2009年3月号
特集  - 農の力 食の夢
“世界の中心”から野菜苗ビジネス革命 ベルグアース山口社長の人材こだわり哲学
愛媛県宇和島市にある農業のベンチャー企業、ベルグアース株式会社は野菜の接ぎ木苗生産量日本一である。ハウスでの育苗が中心だが、光、水、温度などを人工的にコントロールする「閉鎖型苗生産システム」でも日本最大級の施設を持ち、産学連携による研究開発にも積極的だ。年商24億円で、社員は160名。この社員数は同市で最大級だ。山口社長の人材へのこだわりとは?

写真1

           写真1 大型ハウスで育てている
                野菜の接ぎ木苗

小説『世界の中心で、愛をさけぶ』の舞台のモデルになっている宇和島市は南予(愛媛県南西部)の中核都市である。2005年8月に旧宇和島市と吉田、三間、津島の3町が合併して新市になった。JR予讃線の特急列車の終着である宇和島駅から南に向かってバスに30分ほど揺られると旧津島町役場近くの「岩松」というバス営業所に着く。その隣がタクシー営業所。「年寄りにはミカンを作っている人もいるけど、(若い人は)みんな(他の地域に)働きに出ているよ、このへんは工場が無いから」。タクシー運転手の話を聞きながら、西に10分ほど走った北灘という地域が、日本最大級の閉鎖型苗生産施設を持つベルグアース株式会社の本拠地だ。野菜の接ぎ木苗生産量日本一のベンチャー企業である(写真1)。山口一彦社長は「安定生産のためには安定雇用」と人材にこだわる熱き経営者である。

外の環境から隔離された生産システム

閉鎖型苗生産システムとは何か。それは外の環境から隔離された空間で、光・水・温度・CO2を人工的にコントロールして苗を育てるものだ。古在豊樹前千葉大学学長らが提唱した。このシステムには病害虫の侵入を最小限に抑えられるなど、次のような特長がある。

【閉鎖型苗生産システムの特長】
病害虫の侵入を最小限に抑えられる。
温度環境の制御が可能なので、花の下の葉がほぼ7~9枚と一定になり(第一花房着生葉位の低段化)、年間を通じて安定した苗生産が可能となる。
ハウス育苗より光合成産物を効率よく蓄積できるため、初期生育が早くなる。
光合成が活発に行われた結果、多量のアントシアニンが発生する。
通常のハウス 育苗と比べ茎径は1.2倍になる。葉に厚みがあり茎の生毛も豊富。

写真2

写真2 閉鎖型苗生産施設



写真3

             写真3 苗が並ぶトレーを持つ、
                  山口一彦 社長

同システムの現場に案内してもらった。建物の入り口のエアカーテンを抜けるとエアシャワー室があり、そこで1人ずつ15秒間シャワーを浴びてから中に入る。建物の中に閉鎖型苗生産施設がある。業務用冷凍室のような扉を持った部屋が並んでいる(写真2)。さらに、その部屋に入ると棚があり、苗が並べられたトレーが置かれている(写真3)。1部屋(1基と呼んでいる)に入るトレーは120枚。こうした部屋が現在21基ある。

同社は平成13年から千葉大学、太洋興業株式会社と共同で閉鎖型苗生産システムの開発に関する研究を始めた。また、同社は社団法人農林水産先端技術産業振興センター(STAFF)の補助金を得て、太洋興業と共同の研究開発を行った。このときは、ベルグアースはトマト苗の育苗技術の確立を受け持った。

こうした幾つかの組み合わせによる共同研究開発を経て、太洋興業が製品化した同システムを、ベルグアースは平成18年に14基導入、翌19年に7基増設した。

こだわりの苗の要求に応える

現在、同社が同システムで作るのはトマトの苗が中心で、すべて受注生産である。発注するのは種苗会社、JA(農協)、農家・農業法人である。

なぜ、閉鎖型苗生産システムなのか。「こだわりの苗、言い換えると、高い水準の要求に応えたいから」と山口社長は言う。

例えば、トマトの花の咲く位置は、通常、季節などの外部環境に影響されるが、閉鎖型苗生産システムでは環境をコントロールできるため、生産者の要求に応えることができる。

「通常のハウス栽培の場合、苗を納入できるようになる日が、予定日と比べ前後に最大4日ずれることがあるが、閉鎖型システムでは見込みと違っても1日程度」(山口社長)。これを支えているのが技術陣だ。

写真4

            写真4 生産部研究技術開発課
                 主任 清水かほり さん

生産部研究技術開発課主任の清水かほりさん(写真4)はこう語る。「トマトといっても、新しい品種が次々と作られ当社で生産しているだけでも何百種類もあるんです。それぞれ生長の仕方が異なるし、育てるための光、温度、水、肥料などの条件も違います。それを見つけるのが研究の1つの柱です。露地、ハウスのデータはそのまま使えませんし」

つまり、このシステムでは野菜の品目、品種の細かなデータをそろえること、そして顧客から要求される苗の品質、納期に最適な育て方を見つけるノウハウが決定的に重要なことがわかる。そのノウハウが同社の強みなのだ。装置を導入すれば誰でも簡単に高品質の苗を作れるわけではない。

清水さんはキュウリ、メロンなどのウリ科を主に担当している。「閉鎖型で育てたウリ科の苗には課題がある。双葉の下の茎の長さが短いことなどで、いま、これらの改良に取り組んでいる」という。

多くの熟練技術者

同社の昨年の売上高は24億円。閉鎖型苗生産施設の苗生産量が日本一とはいえ、この分野はまだ1億円程度だ。

社員は約160名。このほかに年の半分は200名ほどの期間雇用を行う。160名の社員の規模は宇和島市では最大級だ。

年間売上高数億円以上の農業関係の企業というと現場の労働力の大半がパートというイメージがあるが、同社はそうではない。「もっとパートの比率を高めてやろうと思えばできないこともないし、株主から指摘されることもある。しかし、安定生産のためには安定雇用が必要。それに、農業は数値化しづらく、体で覚えることが多いので、社員であれば内部に技術、ノウハウが蓄積される。どこまで社員が行うかは経営者の考え方次第」と山口社長は言う。

写真5

          写真5 ベルグアースの接ぎ木室
               最盛期には120名が、日産
               14万本の接ぎ木を行う

同社が手掛けているのは接ぎ木苗。接ぎ木とは植物の一部を切り離し、別の植物とつなぎ合わせて新しい植物(苗)にする技術(写真5)。例えばカンピョウにスイカを、カボチャにキュウリを接ぐといった具合だ。連作障害や病害虫に強く、生産性に優れ、育てやすい苗になる。同社はミリ単位で切断面、角度の調節を行うなど苗に応じたノウハウを保有し、接ぎ木方法で特許出願するなど技術開発に取り組んでいる。多くの熟練の技術者、研究者を必要としているのである。

「農業で自立」への強い思い

山口社長が「雇用」にこだわる理由がもう1つある。農業高校卒業後、花卉(かき)栽培を手掛けたが事業としては安定せず、25歳の時、野菜苗に一大転換。そして、平成13年、44歳の時にベンチャー企業、ベルグアースを設立した。その間、失敗のたびに山口氏を支えたのは「農業でも自立は可能、やっていけるんだ」という強い思いだった。

いま、世界経済危機で業績不振に陥った製造業各社は社員の雇用調整にまで手を付けているが、それでもこうした企業では、研究開発、販売、知財、経理などの各部門で社員のスペシャリストが働いている。他の業種でやっていることを農業でできないはずはない、という思いだ。

企業的農業で若者に夢を与えたい——山口社長は“世界の中心”で「日本農業に革命を」と叫んでいる。

(登坂 和洋:本誌編集長)