2009年6月号
特集  - 産学官連携の新たな挑戦
研究開発成果の実用化
オープン・イノベーションをどう活かすか
顔写真

諏訪 暁彦 Profile
(すわ・あきひこ)

株式会社ナインシグマ・ジャパン
代表取締役社長


企業は、難易度が高く複雑な技術開発を、短期間で、かつ少ない予算で実現することが求められるようになった。こうしたなかで、社外の組織の持つアイデアや技術を取り込むオープン・イノベーションは欠かせない研究開発手段となり始めている。

不可欠な研究開発手段となったオープン・イノベーション

1 つの製品・部品を完成させるのに必要な技術が多様化・高度化し、それゆえに、多大な費用も時間もかかるようになった。しかし、その分時間をかけて開発することが許されているかというと、むしろその逆だ。また、複雑な分利益が取れ、研究開発により多く投資できるようになったかというとそうでもない。右肩上がりで成長できた時代は、増えた分の開発コストも売り上げの増加で吸収できたが、昨今は世界経済自体が縮小していて吸収しようがない。

図1

図1 1 つの製品・部品に関する企業の研究
     開発の傾向

より多くの、難易度が高い複雑な技術開発を、短期間で少ない予算で実現する、という一見かなりむちゃなことが求められる時代になった。少なくとも、すべてを自社で1 から開発していては要求を満たせないのは明白だ(図1)。


図2

図2 社外の組織の持つアイデアや技術を取り
     込むメリット

幸いなことに、すべてを自社で開発しなくても良い環境も整い始めている。技術の多様化・複雑化の要求が、世界的な大学や国立・独立研究所の所属する研究者の増大をもたらした。また、技術の高度化要求が、材料・加工技術・センシングなどの部分技術に特化した研究者や中小・ベンチャー企業の増大をもたらしたためだ。

外部の組織がリスクを取って開発した技術のうち、自社のニーズに合う技術を選択的に取り込むことができれば、開発期間も短縮し、失敗リスクが減るためコストも抑えることができる。社外の組織の持つアイデアや技術を取り込むオープン・イノベーションは、いまや不可欠な研究開発手段となり始めている(図2)。

日本企業におけるオープン・イノベーションの取り組みの現状

この2 ~3 年「オープン・イノベーション」により、研究開発の効率化を目指すという方針を打ち出す日本企業が増えてきた。大きくは、Linux やApple 社のiPod のように社外の組織が考案した商品アイデアを改良して事業化するタイプのものと、P&G(プロクター・アンド・ギャンブル)社のファブリーズのように、自社で商品アイデアを実現・強化する上で不足する技術を社外から取り込むものに分類できる。

外部の組織は企業が事業化を判断する上で満たすべき基準を知らないため、実用化に耐えうるアイデアを提案できることはまれで、企業側も相手の提案をマネジメントすることは不可能に近い。一方、後者の課題解決型オープン・イノベーションは「難易度が高い複雑な技術開発を、短期間で少ない予算で実現する」という今日の研究開発の悩みに、直接的に応えることができるマネジメント可能な手段であるため、本稿では課題解決型オープン・イノベーションに絞って論じたい。

P&G の「Connect + Develop TM」戦略に代表されるように、戦略の1つとして技術・製品開発活動の一部に昇華させている企業があるため、課題解決型のオープン・イノベーションは、欧米企業を中心に普及している印象があるかもしれない。しかし、グローバルに課題解決型オープン・イノベーションの支援を行うナインシグマを経営する筆者の経験では、日本でも既に50 社以上が「課題解決型オープン・イノベーション」を実用的な手段にするべく取り組み始めており、大きく遅れてはいない。

とはいえ、日本に限らず世界中のほとんどの研究者は「技術課題は自分で解決するもの」ととらえている。このため、まずは「自社の個別具体的な課題の解決策を外部に求めることが、検討の価値があることだ」と社員が思えるようにすることが必要だ。P&G をはじめ、ほぼすべての企業が「課題解決策を外部に求める」ことのトライアルから始めて、その成功体験を積み重ねることによって、課題解決型オープン・イノベーションの組織的な普及を図っていく方法を取っている。

トライアルを始める前の段階では、日本企業の多くは、技術ニーズの開示や、技術の目利き、知的財産にかかわる交渉の難しさなどを心配する。しかし、実践を通じて、技術ニーズの開示はコントロールでき、自社の具体的なニーズに対して複数の提案を比較評価することは想像より容易で、事前に条件を提示しておくことにより知的財産の所有権・利用権の合意形成も比較的スムーズに進められることに気付く。

同時に多くの場合、社外の組織に、何を、どこまで求めて、自分たちがどの段階からどのように引き継いでいくのかを、十分に検討していなかったことにも気付く。不十分さを補おうとして初めて、事前に何をどこまで検討し合意しておくべきなのかを見いだすことができるため、この経験は貴重である。研究開発のニーズや進め方は会社ごとに大きく異なるため、いくら他社の事例を勉強したところでこの気付きは得られない。

課題解決型のオープン・イノベーションでは解決したい企業
側が事業化の判断基準を考慮した上で開示
図3

図3 課題解決型のオープン・イノベーション
     の効率

この経験を、トライアルを担当したスタッフにとどめず組織的に展開・進化させられる企業こそが、外部の組織から見ても、自らの技術の実用化を高い確率で実現してくれる「望ましいパートナー」となり、「課題解決型オープン・イノベーション」のメリットを享受できることになる。このようなスキル・経験を持つ日本企業も増えてきており、さらなる発展に期待したい(図3)。

技術を開発・保有する側としてこの機会を活かすには

既に述べたが、自らが持つ技術の用途を考えて企業に働き掛けても、外部の組織からは想像し得ない個々の企業の事業化判断基準があるため、実用化に至らない可能性は非常に高い。

一方、課題解決型のオープン・イノベーションでは、解決したい企業側が事業化の判断基準を考慮した上でニーズを開示するため、大学や研究所などの技術保有組織にとっては、提案して選んでもらえることができれば、技術の実用化の可能性は大きく高まる。前項で述べたように、課題解決型のニーズは今後増えていき、ニーズを持った企業側の慣れに伴い質も高まっていく。大学の産学連携部門や知財本部は、現在シーズの売り込みに費やしている時間の一部を、課題解決型のニーズをより多く集め先生に紹介することに費やすことにより、マッチングの効率を大きく高めることが可能となる。

ナインシグマは現在、年間数百件規模の課題解決型ニーズに対し、1万件規模の提案を集めている。そのうち数百件は日本からの提案だが、残念ながらその多くは選ばれるための魅力に欠ける。提案技術のレベルは決して低くなく、むしろ高いくらいだが、自らができていること、したいことしか書いておらず、技術を求めている側が知りたいことに答えていないためだ。

依頼主の要求を理解し適した提案を書くには、それ相応の「慣れ」が必要となる。そのため、欧米では(大学ではないが)複数の技術開発組織のエージェントとして、代わりに提案を書く組織も多く存在する。中長期的には、おのおのの研究者に、企業の目的と求めている支援の形を理解した上で、現時点でどこまで答えることができ、今後どこまで伸ばすことができるのか、ほかの技術アプローチと比べてどこが優れているのかを、根拠と現実的な計画とともに示す提案力を高めてもらうことも必要だ。しかし短期的に、保有する技術の価値を正しく評価してもらい実用化の確率を高めるためには、大学の産学連携部門や知財本部が提案作成の支援を行うというのも有効な方法だと考える。

オープン・イノベーションを活かす上での鍵

技術を必要としている組織にとっても、技術を持っている大学や研究所などの組織にとっても、今後、課題解決型のオープン・イノベーションの機会は増えていく。これらの機会を活かす上では、必要とされるスキルを意識して、組織として築いていくことが鍵となる。