2009年1月号
単発記事
日本海地域の7大学と2TLOで新しい技術移転組織
ライフサイエンスの産学連携を強化
顔写真

平野 武嗣 Profile
(ひらの・たけつぐ)

文部科学省
産学官連携コーディネーター
金沢大学 客員教授
(イノベーション創成センター)
有限会社金沢大学ティ・エル・オー
(KUTLO)取締役

TLO(技術移転機関)を取り巻く環境が厳しさを増している中、複数のTLOが連携する動きが相次いでいる。その1つ「日本海地域大学イノベーション技術移転機能」は、金沢大学TLOなど2つのTLOと7大学がライフサイエンス分野を対象にグループ化したものである。

金沢大学ティ・エル・オー(KUTLO)は2008年7月、日本海地域の7大学と2TLOがグループとなって技術移転機能強化を目指す「日本海地域大学イノベーション技術移転機能(Nihonkai Innovation Technology Transfer:KUTLO-NITT)」を立ち上げた*1図1)。この背景について述べたい。

マーストリヒト条約

ちょっと変わったアングルから話を始める。1993年に欧州連合(EU)が生まれた。その際にEUに加盟した国はマーストリヒト条約を批准した。このEUの概念は歴史上例のないものであった。EUは新しい国ではない。加盟国がすべて同文の条約を批准する必要がない、というソフトな連合であって、各国が自分の国の統治を第一に考える。共同で行ったほうが効率の良いことはEUとして共同で実行していこうということである。

故にいまだ加盟国の中でEUの主な通貨ユーロ(EUR)を採用していない国が幾つかある。EUの有力メンバーである英国は伝統的な通貨、スターリング・ポンド(STP)を使っている。通貨に限らず各国ごとの幾つかのバリエーションが適用可能である。一言で言えばEUは「連合体であるが、できることから始めている弱い連合体」からスタートしたのである。

ライフサイエンスの技術移転の難しさ
図1

            図1 日本海地域大学
                 イノベーション技術移転機能

話を産学官連携に戻す。KUTLOは2002年に設立、同年承認TLOとなった。それ以来、金沢大学から委託された特許出願と技術移転の業務を推進してきた。3年ほど前からライセンス契約が少しずつ成約するようになってきた。しかしその契約の対象となった特許は工学部、理学部の研究成果が主である。

金沢大学は1862年に起源をさかのぼる医学部を持つ。その伝統は日本で3番目だ。自然科学系研究者のうち69%がライフサイエンスにかかわっている。特許の出願も50%がライフサイエンス関連である。その発明もすでにライセンス契約できたほかの学部の研究内容に勝るとも劣らない夢のある内容がたくさんある。

28件のライフサイエンスの特許技術移転をしたが、ほとんどは研究試料の提供などであり、新薬などの本格的開発に結び付くものはない。これまでライフサイエンスの発明に製薬業界から注目をいただいて、発明の紹介、研究者との面談の場面を数え切れないほどつくってきた。それでも、研究成果を使った新薬開発のプロジェクトにまで組成することができなかったのである。

いろんな理由があるが、KUTLOの技術移転の能力に問題があるとみている。技術移転をするための戦略戦術を練り製薬業界と対等に話し合える人材がいない、と反省せざるを得ない。

大学にはバイオライフサイエンスの研究者は多数いる。TLO・産学連携組織にも医学・薬学研究出身のスタッフは確かにいる。ただし彼らは研究に従事した経験はあるが開発、すなわち研究成果を薬に商品化する業務には携わった経験がないのである。

好機到来

昨年の春、退職したばかりの薬学部の名誉教授が「教え子」をお連れになった。教え子とはいえ、50歳代半ば、大手製薬会社の開発、ライセンス業務を経験したベテランのライフサイエンスビジネスマンであった。この人と話をしたことがKUTLO-NITTを立ち上げる契機となった。

その後、基本構図を練り上げた。

1. 地域のTLOと共同で、地域の大学へ連携体制の組成を働き掛ける。
2. 取り扱う主な分野をこれまで成果の上がっていない「ライフサイエンス」の研究成果の創薬化、医療機器の実用化とするが、そのほかの分野の重要発明についても広げていく。
3. TLOのない大学を支援する。
4. ライフサイエンスに特色のある大学を中心に参加を呼び掛ける。
5. もう1人、感染症医薬の実業経験者がチームに参加することができる。

各大学に配置されている文部科学省派遣の産学官連携コーディネーターや、以前から共同で何かつくり上げたいとお互いに思っていた株式会社新潟TLOの結城洋司社長と相談の上、たちまちのうちに7大学、2TLOの連携体を組織することができた。この提案が経済産業省の創造的産学連携体制整備事業に採択されたのである。

日本海地域のマーストリヒト

7大学の技術移転をすべて一括して行おうというものではない。7つの大学の技術移転のうち自己でできる技術移転は自分で行う。しかしKUTLO-NITTに成功報酬を支払ってでも、専門人材を利用して効率良く技術移転する方がメリットが得られる発明研究については、KUTLO-NITTに委託する。大げさに言えば「マーストリヒト条約」のようなフレキシブルな考え方をとることにした。

静かな街での深い研究の成果を人類の福祉へ

筆者はビジネス界を経て6年前に産学連携活動業務に携わり始めたころに、大きな感銘を受けた話がある。

金沢は大都会とは違い緑も多く静かな街、通勤に時間のかからない街である。大学には昼夜分かたず、寝食を忘れ研究に没頭している若手研究者がいる。夕方自宅に一時戻り、子供たちと夕食をとった研究者が再び大学の研究室に戻り納得のいくまで研究を続ける。そして深夜に帰宅する。

このことは元ビジネスマンの筆者には荘厳なことに思えた。夕方になればビジネス仲間と酒を飲み、週末にはゴルフに出かける自分の若いころの生活との大きな差に恥じ入った。こうした研究者の研究成果を社会のため人類の福祉の向上に役立てる——その技術移転に重大な責任を感じた。少なくともそれが可能な仕組みをつくり、それがメークセンスとなるまで見届ける責任を感じてこの仕組みをつくった次第である。

KUTLOは昨年まで2年連続で全国規模の表彰を受けた。何とか会社としても採算が取れるようになった。これまでにTLO組織を立ち上げていない小規模大学や、単科大学の技術移転にKUTLOのこれまでのノウハウをご利用いただきたい、と思い始めたころであった。

若手技術移転要員の育成

すでに60歳代の半ばを超えた筆者の最大の関心事は、この仕事をいかに若い世代に引き継ぎ、さらに発展させていけるかである。企業にいたころ、「定年」近い先輩の言動を「老害」と揶揄(やゆ)したことがあった。自分はその年齢を超えている。日本の産学連携技術移転の組織、そこで活躍する若手人材の処遇体系を、早く若い世代の人たちに受け入れられるものにしたいと考えている。

そのためには働く環境がいる。プロの野球選手が働く野球場が必要なようにである。そのためにこのKUTLO-NITTで雇用した製薬業界出身のベテランビジネスマンと若手人材が一緒に球場でバッティング練習をする場が必要なのである。見よう見まねでノウハウをつかんでもらうOJTの環境をつくることができたと思っている。

国際シンポジウムとLorin K. Johnson氏

2007年11月28日にKUTLO-NITTの発足記念国際シンポジウムを金沢で開催した。KUTLO事業の概要の説明の後、政府関係者から今後の政策についての考え方をお話いただいた。

写真1

     写真1
          米国Salix社Lorin K. Johnson氏(Ph.D.)

その後、米国からお呼びしたSalix社創始者のLorin K. Johnson氏(Ph.D.)にバイオ・テックベンチャーの成功話を「An American Dream」と題して話していただいた(写真1)。紙面の関係で詳細は別の機会に譲るが、「何はともあれ困難に打ち向かい、どんな困難にも立ち向かい、絶対にあきらめないこと」というJohnson氏のアドバイスをあらためて、心に刻んだ次第である。

KUTLO-NITTは創薬を目指して進んでいく。

*1
経済産業省の「創造的産学連携体制整備事業」