2009年2月号
連載  - 若手研究者に贈る特許の知識 基礎の基礎
第1回 研究成果は特許になる
顔写真

秋葉 恵一郎 Profile
(あきば・けいいちろう)

東京工業大学 グローバルCOE
コーディネーター/志賀国際特許
事務所 調査部/元 住友化学株
式会社 知的財産担当部長/技術
士(化学部門)

知財についての若手研究者へのエール。第1回はどんな研究成果が特許になるのか、また、誰が発明者になるのか―など。発明に当たるかどうかは「○○すると、△△なので、☆☆が良くなる」に当てはめてみるのがいい。

1. 研究成果と発明
(1) 何が発明になるのだろうか?

鮎は川の遡上(そじょう)途中で段差のあるよどみに溜まる。これを玉網かひしゃくですくい捕る絵が、江戸時代(安永9年(1780年))の「都名所図会」にある*1。これにヒントを得て、鮎のすむ川に段差をつくり、鮎が飛び跳ねながら登ろうとする段差の向かい側に「鮎とりデバイス」を設けると、これが発明になるだろうか?

ある良い結果や効果を得るために目的にあった技術的手段をつくり、この結果と手段との間に因果関係(作用と言い換えてもよい)があれば、その技術的手段は発明になる。その証拠に、法律は発明を「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」と定義している。

「自然法則」: 鮎の習性は自然法則。
「技術的思想」: 一定の目的を達成するための手段「鮎とりデバイス」は技術的思想。
「創作」: 「鮎とりデバイス」が工夫して新しくつくり出されていればOK。なお、単なる発見は駄目(ただし、米国は「発明とは発明および発見をいう(The term “invention” means invention or discovery)」と定義しており、“発見” が入る分、日本より広義に発明をとらえている。従って、“発見” に相当する発明をしたら米国出願を視野に入れたらよい)。
「高度」: 鮎が多く捕れる「鮎とりデバイス」は技術的に高度。

以上より、“段差+「鮎とりデバイス」”は、段差をつくると段差の向かい側に飛び越して鮎がたくさんデバイスに捕らえられるので、とりあえず“発明”になりそうだ。

表1 発明と作用・効果の関係

表1
(2) 発明把握のポイント

表1のように、まず「○○すると、△△なので、☆☆が良くなる」とキャッチフレーズ的“物差し”をつくってみて、新しいと思った研究成果に当てはめて見るとよい。

「○○ vs △△ vs ☆☆」間の因果関係が明確であれば、漠然としていた○○(発明)の形がだんだん見えてくる。何か新しい“デバイス”、“方法”や“構成”を考えついたとき、この手順で「発明の有無」を確かめてみたらよいだろう。

2. 発明の種類

日本は法上の発明を前述のように定義しており、さらに発明を次のように3つに区分している。

[1]物の発明 (例)化合物、組成物、装置、素子
[2]単純方法の発明 (例)測定方法、洗浄方法、表示方法
[3]生産方法の発明 (例)化合物の製造方法、装置の製作方法、靴の製造方法

物の発明は商業的に実施されていれば一番見つけやすく、特許を使っているかどうかがすぐ分かる。また測定等装置内の工程、例えば測定手順のような外から見えない単純方法は、特許の方法が使われているかどうかなかなか見つけにくいが、物をつくる製造方法の方は、特許の方法が使われているかどうか外から把握可能な分、比較的見つけやすいと言えそうだ。つまり、後者の方が特許権の抑止力を強く発揮できるように思える。

最近の技術の進歩はすさまじい。IT技術周りで、また医療関連技術周りで新しい研究成果や技術がどんどん生まれている。その流れに合わせて発明の範囲が広がってきている。特許法も時代とともに発明を少しずつ広げてきているので、知的財産担当部門のスタッフはそのキャッチアップに追われているのが実情だ。最近では、ソフトウエア関連発明(例:インターネット経由でメール発信するとき、宛名を2、3文字打つと全部の宛先が表示される等の高機能を果たすソフト)、ビジネスモデル発明(例:コンピューター画面に表示された地図上の店舗等をクリックすると広告が表示される広告情報の供給と店舗等が広告を登録できる方法)、医療周辺技術発明(例:歯周病対策のため患者自身の歯槽骨の幹細胞を培養し、注射用剤を調整する方法)のように、発明の外延が広がってきている。日本では、これらの発明も従来発明と同様に特許されるようになってきた。

3. 発明者は誰か?
(1) 電話の発明

電話の発明にかかわった3大技術者をご存知だろうか。1人は、今でも電話の発明者としてその名が知られるグラハム・ベル、もう1人は発明王エジソン、そして最後の1人は、ほとんど名前を知られていないが、後にオーバリン大学教授となった発明家のエリシャ・グレイだ。

(2) 特許出願

この電話特許が同じ日に出願されたことは有名である。1876年2月14日の午前11時ごろと午後1時ごろに、ベルとグレイがそれぞれ米国特許庁に特許出願した。両者の出願はわずか2、3時間の差しかなかった。この時点でまだ人の声を伝送できる電話はこの世に存在していないので、図らずも独立の大発明が特許上競合した*2

グレイの不利な要素は、出願が実際に遅れたこともさることながら、「Caveat」(予告記載、手続停止申請、誤解を招かないようにするための警告)方式で申請したことも一因だという。「Caveat」は正式な特許出願ではなく、発明ができるまで自分のアイデアに優先権を認めて保護してもらうある種の警告的制度である。

図1 図2

図1グラハム・ベルの実験ノートにあるスケッチ(1876年3月9日)*3。この日の翌日に音声を伝送することに成功した。

図2エリシャ・グレイのスケッチ(1876年2月11日)*3電話の「Caveat」(予告記載)の3日前のスケッチ。グレイはこのアイデアを、図から思い起こせるように、当時流行していた糸電話(恋人たちの電信-Lovers’ Telegraph)より着想したという。

一時は発明の先後をめぐる争いになりかけたが、出願は迅速に審査され同年3月7日に特許になっている(米国特許174,465号)。

図1図2はベルとグレイのそれぞれが描いたスケッチであるが、ご覧の通りここまで似ていれば、歴史的に珍しいスケッチとも言えるし、また電話の発明はベル本人のものではなく、ライバルのエリシャ・グレイのアイデアをベルが盗用したものだとする米ジャーナリストの2008年1月の著作が真実味を帯びてくる*4

(3) 発明者を決める

研究者の方々は大学を卒業して、例えば、自動車会社の研究所に配属されると「トウモロコシからエタノールをつくるのではなく、稲わらや木くずのような廃物を利用して“食糧由来でないエタノール”をつくれ」といったテーマが与えられる。日夜そのテーマに没頭していると、今までになかった良い研究成果が出てくる。そうなると、担当研究者はいや応なしに“発明者”になり、特許出願にかかわることになる。

そんなとき「誰が発明者になるか」を決めるのは意外と難しい。企業の研究は協力体制の下でする共同作業が多いため、発明は通常共同発明になるが、出来上がった発明品を分析、計測、評価、検定した者は共同発明者になるのか。中小企業や工場の総意を結集して発明を完成した場合、どの辺りまで発明者になるのだろうか。法人や工場といったものまで発明者になることがあるのだろうか。

【発明者の記載に誤りがあった場合】*5
(日本の場合)

冒認出願(発明者でない人による出願)の場合は出願拒絶や特許無効の理由になるが、「発明者の記載の誤り」それ自体は拒絶、無効の理由にはならない。

日本では、出願が特許庁に係属している間なら、必要な書面を添付して「手続補正書」を提出することで、補正が認められる。出願から1年以内であれば、優先権主張出願をするときに補正するのが実務的といえる。

(米国の場合)

共同発明者でないものが共同発明者として名前を連ねることを“misjoinder”と言い、共同発明者のある者が共同発明者として加わっていないことを“nonjoinder”と言っている。

米国では、詐欺的意図でなければ、出願中でも特許後も“発明者の誤記”だけでなく、発明者の認定の誤りも訂正できる。ただし、発明者の訂正は、誤りを発見したら直ちになされなければならない。

誰が発明者かを特許出願前に何としてでも決めなければならない。早い者勝ちなので時間的余裕はない。

実務的には、「できた発明の特徴部分について具体的に着想した者は誰か」ということが決め手になる。共同作業の結果発明ができたなら、単なる補助者、単なる管理者、単なる後援者、単なる製作者のように、“単なる”が冠せられる共同作業者を除いた者が、実質的な発明者になるであろう。従って、上司として研究環境を整備した人とか大ざっぱな課題を提供しただけの人は、発明者にはならない。また、発明は個人の能力と努力に基づく“知と汗”のたまものという考え方から、法人の発明とか工場による発明というものはない。そうするとおのずと定まってくる。




*1
http://www004.upp.so-net.ne.jp/onkyouse/tumjayu/page023.html

*2
一説によると*3、ベル側の出願に至っては本人が意図したものではなく、出願に踏み切ったのは、ベルの後援者で弁護士のG.G.ハバードであったという。通常米国では特許出願明細書は権利の細部まで気配りする弁護士(Patent Attorney)が作成するので、グレイがワシントンに向かったのを察知して、ベルに無断で弁護士が独自に動いたということはあり得るかも知れない。このように、この「同日出願」には偶然とは言い切れない要素があったようである。

*3
http://asaseno.cool.ne.jp/history.htm

*4
http://sankei.jp.msn.com/world/america/080105/amr0801051808015-n1.htm

*5
竹田和彦.特許の知識【第7版】理論と実際.東京,ダイヤモンド社, 2004, p194-195.