2009年2月号
特集  - 独創技術 事業化への苦闘と陶酔
事業化に欠かせない知財戦略
-企業ブランド確立のための手法-
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酒井 宏明 Profile
(さかい・ひろあき)

酒井国際特許事務所 所長・
弁理士/金沢工業大学大学院
教授・工学博士

独創的な技術の事業化プロセスにおいても知的財産は重要であり、知財戦略は欠かせない。知財は単に企業の技術を守るだけのものではなく、事業化を進めるために必須となる企業ブランド確立に結び付く。どういうブランドを目指すかという戦略性を特許出願に盛り込む必要がある。なぜか。

技術経営と知財戦略

一般的に製造業においては、技術経営(MOT*1)が重要となる。技術経営の中で実践される多面的な知財戦略が企業成長の推進力となることは既に周知の事実である。独創的な技術を中心に据えた新規な事業化プロセスにおいても全く同様であり、知財戦略が事業化を成功に導く1つの条件となる。ここでは、独創的な技術の事業化プロセスにおける知的財産の重要性と知財戦略の必要性について解説する。

企業ブランドの確立

技術が本質的に独創的なものであるならば、事業化プロセスの前段階で、当該技術の広範な知財(特許*2)化を図らなければならない。所有する技術が本質的に独創的なものであるならば、特許の取得は比較的難しいものではない。特許は、企業の技術を守るばかりでなく、事業化を推進するために必要な企業ブランドの確立に貢献する。

先行技術調査

まず、関連する先行技術を調査する。事業化の中心に据える技術の独創性を計るためにも、関連技術の調査を行う。調査の結果、抽出できた先行技術群を視覚化するための特許マップ*3を作成することも必要であろう。マップにより技術の独創性の度合いを確認し、特許取得、さらには活用における戦略性の幅を決定する。

独創的あるいは先進的といわれる大学発の技術であっても、先行技術調査の結果、従来技術の中に包含されてしまうものも多い。発明者の社会的地位や、発明者の独断的意見、技術に対する前評判などのノイズを除去し、技術の先進性や独創性、さらには特許性を客観的に評価するためにも、こうした調査は有益である。

権利範囲の画定

調査の結果、技術を特許出願することになれば、次に取得を望む特許の権利範囲を画定し、併せて技術の開示範囲を特定しなければならない。その際、どのような企業ブランドを確立するかという戦略性を特許出願に練り込む。

中小・ベンチャー企業による出願の多くは、この戦略性が欠落している。単に特許を取得することが目的ではなく、最終的には特許の活用が図れ、特許が企業ブランド確立に結び付かなければ、知的財産の取得自体が意味を持たなくなる。ましてや特許取得ができなければ、せっかくの独創的な技術も単に世の中に開示しただけのこととなり、逆に特許出願自体が事業化プロセスの障害と化すことになる。

審査官との議論

特許権の取得プロセスは、基本的に書面主義である。しかし、現実には審査の迅速化が求められており、審査官面接が多用されるようになっている。権利化の是非を決定する審査官と自社の技術について議論を行うことは、有益な特許を取得するためには極めて重要である。特に、大量に出願を行う大企業とは異なり、これから事業化を展開し、企業ブランドを確立していこうとする中小・ベンチャー企業は、少ない特許出願を確実に権利化・財産化に結び付けなければならない。権利化プロセスにおいて、知財のプロである審査官と技術的・法律的議論を行うことは、今後の事業化活動においても、計り知れない財産となることは間違いない。

特許権の戦略的活用

取得した特許を中心に新規な事業を立ち上げようとする者は、特許があたかも万能薬であるかのごとき錯覚をする。特許は決してビジネスにおける万能薬ではない。法律的な効果には制限があり、ビジネス上の活用にはルールがある。活用の前提として、制限あるいはルールを無視した権利行使は反作用的に自社にマイナスになることも十分認識すべきであろう。

独創的な技術の財産化に成功し、有益なる特許を取得したならば、戦略的活用を検討する。まず、取得した権利領域を確認し、その領域に応じた特許戦略*4を策定し活用段階へ移行する。戦略的活用に関しては、第1に、特許として確立した技術領域への他社参入を防止できる、換言すると独占実施による利益の確保を実現することができる。第2に、他社にライセンスを行うことにより収益を得るとともに、業界における自社優位性を確保することができる。第3に、各種のブランド戦略を実践することが可能となり、事業化に寄与する企業ブランドを早期に確立することができる。

特許権者という優位的な立場を利用したブランド戦略は、独創的な技術をより際立たせ、技術のみならず、技術を保有する企業自体のブランドを社会に認知させることを手助けする。ブランドの確立は、企業化を推進する上で大きな効用をもたらす。

ポートフォリオの構築

特許は万能薬ではない。特許は有限であるとともに、単独の特許が占有する領域は狭い。従って、独創的な技術の継続的な研究・開発とともに継続的な特許の取得が必要となる。すなわち知財化を達成した技術の周辺、あるいは進展形についてさらなる知財化を図り、いわゆる当該技術に関連するパテント・ポートフォリオ*5を構築することが重要となる。これにより当該技術に関連する領域を広げ、揺るぎない地位を確実に確保することが可能となり、継続的な技術の知財化により特許群全体で技術の財産化状態の延命が実現し、単独の特許ではカバーできない広い特許網を完成させることができる。ポートフォリオの完成によりブランド戦略は、より高いレベルへと昇華する。結果として、事業化を成功に導き、企業活動の安定性を確保できる。

3要素のフェーズ合わせ

以上のように、知的財産は、独創的な技術を用いた事業化プロセスを成功に導く。知的財産に関する多くの戦略的要素をより積極的に学習し、独創的あるいは先進的技術を効率的に知財化し、積極的に活用することができれば、より成功への確立を高めることができよう。

ただし、ここで、注意しなければならないのは、独創的な技術がすべて評価の高い特許の取得に結び付くわけではなく、また評価の高い特許がすべてビジネス(事業化)を成功に導くものでもないことである。独創的な技術を利用して事業化を推進する場合、「技術」「特許」「事業」という各要素のフェーズを最初の段階で合わせることが必要となる。フェーズ合わせの失敗は、事業化自体を初期の予想と反した結果へと導く可能性があることを認識すべきであろう。

*1 :MOT(Management of Technology)
・標準MOTガイド.技術経営コンソーシアム監修.三菱総合研究所編.東京,日経BP社,2006,338p.
・寺本義也;山本尚利.技術経営の挑戦.東京,筑摩書房,2004,216p.

*2
企業ブランドの確立に活用できる知的財産は、特許のみではない。意匠権、商標権、実用新案権、著作権等もあるが、ここでは特許を中心に展開する。

*3
特許マップとは、膨大な特許情報を、特定の利用目的に応じて収集・整理・分析・加工し、かつ図面、グラフ、表などで視覚的に表現したもの。 ・杉光一成;加藤浩一郎編著.知的財産管理&戦略ハンドブック.東京,発明協会,2005,391p.

*4
・鮫島正洋編著.特許戦略ハンドブック.東京,中央経済社,2003,388p.
・岡田依里.知財戦略経営.東京,日本経済新聞社,2003,263p.
・永田晃也編著.知的財産マネジメント-戦略と組織構造.東京,中央経済社,2004,164p.

*5
パテント・ポートフォリオとは、所有する知的財産の価値を最大化するために関連する特許をまとめて全体の資産価値を最適に運用していく方法論。
・杉光一成;加藤浩一郎編著.知的財産管理&戦略ハンドブック.東京,発明協会,2005,391p.