2009年2月号
特集  - 独創技術 事業化への苦闘と陶酔
先駆的研究開発と三次元顕微レーザーラマン分光装置

石川 悳也 Profile
(いしかわ・とくや)

合資会社技術情報企画 代表/
社団法人新技術協会
イノベーション委員会委員

光計測器・光学部品の輸入商社としてスタートした株式会社東京インスツルメンツは、自社の固有技術を持つことの重要性を痛感し「三次元断層ナノ空間分光システム」の開発に取り組み、成功させた。その事業化を通じて、研究開発型企業への変革を遂げた。

はじめに

本論は、社団法人新技術協会が財団法人新技術振興渡辺記念会の研究助成を受けて実施した『産学官連携によるイノベーション創出の成功要因に関する調査研究』(研究委員会委員長・飯沼光夫:2008年3月)の報告書に基づいて、株式会社東京インスツルメンツ(以下、TIIと表す)が、創業者の駿河正次社長(以下、駿河社長と呼ぶ)の長期的な視野に立った企業の経営と、時期を見極めた研究開発への取り組みと、その取り組みの中で公的な助成制度を効果的に活用することによって、共焦点ラマン顕微鏡(Nanofinder)およびナノラマン装置(Nanofinder30)(写真1)というヒット商品を生み出した過程をまとめたものである(図1)。

輸入商社から研究開発型企業への変身とオンリーワンプロダクツの開発
写真1

            写真1 Nanofinder30の概観図
                (出典:TIIホームページ)



写真2

         図1 NanofinderおよびNanofinder30
              等の開発経緯

TIIは、最先端光科学製品を事業にしている商社兼メーカーであり、研究開発型企業である。1981年8月1日に、光計測器、レーザーおよび光学部品の輸入商社としてスタートして以来、大学等の研究者を主な顧客として事業を行ってきた。しかし、輸入品の販売のみでは自社に固有の技術が蓄積されることがなく、そのため他社との差別化を図ることができないことから、自社の固有技術を持つことの重要性を痛感していた駿河社長は、TIIを輸入商社から技術開発型企業へ変身させる機会を探っていた。その転機をもたらしたのが、科学技術振興機構(JST)の独創的研究成果育成事業による「三次元断層ナノ空間分光システムの開発」であった。

近年、ナノテクノロジーやライフサイエンスなどの分野において高感度・高SN比(信号対雑音比)・高空間分解能の装置が求められていた。これらの要求に応えることを目指して、TIIは、JSTの独創的研究成果育成事業において共焦点顕微光学系と分光システムとを組み合わせたシステムにさらにチップ増強ラマン散乱を適用することによって、これらの要求に応えることのできる装置(Nanofinder30)を世界に先駆けて開発することに成功した。この技術は、河田聡大阪大学教授および内田達也東京薬科大学准教授(前東北大学助手)の研究成果を活用したものであり、TIIにとって中心的なオンリーワンプロダクツとなったものである。

この成功の基盤となったのは、1991年の旧ソビエト連邦(以下、旧ソ連)の崩壊であった。崩壊した旧ソ連には、軍事技術に関連したピコ秒・チタンサファイアレーザーやNd・YAGレーザーなど豊富なレーザー技術をはじめとする優れたオリジナル技術とそれを身に付けた優秀な技術者が多数存在していた。これに着目した駿河社長は、旧ソ連から主にレーザーと分光装置に関する技術を導入するとともに、その研究者数名を受け入れることにした。これがその後のTIIにおける固有技術の核となり、自社の独自技術に基づいた製品、いわゆるオンリーワンプロダクツを開発するための礎となった。

これを契機に、研究開発型企業への変革を遂げたのだ。多くの光ナノテク製品の開発を自社で手掛け、現在では自社開発製品の売上比率は全体の約40%にまで成長し、経営の安定化に大きく寄与するに至っている。

独創技術開発のための経営方針とその独自性

前述の新技術協会の調査研究では、対象10事例に共通する成功要因として、7項目が挙げられている。TIIの事例*1においても、関連性に粗密はあってもこれらの項目のすべてが関連している。特に関連性が高いと考えられるのは ・志の高い経営者の経営理念が明確に提示されており、それを開発関係者全員が共有の価値観としていたこと ・長年の地道な先駆的研究開発の実績の上に、新商品や新規事業のビジネス・プランが展開されてきたこと、そして ・JSTなど各種の公的な技術開発支援制度をよく理解して、技術開発の展開状況に応じて適宜タイミングよく効果的に活用したことの3項目が挙げられる。

(1) 志の高い経営者の経営理念が明確に提示されており、それを開発関係者全員が共有の価値観としていること

TIIは創業当時から、基礎研究や応用研究に携わっている研究者の顧客が多く、売上比率では、60%が大学や公的研究所などの研究機関が占めている。残りの40%が企業の研究所である。このため、TIIにとって基礎研究に携わっている研究者との仕事は非常に重要であり、研究のための装置を開発することが企業の使命とされてきた。この使命を具体化するために、常にトップランナーであることによって、ほかとの差別化を図っている。TIIは「Speed」「Challenge」「Positive thinking」を経営理念として、駿河社長を先頭に開発関係者がトップランナーとしてオンリーワンプロダクツの開発に努めている。

(2) 長年の地道な先駆的研究開発の実績の上に、新商品や新規事業のビジネス・プランが展開されてきたこと

創立以来、駿河社長の強い意志に基づいてTIIは自社の固有技術に基づくオンリーワンプロダクツの開発を模索してきた。このような状況の中で、1990年代初めに、オンリーワンプロダクツの開発ターゲットとして共焦点ラマン顕微鏡を取り上げた。開発の核となる技術として、JSTの創造科学推進事業の増原極微変換プロジェクトにおいて顕微分光計測の研究に携わっていた内田達也東北大学大学院理学研究所助手(現、東京薬科大学准教授。以下、内田准教授と呼ぶ)の研究成果に着目し、内田准教授と共同で共焦点ラマン顕微鏡(Nanofinder)の商品化を果たした。旧ソ連出身の研究者イゴーリ・クドゥリャショフ氏がTII内の主担当者として開発を担当した。

1999年度にNanofinderを世に問うた後、さらなる高空間分解能を目指すために、大阪大学の河田教授が開発していた、貴金属コートプローブを用いた近接場光学顕微分光法に注目した。この方法を具体化することによって、従来の近接場光学顕微鏡を用いた顕微ラマン分光法装置では不可能であった、50nm以下の空間分解能でラマンイメージングスペクトルマッピングと形状観察を可能とする、新方式のナノ空間顕微分光装置の開発を河田大阪大学教授のグループと共同でスタートさせ、Nanofinder30*2の成功に至った。

1990年代の初めからスタートした開発は、探索研究含めほぼ13年の開発努力の結果として2003年に至って、Nanofinder30が商品として具体化されたものである。

(3) 公的支援制度を効果的に活用した研究開発活動

中小企業にとって、新しい独創技術を生み出す糧として公的支援制度は重要で、この制度により実用化のための研究開発費が得られることは大きい。この制度を活用して試作品を製作し、それを使って研究者にデモンストレーションを行い、研究者からのフィードバックを得ることによって、開発製品に改良を加えていく。その過程で、自社に貴重な技術が蓄積されていく。

TIIは、平成10年度のJSTの独創モデル化事業により、Nanofinderの開発に成功して以来、4回にわたってJSTの独創モデル化によるオンリーワンプロダクツの開発に成功するとともに、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の制度なども利用することによって、研究開発を進めている。

*1
本誌2008年9月号の飯沼光男氏の記事「独創技術を商品化するまでの長い道のり―新技術協会の調査研究:10事例が語る開発成功の真実―」を参照

*2
栃木憲治. 3D顕微ナノラマン装置. 電子材料. 2005, p.49.