2009年4月号
特集  - 熱い「水」技術とビジネスの課題
太陽光を利用した低消費電力の淡水化装置

松永 栄一 Profile
(まつなが・えいいち)

株式会社エレクトラ
代表取締役社長


淡水化プラントの問題点は、その稼働に膨大な電力を必要としていること。20年後には30億人分の水が不足するといわれるグローバルな課題に対応するには、現実的な選択ではないのではないか―。こうした視点から、東京工業大学発ベンチャー企業のエレクトラは、太陽光エネルギーを利用した低消費電力の淡水化装置開発に取り組んでいる。

株式会社エレクトラは、東京工業大学理工学研究科の矢部孝教授の研究成果を事業化する目的で2007年1月に設立された。東工大発の第38号のベンチャー企業である。現在の主な事業内容は、太陽光励起レーザーの開発、レーザーによるマグネシウム還元技術の確立、太陽光エネルギーを利用した淡水化装置の開発である。将来的にはこれらの技術が弊社の提案する再生可能エネルギーサイクル、マグネシウム社会の基幹技術として1つのサイクルを形成することになる*1。本稿では、弊社が開発を行っている技術のうち、実用化が間近な淡水化装置について説明する。

30億人分の水が不足

水不足の問題は、人類にとって早急に解決しなければならない問題である。2025年には30億人分の水が不足すると報告されている。この30億人分の水というのは計算すると年間1.5兆トン(1日当たり41億トン)となる。よってこの水不足問題の解決には、20年以内に20万トン/日の淡水化プラントを2万基新設する必要があるということである。

仮にこのクラスの淡水化プラントが2025年までに完成したとしても、このプラントを稼働させるためには当然エネルギーが必要となる。しかし消費電力が少ないといわれている逆浸透膜淡水化プラントでさえ60気圧の圧力で駆動する必要があるため、20万トン/日クラスのプラントを稼働させるためには、多大な電力が必要となる。30億人分の水不足を解消するため、2万基の逆浸透膜淡水化プラントを稼働させると使用電力は年間9兆キロワット時となる。これは2002年の世界電力使用量16兆キロワット時の56%に相当する膨大な電力量である。

比較的低消費電力で稼働するといわれる逆浸透膜法淡水化装置でさえこのような状況なので、現存する淡水化装置で将来の水不足問題を解決するというのは現実的ではないように思われる。水不足問題の解決のためには、建設が容易かつ低消費エネルギーで稼働可能な全く新しい淡水化装置が必要となる。

マグネシウムを有効利用

さらには、逆浸透膜法にはいくつかの大きな欠点がある。その1つは海水中のホウ素が除去できないことである。WHO(世界保健機関)の基準では、1リットルの飲料水中のホウ素の量を0.4ミリグラム以下と定めている。これ以上では、人間の生殖能力に影響が出るからである。しかし、最新の逆浸透膜でさえ、まだ1-3ミリグラム残存している。

意外な問題もある。淡水装置の性能が良過ぎると塩などが取れ過ぎて、この塩害をどうするかということも中東では問題となってきている。われわれは、こうした淡水装置から出てくる塩やその他の資源を有効に利用するためのプロジェクトにも取り組んでいる。その1つが、この残存物から得られるマグネシウムの有効利用である。このマグネシウムは、太陽から直接作られた太陽光励起レーザーによって精製され、石炭の代わりとなって発電所の燃料や自動車の電池に使われる。

それでも結局、最も大きな問題は淡水装置を駆動する電気である。この問題点の例をここに紹介しよう。

2007年5月25日のAP通信で報じられたドバイの新型淡水装置建設計画である。日産270万トンの淡水装置に対して、必要発電設備900万キロワットということである。これは、大型火力発電所9基分である。わが国は2050年までに、CO2排出を半減させようとしている。しかし、水をつくるために前述のような淡水化装置を導入すると、20年後にCO2排出量が50%増える懸念がある。こうした淡水化装置を受け入れることはできないであろう。

24時間運転が可能

将来は、われわれが提案するマグネシウム燃焼によって駆動される淡水化装置がその役割を担うであろうが、その前に、今ある技術で緊急な対策が必要である。この解決に有望なものは、太陽などの自然エネルギーを利用した淡水装置である。しかし、現在提案されている装置は逆浸透膜と蒸発式の混合であったり、真空を利用した蒸発方式であったりと、電気で駆動されている逆浸透膜装置の10倍以上の価格となっている。

この問題解決のため、弊社では太陽熱を利用する低消費電力かつ安価な淡水化装置を開発した。この淡水化装置は、逆浸透膜法のように高圧の状態を作り出す必要は無く、常圧で淡水を製造することが可能である。また装置を多段化し、排水による熱ロスを少なくする工夫により、低消費電力で稼働する淡水化装置となっている。

本装置は、太陽エネルギーを利用する装置でありながら、太陽のない夜間を含め24時間運転することができ、現在、日産10トンクラスの装置の試験を行っている。今後、宮古島との協力により2009年8月に、日産600トンのテスト装置を稼動させる予定である。

宮古島に太陽光励起レーザー施設

弊社で開発中の淡水化装置は、低消費エネルギー、低コストの装置だが、淡水化装置自体にはなんら難しい技術は必要としておらず、いわゆるローテクの塊である。新しいのはその発想である。東京工業大学の矢部研究室ではこのようなこれまでにない発想に基づく技術がたくさん存在する。しかしこれらは、いまだ一般的にはなじみのないものがほとんどである。そこでこれらの技術を世に広めるため、ベンチャー企業を設立することになった。これが株式会社エレクトラを立ち上げたきっかけである。

エレクトラの究極の目標はマグネシウムによる循環型社会の構築である。しかし、この目標に対して外部資金を導入するのは不可能であると考えた。われわれも何度も国のプロジェクトに応募したが、すべて落選している。

その理由は「太陽電池で水を分解し、水素を作り燃料電池を使えば、もっと簡単で有望である」ということだった。しかし、水素はエネルギー密度が低すぎるので、貯蔵には向かない。100万キロワットの発電所のわずか1日分でも、1キロメートル四方で高さ10メートルのタンクが必要である。高圧で大型のタンクが作れないからである。

これは、自動車にもいえる。確かに700気圧の小さな自動車用タンクは作れるかもしれないが、それに注入するために、全国に水素タンクを作るとどれくらい大きなタンクが必要かを考えた人がいない。メタンやメタノールを改質して水素を作るという案もあるが、そのときにCO2が発生するとは誰も言わない。

こうしたことから、すべて自己資金でプロジェクトを進めることを決断した。その資金で2007年7月に千歳に太陽光励起レーザー施設(写真1、2)を建設し、現在、世界最高の効率を実現し、太陽光励起レーザーによってステンレス板を切断できるまでになっている。資金さえあれば、1年以内に、必要なレーザー性能を達成できるであろう。

しかし、これだけでマグネシウム社会を構築するまでの資金を確保することは困難なので、まずは、短期間で収入を上げる道を模索したのである。そこで生まれたのが、新型淡水化装置である。これを呼び水にして投資家の外部資金を獲得することに成功し、宮古島プロジェクトが始まろうとしている。

写真1 写真2
写真1 ひまわり型太陽光励起レーザー                     写真2 ハーフパイプ型太陽光
                    励起レーザー

*1
参考文献:日経サイエンス2007年11月号