2009年3月号
イベント・レポート
公開シンポジウム「イノベーションと人材育成」
イノベーションと人材育成

2009年1月16日、京都大学経済研究所と独立行政法人経済産業研究所(以下、RIETI)は、公開シンポジウム「イノベーションと人材育成」を開催した。世界同時不況が進行する中にあって景気・雇用対策の推進が焦眉(しょうび)の急であるが、中長期的な経済成長を回復するためにイノベーションの推進が重要であることは言うまでもない。少子高齢化と労働人口減少の中にあって、イノベーション実現の鍵となるのが人材である。

イノベーションと人材の多様性

藤田昌久氏(RIETI所長)は多様な知識を持った人材が交流することの重要性を論じた。藤田氏が米国のクルーグマンらとともに創始した空間経済学は、企業や人口の集積と分散のメカニズムに関する一般理論を構築しようとするものである。空間経済学において、知識創造と交換のメカニズムを明らかにすることは近年の最重要テーマとなっている。藤田氏は、知識人材の多様性がどのように集積力を生み出すかという観点から知識創造と交換のメカニズムを追求してきた。本シンポジウムにおいては、自身の最新の研究成果に基づき、次のように論じた。

新たな知識を創造するためには異なる固有知識を持つ2人が協力することが重要であるが、2人の知識に共通部分がないと共同研究が成り立たないので、固有知識と共通知識の双方が必要である。固定した人物同士で長らく共同研究をしていると共通知識が肥大化して知識創造の生産性は低下するので、次々とパートナーを入れ替えて新たな知識を創造していくことが重要である。

固有知識と共通知識のどちらが重要であるかは各国の経済社会状況によって異なる。日本はどちらかというと同質性重視のイノベーションシステムであったが、1990年代のIT化とグローバル化の進展によって米国に見られるような異質性重視のイノベーションシステムが重要となっており、日本のシステムはうまく適合していないのではないか。今や異質性を持つ多様な知識人材の交流をもたらす新しいイノベーションシステムへの転換が必要である。

知識組替えの衝撃

西山圭太氏(経済産業省産業構造課長)は、藤田氏が論じた異質性を持つ多様な知識人材の交流について、社会の異なる分野間の「知識の組替え」がもたらすイノベーションの可能性という観点から論じた。日本には世界に誇るべき技術やブランドがあるが、各産業に蓄積された知識を業種や組織等の壁を超えて展開する力に欠けており、次のような「知識の組替え」を起こすことが必要である。

第1は、顧客側の固有知識と生産者側の固有知識を組み合わせることであり、現実に世界のさまざまな分野で顧客のニーズをとらえることによってイノベーションが起きている。第2は、欧米でジャパンクールと呼ばれるトレンドのシーズを他産業に応用してビジネスとすることである。中国で爆発的に売れている日本のファッション誌を通じて発信されているファッションカテゴリーなどは応用可能性が高い。第3は、航空機や建機業界で見られるメンテナンス力を競争力に結び付けたり、化学業界で見られるプラントのシステム化の方式をソリューションビジネスとして外販するなど、ものづくりとサービスの融合である。政策としては、このような「知識の組替え」が起こりやすい仕組みの整備が重要である。

理数教育と人材育成

多様な人材の交流とそれを通じた知識の組替えが起こるために、人材そのものの質を維持、向上させることが必要不可欠である。西村和雄氏(京都大学経済研究所長)は、数理経済学と複雑系経済学の分野で国際的な業績を挙げるとともに、学校教育に関して活発な提言を行ってきた。本シンポジウムでは次のように論じた。

1998、99年度に日中韓主要大学の大学生に小学校の問題で数学力の調査を行ったところ、日本の有力国立・私立大学では全問正答できる学生は少なく、数学力の低下が顕著であった。数学離れは理科離れも生み出しており、このままでは日本の技術者は大幅に不足する。このようになった原因としては、1977年「ゆとり教育」、89年「新学力観」、98年「生きる力」を掲げた学習指導要領の実施に伴い小・中・高等学校の授業時間が大幅に短縮されたことなどが大きい。

この現状に対するに、西村氏らが自学自習の教科書をつくって小学校で使用したところ大きな効果が見られた。これを見習って次期学習指導要領には改善が見られるが、学力水準の回復に向けて「ゆとり教育」や知識より態度の評価を偏重する「新学力観」の全面的な見直しが必要である。

地域イノベーション人材をいかにして確保するか

多様な知識人材の交流や知識の組替えならびに理数教育を通じた人材育成に関する議論を受け、地域レベルでの具体的方策を検討するためにパネルディスカッションが行われた。このパネルは [1]関西経済同友会「産官学人材交流委員会」および関西経済同友会、大阪ガス株式会社、近畿経済産業局が中心になって進めてきた「近畿産学官人材交流推進会議」、ならびに [2]2007年11月に、やはり京都大学経済研究所とRIETIの主催により開催された公開シンポジウム「技術革新の担い手となる中小企業とは~京滋地域クラスターの可能性~」*1の議論を背景としている。同シンポジウムでは、筆者が担当した調査結果に基づき、京滋地域にはイノベーションの担い手となる製品開発型中小企業が多数存在することを確認するとともに、これらの企業には技術人材の不足に直面している企業が多いことを紹介した。

本パネルは、これらの会議およびシンポジウムに参加したメンバー(近畿産学官人材交流推進会議から大阪ガス株式会社・横川副社長、近畿経済産業局・尾沢地域経済部長、シンポジウムから株式会社I.S.T・阪根社長、京都大学・牧野産官学連携本部長、尾沢氏、筆者)が、地域産業界におけるイノベーション人材の確保、特に製品開発型中小企業など高度な研究開発人材を必要とする企業に、ポスドク人材を含む大学の若手研究者を活用する可能性について論じた。これについて、給料や好きな研究に取り組めるなど研究人材へのインセンティブ面での配慮(牧野氏)、若手高度研究人材と企業との出会いの場の提供*2(尾沢氏)などの提案が行われた。

雇用情勢悪化の下でも企業の研究開発人材への関心は高い

現下の経済情勢の悪化がどのような影響をもたらしているかとのコーディネーターの溝端氏(京都大学経済研究所副所長)の問い掛けに対して「確かに求人需要は量的には縮小しているが、質的に高度な研究開発人材が必要とされていることに変化はなく、中小企業にとってはチャンスである」(横川氏、阪根氏)との発言が重要なメッセージを発している*2

(児玉 俊洋:日本政策金融公庫 国民生活事業本部特別参与)

*1 :本誌2008年1月号に掲載
URL: http://sangakukan.jst.go.jp/journal/main/200801/pdf/0801-03-2.pdf

*2
翌1月17日に開催された「大学院生・ポストドクター向けイノベーティブ中小企業との交流セミナー」(主催:近畿経済産業局、京都ジョブパーク、(財)京都産業21、JOBカフェOSAKA)では、中小企業5社の説明に対して京都大学を中心とするポスドク、大学院生が定員いっぱいの20名集まり、双方とも高い関心を持って熱心な質疑を行った。また、参加できなかった企業からの問い合わせが相次いだ。

公開シンポジウム
「イノベーションと人材育成」
日時: 2009年1月16日(金)13:00~17:30
会場: 京都大学百周年時計台記念館 百周年記念ホール
主催: 京都大学経済研究所、独立行政法人 経済産業研究所
URL:http://kier.kyoto-u.ac.jp/caps/workshop/sympo_2009116.html