2009年6月号
特集  - 産学官連携の新たな挑戦
細野秀雄・東京工業大学教授
材料科学の“新大陸”を発見
研究にオール・オア・ナッシングはあり得ない
顔写真

細野 秀雄 Profile
(ほその・ひでお)

東京工業大学 教授




材料科学の分野で、世界中をあっと言わせるホームランを次々とスタンドにたたき込んでいるのが細野秀雄・東京工業大学教授だ。科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業のプロジェクトリーダーを務め(ERATO:1999ー2004、発展研究SORST:2004ー2009)、常識を覆す大成果を挙げた。

細野教授の研究テーマは透明な酸化物。かつては絶縁体、つまり電気を通さない物質というのが一般的だった。ところが細野教授は、教科書に「絶縁体の代表」と記載されていた酸化物でも優れた導電性材料ができることを実証し、科学技術の“新大陸”を発見・開拓してきた。

1本目のホームランは、PETボトルでおなじみのPETの上に、IGZOという酸化物(アモルファス酸化物)で、透明の高性能薄膜トランジスタ(TFT)を作り上げたこと。曲げても機能するTFTで、2004年の成果だ。透明TFTと言えば液晶ディスプレーに使われているのが有名。現在はアモルファスシリコンによるTFTが最も多いが、これに置き換わる新材料の登場だ。

2本目は、セメントの酸化物(12CaO・7Al2O3)。何のこともない普通の材料だが、この物質構造の特殊性(ナノポーラス)を解明し、それを操作することで、半導体(2002年)、金属(2007年)、超伝導(2007年)に変身することを実証した。

3本目のホームランは、2008年2月に発見した鉄系超伝導の発見だ。86年の高温超伝導以来、初めての新系統の物質で、狂騒曲の再現が始まっている。

10年前には想像もつかなかった新しい世界をいかに切り開いてきたのか、細野教授にお聞きした(松尾義之)。



材料研究は10年

「成果を挙げ続ける戦略は何ですか」と聞かれるのですが、それほどの戦略があるわけではないんです。1つ言えることは、この分野が、それだけ肥沃(ひよく)な土地だということです。少なくとも僕はそう思っているから、新しいことを見つけようと探していると、無理せずに自然にいろいろな成果が出てくるんですよ。

セメントの化合物、アモルファス酸化物、鉄系超伝導体と、一見何の脈絡もないように見えるかもしれません。でもやってる本人には筋道はあるんです。すべて、固体酸化物をベースにした材料で、その構造をうまく見ながら、新しい機能を探している。すべてはその結果出てきたことなんです。

材料や物質の研究では、10 年ぐらい食らいつかないと、新しいことには結び付かない。僕の場合も、ERATO とSORSTの合計10 年のプロジェクトで、フレキシブルTFTと30K の鉄系超伝導は、後期に入ってから出たのです。「継続して頑張る」ことが重要ですね。そういう意味では、材料科学は、長期にわたる支援が生きる分野です。一遍に10 億円もらうより、1 年に1 億円ずつ10 年もらう方がはるかに成果が挙がります。

表 細野教授の主な業績

表1

鉄系超伝導を発見して、あらためて「最初にゴールを切るのは気楽だなぁ」と感じます。転移温度が上がったり、ほかから次々と成果がもたらされますが、結局、ルーツは僕らにあるからです。1番だから焦る必要がない。開拓者の特権ですね、当たったときは。

ガラス屋の来るところじゃない

高い電子移動度をもつアモルファス酸化物半導体の物質設計というコンセプトは、1995 年のアモルファス半導体国際会議で初めて発表しましたが、「ガラス屋の来るところじゃない」と嫌み(?)を言われました。そもそも当時は、アモルファスの酸化物でまともな半導体ができるなんて信じられていませんでしたから。

アモルファス半導体の話を耳にしたのは東京都立大学の学生のときで、現在JST 研究開発戦略センター上席フェロー(当時は電子技術総合研究所)の田中一宣さんの情熱にあふれた講演を聞いたのです。いずれ取り組んでみたいと思い続け、1993 年に名古屋工大から東工大に移ったとき研究テーマに上げました。アモルファス半導体の会議で発表したのは、そういう因縁があったのです。

この会議は2000 年ぐらいから風向きが変わり、アモルファスシリコンに代わる新しい半導体が必要で、有力なのは有機物質だと言われている中で、僕らが2003 年に酸化物で高性能なTFT を作って見せたわけです。大きく注目されたのは、2004 年にフレキシブルなTFT を作ったときです。1995 年の発表を覚えていた人がそれなりにいて、10 年前の仕事が出発点であることがよく理解されました。

そしたら、産業界が飛び付き、一気に酸化物の方に傾いてきました。これは想定外でした。2005 年の国際会議に分科会ができ、いきなりプレナリー講演をすることになったのです。

そして2007 年の会議では、ついにアモルファス酸化物の発表件数が、アモルファスシリコンを抜いちゃったんですよ。ガラス屋の来るところじゃなかった国際会議が、です。2009 年の会議でもプレナリー講演を依頼されていますが「あいつが15 年前にこの分野の発端を作ったんだから」ということだと思います。

世界最大のディスプレー学会(TheSociety for Information Display)が、特別功績賞を出してくれました。アモルファス酸化物で高性能なTFTを作り、ディスプレーへの応用に貢献したことが理由。うれしいのは、ディスプレーの専門家でもなく、ただ新しい酸化物のアモルファス半導体を作りたいと思って始めた仕事が実を結んだことですね。

この仕事は、実は別の見方ができるんです。半導体の基本はシリコンです。アモルファスシリコンは、シリコンという名前があったから注目された。そして「アモルファスシリコンで成立している理屈は、すべてのアモルファス半導体に成立する」とみんなが勘違いし、酸化物なんてゲテモノが使えるわけがないと思ったんです。しかし、酸化物ではアモルファスでも大きな電子移動度が見られるのには、きちんとした理屈があるのです。

アモルファス半導体一般の中で、共有結合性の半導体は、半分なのです。日本全体を見たとき、結晶シリコンは東京で、銀座通りもあるし地図もよくできているけど、非常に狭い領域にすぎません。名古屋には名古屋の、九州には九州の良さがある。僕らはそういう広い視点で仕事をしてきたから、新世界を開くことにつながったのでしょう。物質を広く眺めるのは大事だと思います。

オリジナリティーの系譜から

1993 年に東工大にくるまでは、名工大にいました。ガラスのエキスパートである阿部良弘先生(研究室のボス)は、オリジナリティーの高い人です。あんなにオリジナリティーのある先生、そうはいません。学生時代の恩師でした都立大(後に東工大)の川副博司先生もまた、すさまじくオリジナリティーのある人でした。共に、ある意味で、研究の実績だけで生きてきた方です。逆に言うと、オリジナルな研究をやらなかったら、競争にならないわけですね。彼らの基準ははっきりしていて、日本の中の評価なんかどうでもいいから、世界が認める研究をすること。そういう点では、両先生とも非常に厳しい方でした。

世界が認めて、明らかにその人がいなかったらできない仕事がオリジナリティー。研究とは、人と違ったことをやる孤独な仕事なんだと肌身に感じました。

ERATO のプロジェクトリーダーに推薦された経緯は正確には知りません。ERATO担当のJST 職員が、いろいろな人に聞き取りをして候補に挙げてくれたのだと思います。取り上げられた業績は、たぶん、ガラスの点欠陥の研究とアモルファスの酸化物半導体でしょう。この段階で、よく推薦してくれたと思います。そういう意味では、僕にとっては本当に偶然に近いのです。でも結果として、JST には「目利き」の職員がおられたということですね。ERATO に拾ってもらわなかったら、短期間でここまでの成果は得られなかったでしょう。

ERATO のリーダーはやっぱり厳しいです。人のまねなんかしたら、すぐばれてしまう。「あんなに金もらって、ろくな仕事やってない」と研究者の評価は厳しいです。成功したか失敗したか、自然にわかってしまう「針のむしろ」です。

セメント材料のヒントは学生実験だった

ERATO の研究構想を出すとき、自分のやってきた仕事を振り返りました。そして、自分のやってきた中から、小さくてもいいから、今なお不思議で、どうしてもやりたいテーマを選ぼうと考えました。その1 つがセメントの化合物だったのです。

セメントの材料は、何か出てきそうな気がして仕方なかったんですよ。このテーマは僕にとって歴史が古く、1986 年にそのガラスが感光する現象を見つけて、ドイツの第1 回オットー・ショット研究賞を頂いています。何も加えていないセメントのガラスに紫外光を当てるだけで感光する、という非常に不思議な現象で、そのメカニズムを解明したのです。

きっかけは、名工大で石灰とアルミナを混ぜてセメントを作る学生実験を見ていた時でした。早く済ませるために、いったん溶かすんですが、それを流し出すと、赤い色になって、冷めても黄色い。「あれっ」と思いました。石灰とアルミナで色がつくはずがないからです。

何か、面白い現象があるに違いないと直観しました。そこで高純度の試薬をもらって作ってみても、同じことが起こる。こうして作った感光性ガラスは、光を当てると褐色に着色し、光を切っても消えない。ところが、ガラスを溶かす条件を還元性雰囲気にすると、光が当たったときだけ青くなって、その後消えるガラスができた。成分がまったく同じなのに、溶かす条件を酸化性の雰囲気と還元性の雰囲気に変えるだけで、2 つのフォトクロミック・ガラスができてしまったんです。

セメントに電気が流れた!

ERATO を始めるときに、何であんなことが起きたのか、不思議だと思い返しました。もしかしたら、結晶に秘密があるのかもしれない。そこで、粉末、薄膜、単結晶の全部をそろえて、材料研究の理想型として研究してみようと始めました。それがうまくいった。単結晶がなかったら、わからなかった。

まず当時のガラスを再現するため、酸素のある雰囲気で作ってみた。言われた学生はまじめだから、ボンベからきちんと酸素を流して作った。そしたら、名工大の時とは全然違うものができてしまったのです。分子構造の籠の中に入っていたのは、O-(オー・マイナス)といって、こんなにすごいの見たことない、というぐらい強い酸化力のイオンでした。この発見は偶然です。

次に、今、東工大の別の部門の准教授をしている林克郎君(当時は博士研究員)に「これを還元して」と頼んだ。彼は水素を流したのですが、できたもののエックス線回折の測定をした後の試料には、エックス線が当たった位置が着色していたんですよ。「これ、先生が昔見つけたやつですよね」と持ってきた。「いや、色が違う」。昔は黄色だったのに今度は緑だったのです。

結晶で緑になるはずがないので、もう1 回やってもらいましたが、間違いない。そして光吸収をはかってみたら、可視域は通るのですが、赤外域が通らないんです。赤外域が通らない(自由電子による吸収)と電気が流れる現象があるので、あるいは……。実験してみたら、やっぱり電気が流れていたんです。

あんなにびっくりしたこと、いままでないなあ。セメントに本当に電気が流れちゃったのです。キツネに化かされているんじゃないかと、まず林君が僕のほっぺたをつねる。僕もつねったんですよ。

この仕事はNature に出たけれど、その発表がされる前に、新聞社の人が北澤宏一先生(現在、科学技術振興機構理事長)のところにコメントをいただきに行ったんです。北澤先生はMIT でアルミナの研究で学位を取った専門家で、アルミナがどのぐらい電気を流さないか1 番よく知っている。第一声は「ガセネタじゃないの」。かくかくしかじか、こういう理由らしいと説明を聞いたら「それならありうるかな」。この反応は1 番うれしかった。アルミナを1 番知っている人が「もしかしたら」と思ってくれたからです。

その後この物質は、金属になって、超伝導になりました。でも、超伝導になった時よりは、電気が流れた時の方がうれしかった。学生実験だって、よく目を凝らしてみると、ネタがたくさんあるんですよ。

材料科学の条件は、社会に役立つこと

よく「挑戦的なテーマはオール・オア・ナッシング」と言う人がいますが、それを聞くと「ああ、この人は本当の研究をやっていないな」って思います。そんな研究などあり得ないからです。一生懸命やっていると、必ず新しい考え方やヒントが出てくる。物質は多面的だから、ある面で切ったら見えないかもしれないけど、別の視点で切れば、必ず新しい顔を見せてくれるんですよ。

材料科学を縛るのは、世の中のために役に立つ、それを目指すことだけです。すぐに役立たなくても構わないけれども、いずれ必ず社会の役に立つことをする、それを目指すのが材料科学の最低条件なんですね。

インタビューを終えて 聞き手・本文構成:松尾 義之
株式会社白日社 編集長/
東京電力科学誌「イリューム」編集長

あまり伝えられないが、日本の科学技術の本当の強さは「本物の研究」がきちんと存続・支援されているところにある。正式な組織があるわけではないが、きちんとわかっている人々がいて「あの人の仕事はいい」と評価している(としか考えられない)。当の研究者を含む彼らを、私は「豊かな地下水脈」と呼んできた。細野先生もまたその1 人、ピカピカの一級品としか言いようがない。

1986 年の超伝導騒動の折、後にノーベル賞を受賞するミュラー博士にロンドンで失礼な質問したことがある。「あなたが発見の根拠としたヤン・テラー・ポーラロンを信じている科学者は皆無のようだが……」。博士は壇上から私の席までやって来て、持論をまくし立てた。こっちも「なら、どういう実験で証明するのか」と反論すると、最後は「I will do」だった。クリスマス講演会で有名な講堂での出来事である。卓越した科学者に共通するのは、深い知識と合理性に基づきつつ「極端にバイアスをかけた論理」を展開することだ。細野先生にこの話をしたら、「それが“信念” なんです」と切り返された。「ただ、女房に言わせると“僕の勝手な思い込み” になる」。一級の科学者は話術も1 つ抜けている。