2009年4月号
連載  - 若手研究者に贈る特許の知識 基礎の基礎
第3回 日本で特許を取る
顔写真

秋葉 恵一郎 Profile
(あきば・けいいちろう)

東京工業大学 グローバルCOE
コーディネーター/志賀国際特許
事務所 調査部/元 住友化学株
式会社 知的財産担当部長/
技術士(化学部門)

自らの発明について特許出願しようとする際、大事なことはその発明を正確にとらえることである。どこが発明部分であるかをはっきりさせるとともに、その発明部分の作用・効果を抽出して、従来技術と対比することなどである。

発明者と知財部門担当者

研究者の方々が自分の発明について知財担当者に相談するとき、相手の頭の中が自分たちと多少異なっていることを知っていた方がよいかもしれない。模式図的に言うと、知財担当者の頭の中は縦・横のマトリクスになっている。縦の欄には新規性、進歩性、作用効果等の特許要件が、横の欄には発明のカテゴリー、装置の構成要素、化学反応の種類、原料、触媒、反応条件等の技術事項(またはその逆)が多数並んでいる。そこに発明者の情報が入って来ると、あたかもジグソーパズルのピースが埋まっていくように発明の姿が形づくられていく。発明者も大筋そのような仕組みを頭に描いて自身の研究成果を説明すると、相談の効率が良くなると思う。

出願明細書の作成
(1) 発明を正確にとらえる

発明をどうとらえるか、これはコツを含めて既に説明した。出願準備段階では、以下の手順に従って明細書を作成するとよい。

[1] 従来技術との対比によって、できるだけ解決すべき課題を正確に理解すること
[2] 発明部分と発明以外の部分を区別し、機械分野では構造と動作の関係を、化学分野では化合物と効果の関係、反応条件と収率向上の関係をしっかり理解すること
[3] 最も重要なことは、発明部分の作用・効果を抽出し、従来技術と対比しつつ発明のポイントを特定すること
[4] それから、例えば、断面が三角形や四角形の鉛筆ではカバーできないような利点を持つ六角形鉛筆を、利点の本質に留意しつつ言葉で中心となる技術思想を記述すること

(2) 明細書を上手に記載する

[1]特許請求の範囲

特許請求の範囲に記載された発明が特許権の範囲になる。従って、明確でなければならず、権利として要求する範囲の内側と外側との境界線を、客観的に理解できるように記載する。

ただし、これは容易ではない。権利範囲が広くなるように記載すれば、特許権で独占できる範囲は広くなるが、その分公知技術を取り込みやすくなり権利化が難しい。また、明瞭(めいりょう)に記載すれば権利化しやすくなるが、特許権で独占できる範囲は狭くなりやすい。権利取得と権利行使のバランスを両立させるのが良い明細書だが、公知部分や効果の低い部分を含まないように記述するのは文章技術的には大変難しい。言語による表現法、文章力の練磨、対象技術への理解力増進は、日ごろから訓練しておいた方がよい。

[2]明細書本文

特許請求の範囲は明細書本文を基礎とするので、実質的に対応する説明が明細書本文中に記載されていなければならない。実施例や図面を具体的根拠として、当該技術分野の通常の知識を持った技術者が分かるように記述することが肝要である。

また、特許が、発明開示の代償として与えられることから、ノウハウを隠した記載にすると、再現性、実施可能性が無くなるので特許性の主張が難しくなる。

なお、明細書の記載形式は統一されており、以下の要領で記載するとよい*1

【発明の名称】「電気自動車の充電制御方法」のように発明の内容をできるだけ簡潔明瞭に記載する。

【技術分野】その発明の属する技術分野を「本発明は~するための~に関する」というように記載する。

【背景技術】本発明に最も近い公知技術を記載する。もちろん未公開の技術(例えば、自社の出願中の発明等)は記載する必要はない。ただし、特許文献だけに限らない。

【解決課題】特許を受けようとする発明が、従来技術のどんな問題点を解決しようとするものかを解決課題として記載する。

【課題解決手段】特許請求の範囲に記載された構成によって課題を解決するので、特許請求の範囲の記載を繰り返して記載する。

【発明の効果】従来技術に対し優れている効果を、発明の有利な効果として記載する。発明の進歩性を判断する根拠になる。日本の特許庁は効果を重視するので、大切な記載である。

【発明実施の最良の形態】発明者が最良と思う実施形態、各請求項の構成、それらの関連等を具体的に記載する。

【実施例】特許請求の範囲の構成を満たしている場合、満たしていない場合を効果面から具体的に実験例で比較する。

【図面の簡単な説明】図面と符号により、対象発明の構成を可視的に説明する。

【明細書の役割】

(ア) 権利書としての役割
特許請求の範囲が権利範囲となる。
(イ) 技術文献としての役割
第三者が追試できるように再現可能に記載することが求められる。

特許になる発明
(1) 真に保護に値する発明のみが特許される

新技術を公開し第三者の利用に供し、創造意欲と競争意識を与え、その代償として独占権が与えられる産業政策が特許制度の趣旨ゆえ、以下の要件を満たす発明が特許になる。

[1] 新規性=出願前に世界のどこかで公知、公用、刊行物記載されていないこと

出願前にサンプル品を出荷したり、発明の内容を記載した仕様書を配布していると新規性が無くなる。ただし、配布先との間で秘密保持契約を締結していれば新規性は無くならない。また、発明の構成要素のうち一部が新規であればよく、構成要素の個々は新規でなくても、組み合わせが新規であればよい。

[2] 進歩性=発明の構成が当業者に容易に考えられないものであること
(新規性があることが前提)

進歩性の判断にはデリケートな部分があり、専門技術者が容易だと思うものでも案外特許されることが多い。専門家ほど容易に考えられると思いがちだが、発明との比較は公知技術との間でなされるので、迷ったものは出願する方向で検討しないと他社に権利を取られてしまうことがある。発明内容について一番よく知っているのは当該部門の研究者であり、当該研究者の判断基準の方が特許庁審査官よりも厳しいため、“容易に考えられる”と早計に判断してしまいがちである。即断しない方がよい。

[3] 先願性=早い者勝ちの法則

同一の発明なら先に出願した者に権利が付与される。同一発明かどうかは、本願発明の請求の範囲と先願の請求の範囲を比較して判断される。

[4] 拡大された先願=出願後公開された先願に記載されていないこと

出願後公開された先願(出願日は本願より早いが、出願公開が本願出願後である出願)は、新規性を否定する公知刊行物とはならないが、未公開の先願に記載された発明と同一発明となる後願は、何ら新しい技術を最初に公開したことにはならないので拒絶される。この場合、同一発明かどうかは、本願発明の請求の範囲と先願の全体(特許請求の範囲+明細書+図面)を比較して判断される。ただし、先願の発明者または出願人のいずれかが本願と同一の場合は拒絶されない。

【特許になる特殊発明】

1. コンピュータープログラム:2002年の法改正で、プログラム自体も「物の発明」として取り扱われるようになった。ネットワーク上で取引されるプログラムに特許が認められている。
2. 動物新種:ハーバード大学が開発した実験用ネズミが、最近、米国特許商標庁より特許された。遺伝子組み換え技術を利用、がん研究用として作られたもの。日本でも新規性、反復性があれば特許が認められる。
3. 植物新品種の保護:自家受粉で繁殖可能な植物および1代雑種は反復可能性が高いので、日本特許庁は、同一の育種手段を繰り返せば確実に同一結果を再現できる“反復可能性”および発明対象の植物が親植物と特性等で相違する“創作性”があれば発明の成立を認め、特許可能とした。
4. ヒトDNA:ヒトDNA配列に対して、これまで 2,000 件の特許が付与されている(380 Nature 387 [4 April 1996] によれば1981~1995年で世界中で 1,175 件、281 Science 925 [14 August 1998]によればその数がさらに増加している)。

特許にならない発明
(1) 上記要件を満たさない発明

産業政策上保護に値しないことはすぐに理解できるだろう。

(2) 産業上利用できない発明

産業政策から特許制度ができたので、これも理解しやすいだろう。外科的手術方法や人の身体を診断する方法等の医療行為は、人道上広く開放する方が望ましく、また産業扱いは好ましくないとの配慮から特許の対象になっていない。

(3) 明細書に不明瞭に記載された発明

第三者が追試できなかったり、発明の内容やノウハウを秘匿したいがための再現困難なものに独占権を与えることはできないので、これらも特許されない。

(4) 公序良俗に反する発明

紙幣偽造機械、麻薬密輸用デバイスのような反社会的なものは公益的見地から特許されない。これも理解が容易だろう。

(5) 特許法上発明として取り扱われない発明

計算方法、ゲームのルール、フォークボールの投球方法等の自然法則を利用していないようなものは、特許法上“発明”として扱われないので特許されない。ただし、それらをコンピューターソフトにしたゲーム機器やピッチングマシーンは特許される。産業上の利用可能性が分かれ目になっている。

特許にするためには審査にパスすることが必要

特許権という法律上の権利にするためには、当然のことながら国による審査に合格することが必要であり、このために特許庁審査官が一定形式の明細書に基づいて審査をする。その中で、出願明細書が技術文献としての役割があるため出願公開があり、権利書の役割があるため拒絶する理由を出願人に知らせ、出願人に反論の機会を与える。そしてできるだけ短期間で権利書を作成するため新規性、進歩性だけでなく、明細書の内容も明確にする審査が行われる。具体的には(図1)の手続きの流れに従う。

(1) 審査官による審査
図1

図1 日本特許庁での手続き

[1]拒絶理由の通知

拒絶理由は、既に公開されている特許に本願の発明が記載されており、クレーム(特許請求の範囲)が全体として、あるいは一部新しくないとか、容易に発明できるものだというときに審査官から発せられる。いわゆる「新規性、進歩性欠如」である。また、明細書のある部分の表現が間違っているとか明瞭でないと指摘されることもある。これが「記載不備」である。

審査官は通常の技術知識を持っている者の立場に立って判断するが、発明を本当によく知っているのは発明者である。両者で発明のとらえ方、公知技術の課題を解決するための困難性や効果の技術的価値等の考え方が異なるのは当たり前である。従って、審査官による「新規性、進歩性欠如」「記載不備」への指摘があることは理解できる。

[2]意見書の提出

審査官はまずクレームを見て、明細書の中身、従来技術の課題や実施例を見るので、課題を解決するために試行錯誤した発明者とはクレームの見方が異なる。どちらかというと“後知恵”で発明を見るためか、発明が容易になされたと思いがちである。従って、自分の発明がどのように公知文献の発明と異なっているか、また従来技術の組み合わせと言うが、その組み合わせを着想することが専門家にとって必然性が無く簡単には思い付かないこと、自分の発明によって今までに無い効果が得られたこと等を拒絶理由の論点ごとに反論する必要がある。このとき、公知文献を組み合わせた審査官の「進歩性欠如」の“論理付け”をよく理解した上で、また「記載不備」にはどこまで対処すればよいかをよく考えた上で意見表明する必要がある。前者では思考の論理的構成力が、後者では技術事項の表現力が要請される。日ごろの地道な努力がものを言う。

(2) 手続きの補正

場合によっては、クレームした発明を減縮して公知部分を除くか、構成要件を付け足して公知技術と区別して拒絶理由をクリアしてもよい。これが「手続き補正」である。ただし、最初の明細書に記載されていない事項を追加すると、拒絶・無効理由になるので注意を要する。

当初の発明を減縮すれば特許を取ることはたやすいが、権利範囲が狭くなり特許を取っても効果が期待できない等の問題が出てくる恐れがある。そのため、以下に示す不服申し立てを恐れない気概も必要である。知財部門の専門家とよく相談することが望ましい。

【拒絶査定への対処法】

特許庁での手続きは“拒絶査定”が最後ではなく、これに対して不服申し立てが可能である。特許庁の中では「拒絶査定不服審判」が、それでダメなら高等裁判所(知財高裁)での「審決取消訴訟」を提起できる。