2009年4月号
特集2  - ものづくり東京・大田区
東工大発のベンチャー起こす
セグメント構造DLCコーティング技術
顔写真

松尾 誠 Profile
(まつお・まこと)

株式会社松尾工業所
代表取締役社長


聞き手・本文構成:登坂 和洋 Profile

(本誌編集長)


東京工業大学(東工大)発のダイヤモンド状炭素膜(Diamond-Like Carbon:DLC)の新しいコーティング技術でベンチャー企業を起こした大田区の中小企業がある。自動車部品や機械用精密部品などの溶接・板金・機械加工を手掛ける株式会社松尾工業所だ。技術と経営、大学との連携、経済危機下の地域経済について聞いた。

——創業75年とのことですが…。

松尾 私で3代目。コア技術は溶接で、当初は本当に金属と金属をくっつけるだけだったようだが、30年ぐらい前から前工程の板金や仕上げも手掛ける。現在、従業員は11人。図面をもらって最終的に部品にして、当社が責任を持って納める取引を行っている。

——自動車などの1つの部品を仕上げるには幾つもの工程が必要ですね。

松尾 この地域は1社1技術みたいなものだから、当然、自社にない技術は地域の他の企業に助けてもらう。横請けとか仲間回しという地域の中小企業ネットワークでのものづくりだ。

——競争力、同業他社に対する優位性はどこで生まれるのですか。

松尾 当社は設計者の意図をくんで品質のレベルを高めようとしている。ほかへ工程を依頼するとき、規格、品質について細かく指示する。

——当然ではないのですか。

松尾 いや、そうでもない。多くの場合、横請けでは品質についての指示が明確でない。また、最近は依頼される仕事の図面の誤りが多い、CAD(コンピューター利用設計システム)の弊害だ。ここ10年特にひどい。そういう場合、当社はエラーがあること、その理由、改善策などを文書にして依頼主に送る。

——そこまでやるケースは珍しいのでは。嫌がられないですか。

松尾 大きく2つに分かれる。面倒なことを言うなら他社に頼むからいいというところと、納得して付き合ってくれるところがある。図面は依頼主の財産と考えている。

——少数派ですね。

松尾 まあ「稼ぐが偉い」という風潮があるから。最新鋭の大型設備を導入するなどして設備頼りの数量を追い求めるだけの経営はしたくない。最後に頼って来てもらえるところにしたいと思っている。

摩耗に強く、すべりがいい

——ベンチャー企業は東工大の大竹尚登准教授(2006年4月~2009年3月は名古屋大学准教授)の技術ですね。

図1

図1 セグメント構造ダイヤモンド状炭素膜コー
     ディング技術

松尾 DLCはダイヤモンドと黒鉛の中間の機械的特性を有していて、摩耗に強く、すべりがいい(低摩擦性)コーティング材として期待されている材料だ(図1)。15~10年前にブームがあったが、割れが入りはがれやすいという課題が出てきた。これを解決するため、基材とDLC膜の間にシリコンの金属膜(中間膜)を設ける方法が研究され広まった。しかし、大竹先生の技術は中間膜を使い、基材の上に碁盤の目のように分かれた(セグメント構造の)DLC膜を不連続に連ねていく方法である。こうすることによってはがれにくくし、しかも摩耗を制御している。会社名はiMott(アイモット)で、2007年2月設立。大竹先生ら東工大関係者3人と私の4人が出資した。資本金は現在710万円。

——産学連携のきっかけは?

松尾 大田区産業振興協会主催の勉強会だ。2002年だと思うが、東工大の清水優史教授が8人の助教授を誘って、それぞれ研究の発表を行った。その中から大竹先生とDLCの共同研究をしたいという人が私を含めて4人いて、2003年にDLC応用研究会をつくった。以来、解散する2007年3月まで毎月、勉強会をやった。その間、研究成果が「イノベーション・ジャパン2005」の最優秀賞を受賞した。

DLC膜を合成する真空装置

——業界ではこの技術はどう評価されているのですか。

松尾 DLC業界では大竹先生のセグメント構造のDLCコーティングは知られている。一方、昨年10月、米国シカゴで開かれた日・米機械学会の機械材料・材料技術講演会でセグメント構造DLCの対フレッチング摩耗に関する発表が最優秀ポスター賞を受賞。さらに同月、ニューダイヤモンドフォーラムで最優秀ポスター賞を受賞した。

——特許はどうなっていますか。

松尾 基本特許の独占的通常実施権をはじめ、幾つかの特許を東工大からライセンスを受けている。そのほか自社開発の技術を幾つか国際特許出願している。

——事業化の見通しは。

松尾 いま、DLC膜を合成するための真空装置のチェックをしている。2009年6月ぐらいから仕事を受けられるのではないか。加工の受注だけでなく装置の販売も考えている。

——ところで、大田区、品川区などのものづくり企業の集積地は超大企業の企業城下町ではないが、今回の世界経済危機の影響は。

松尾 企業城下町でないことは取引先が広いということ。多様性があるのでいいことなのではないか。無論、経済危機の影響は大きい。大田区という地域全体でみれば、企業数の減少というこれまでの傾向に拍車が掛かる懸念がある。もっとも当社は2月に新たに2人若い人を採用した。技術の本質を身に付けるには1年以上かかるのと、仕事が戻って来た時の立ち上がりに間に合うようにと考えているから。

——この地域の企業は産学連携に熱心ですか。地方では下請けから脱出しようと、大学や公設試験研究機関などに相談しながら自社製品開発を目指す企業も少なくないですが。

松尾 東京は小さな工場でも地の利がある。これに甘えている人が多いのではないか。ここ4、5年、大学の研究者と技術について話をする機会や、共同研究するケースは増えているのではないだろうか。東京にはたくさんの大学があり、共同研究、地域貢献などで大学間も競争をしているので、大田区の企業にも各大学から積極的に働き掛けがある。

——ありがとうございました。