2009年1月号
産学官エッセイ
人文社会系の研究成果を生かしたベンチャー企業の可能性

村林 充 Profile
(むらばやし・みつる)

株式会社イーストリング
代表取締役

筆者の村林充氏は社会人を経て、東北大学大学院に入り論理分析学、科学哲学、技術倫理などを研究した。大学院在学中だった2007年3月に、市場調査、ブランド戦略などを中心とするコンサルティング会社の株式会社イーストリングを設立。現在は専業社長としてこのベンチャー企業を経営している。人文社会科学系の研究を地域社会で生かしたいと考えている。

筆者は、東北大学大学院在学中だった2007年3月、仙台の地で産学連携に関するコーディネート、市場調査、ブランド戦略などを中心とするコンサルティング会社を起こし、業務を行っている。社名は株式会社イーストリングである。社会人を経て入学した同大学院では、論理分析学、科学哲学、技術倫理を研究テーマとしたが、こうした人文社会系の研究を地域社会で生かしたいと思ったことが起業のきっかけだ。自然科学の研究シーズを基にした大学発ベンチャーが多い中、地域社会のニーズを丹念にくみ取り、地域と企業と大学の「知」を結ぶ人文社会系研究発ベンチャー企業を目指して活動中である。

調査、情報収集で企業の課題に応える

では、どのようにして人文社会系の研究を生かす試みを実現すればよいのだろうか。企業を例にとると、理工系の学問領域であれば、新しい技術や工業製品の開発のニーズに応えることができるだろう。一方で、新規事業の立ち上げに向けたコンセプト立案や人材や組織に関する悩みなど、現場が抱えている課題は予想以上に多岐にわたっている。これらの課題解決のために、人文社会系の研究を生かす場がありそうだ。

例えば、地域の企業経営者に直接話を伺うと、「新しい事業展開や商品開発を行いたいが、開発や広報宣伝のために社員を配置することが難しい」というような声をよく耳にする。また、「外部にマーケットリサーチを依頼しコンサルティングを受けたいが、大きなコストが必要になるため躊躇(ちゅうちょ)してしまう」という声も多くあった。さらに経営者とのヒアリングを重ねると、「調査はできないかな?」「情報収集ならできるんじゃないの?」などというお話をいただくようになった。

そこで、データマイニングのリサーチャーの下で市場調査の基本を学びながら、調査業務を仕事として引き受けるための準備を進めたのだが、調査業務に関する実績が全くない弊社に対して仕事を任せてくれる企業は皆無だった。直接会って話を聞いてもらえるのはまだ良いほうで、門前払いされたことも数多くある。そんな中でも粘り強く営業活動を続けた結果、少しずつ仕事を引き受けられるようになってきた。

「情報を収集し、分析して、結論を出す」がベース

弊社の業務のベースとなっているのは、筆者が大学院時代に行ってきた「情報を収集し、分析して、結論を出す」という作業である。中でも重要視しているのは「言葉」を大切にするという点だ。企業関係者の声には、「調査を依頼しても、その結果に書かれている内容がよくわからない」というものもあった。実際、弊社が作成した調査報告書にも難解な数値や言葉の羅列が見受けられることがあった。そこで、弊社ではどのような表現を用いれば相手に理解を深めてもらえるかという点に配慮し、言葉の使い方に常に注意を払っている。

この「情報を収集し、分析して、結論を出す」という作業に「結論を評価し、意思決定や行動に結び付ける」というプロセスを付け足すことができれば、今後ビジネスとして勝負できる領域があると考えている。そこで、現在は「EBM(Evidence Based Management)」の考えを応用して、データを多角的・多面的に活用し、統計分析および定量分析を行い、説明モデルや予測モデルを作成し、事実と根拠に基づく意思決定、行動に結び付けるための精度の高い情報分析手法の開発に力を注いでいる。

企業のスタッフとの間に「共同学習の場」

また、これまで行ってきた仕事を振り返ってみると1つの共通点があることがわかってきた。企業の方々に「情報収集⇒分析⇒結論⇒評価⇒意思決定⇒行動」のプロセスを明示し、意識していただきながら作業を進めて行くと、不思議なことではあるが、企業の方たちとの間に「共同学習の場」が生まれるのである。最初は一方的であったコミュニケーションが、徐々に双方向になり、終盤には企業の若手社員が主導権を握ることさえある。

この「共同学習」も大学院ではゼミや講読を通じて日常的に行われていることである。大学院では「学び合う」ことが基本の1つとなっており、常に言葉と向き合い、時に批判を受けながらも、結論を出すために考え続けることが要求される。筆者が企業と共に調査業務を行う際のアプローチも根本的には大学院でやってきたことと変わらないが、そのアプローチが思いもしない創造性やイノベーションを生み出すきっかけになったのかもしれない。

このように人文社会系の研究を生かすことができる分野が地域社会の中にあると考えている。現場にあるニーズをできる限り細やかにすくい取り、共に学び合いながら課題解決を行うアプローチを実現できれば、その範囲は企業だけではなく、地域と大学をつなげる領域へと広げることも可能だろう。

最後に、筆者の取り組みはまだ端緒についたばかりであるが、今後も人文社会系の研究を志す学生たちとともに、新しい「学び」のかたちの創造を通して、社会に必要とされる組織を目指したい。