうではない。製造の手順書および作業者の教育というソフトウエアの面もとても重要で、規制当局による査察がある。

もう1つ、規制当局より販売、営業面にもチェックが入った。結構大変だった。物流、原価管理、管理会計等、企業としては当たり前のことだが、この辺まできちんとして初めて商品になるということである。

さらに、お金の問題で、すごく大変だった。創業からジェイス承認までで約70億円使った。よく、そんなにも使ったな、と言われるが、この70億円でわが国日本の再生医療が進むと考えれば、決して高いものとはいえないと考えている。

これからは世論形成がさらに重要になってくる。加えて、再生医療を普及させるための国のリーダーシップが必要だと考える。これらがないと、われわれの同業者は、海外で承認を取得して事業化を進めることになるかもしれない。バイオベンチャーの淘汰(とうた)は既に始まっているのである。

これから新しい医療の選択肢として、再生医療が皆さまのお手元に届けばいいと願っている。