2009年6月号
特集  - 産学官連携の新たな挑戦
水素エネルギーの有効性とその課題
食品廃棄物の微生物分解により水素生産

三谷 優 Profile
(みたに・ゆたか)

サッポロビール株式会社
価値創造フロンティア研究所
研究主幹

現在、水素は主に化石燃料から製造されている。簡単でコストが低いからだが、環境の面から見ると、再生可能な資源からつくるのが望ましい。サッポロビール株式会社、広島大学などのグループは、食品廃棄物を微生物分解することで水素を生産するシステムの確立に取り組んでいる。

はじめに

燃料電池は水素をエネルギーキャリアに使用し、発電時の温室効果ガス排出が少ないクリーンなエネルギーに位置付けられる。今日、水素は産業ガスとして化学や食品産業原料に使用されているが、自然界に単体としてほとんど存在しないため、何らかの原料から製造しなければならない。国は2009 年4 月に公表したエネルギー分野の「技術戦略マップ」*1においても、水素を「運輸部門の燃料多様化」や「新エネルギーの開発・導入促進」などのいずれの政策目標にも掲げ、目標達成の技術ロードマップに組み込んだ。

水素の給源

今のところ、世界で使用されている水素の大半は簡易で低コストという理由で化石燃料から製造されているが、環境影響の点からは再生可能資源の利用が望ましい。前述の技術マップなど*12では、取り組むべき水素製造技術の1 つとして「バイオマス・廃棄物の利用」を挙げている。これら以外の給源には、鉄鋼や化学工業の副生水素、太陽光などの自然エネルギー由来電力による水の電気分解、原子炉の高温熱源を利用する水の化学分解など多様な生産方法が提唱されている。

バイオマスからの水素生産

バイオマスを原料とする水素生産方法は生物化学的方法と熱化学的方法に大別される。前者は水素発酵と呼ばれ、ある種の微生物が栄養源であるバイオマス由来の基質を分解する過程でエネルギーを獲得して水素を生産する。食品残渣(ざんさ)系バイオマスは食料に由来するため、デンプンやタンパクを主な構成成分とする。微生物は加水分解酵素(糖化酵素など)を生産してこれらを分解して比較的容易に資化する。草本木質系バイオマスはリグノセルロース主体の構造をとるが、これを分解する加水分解酵素は一部の微生物しか生産しないので、水素発酵に供する場合は水素発酵微生物が取り込めるサイズにまで低分子化しなければならない。水素発酵のほとんどは液相反応であり、基質は液相中に溶解している必要がある。しかし、生産される水素はガス体なので、反応系である発酵液からの分離に、エタノール蒸留に用いられるような多大なエネルギーは必要ない。微生物反応は過激な反応条件を用いる必要がない反面、水素の生産速度は熱化学法に比較して小さく大型の装置を必要とする。熱化学法ではバイオマスを数百度の無酸素条件下や高温高圧水によって分解して生産する。熱化学法には過激な反応条件に耐える反応装置と、分解反応を行うための熱供給が必要である。

食品廃棄物を原料とする水素生産のフィールドテスト
図1

図1 フィールドテストの概略



図2

図2 生物化学的水素生産の仕組み



写真1

写真1 フィールドテスト実施設備

筆者らは平成19 年度より3 年間の計画で環境省委託の地球温暖化対策技術開発事業、課題名「食品廃棄物のバイオ水素化・バイオガス化に関する技術開発」を実施している(開発代表者:広島大学、共同実施者:サッポロビール(株)、ほか5機関)。本技術開発では、食品廃棄物(日本国内で年間18.9 百万トン発生*3)からエネルギー回収率*460%以上で高効率エネルギー回収を行うカスケードプロセス「水素・メタン発酵生産、残渣の超臨界水バイオガス化」(図1)のシステム確立を目指している。このシステムの中で水素発酵プロセスは原料である食品廃棄物の低分子化と水素ガスの獲得を担う。食品残渣を発酵原料に使用する際の最大の課題は、水素生産に悪影響を及ぼす汚染性微生物の排除である。食品は文字どおり栄養に富み、時間経過に伴って各種雑菌が増殖しやすい。水素発酵はエネルギー生産を目的としているので、発酵操作に投入するエネルギー量が回収エネルギーを上回っては意味がない。従って、原料である食品残渣を熱殺菌せずとも、雑菌に打ち勝って旺盛に水素生産する微生物種が必要である。筆者らは国内各地の土壌をサンプリングし、この中の下水処理場余剰汚泥から効率よく水素生産する嫌気性の中等度好熱菌を分離した。本菌株はデンプンなどの糖質を酢酸や酪酸などの有機酸に分解する過程で水素を生産する(図2)。フィールドテストは広島県北広島町のタカキベーカリー千代田工場内に設置したパイロット設備で実施している(写真1)。水素発酵リアクターの容量は5 キロリットル。原料の食品廃棄物には同工場の製造残渣である製パン残渣と同社関連のレストランから食品残渣を収集して供している。本パイロットは原料200 キログラムあたりの日量4 万リットルの水素生産を目指している。目標とする水素製造単価は国のロードマップである1 立方メートルあたり40 円である。

*1
独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構.“技術戦略マップ2009”.( オンライン),入手先< http://www.nedo.go.jp/roadmap/
index.html >,(参照 2009-5-11).

*2
独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構.“地球温暖化を抑制する水素エネルギー社会を目指して”.よくわかる!技術解説.(オンライン),入手先< http://app2.infoc.nedo.go.jp/kaisetsu/fue/fue02/
index.html >,( 参照 2009-5-11).

*3
環境省.“環境統計集”.(オンライン),入手先< http://www.env.go.jp/
doc/toukei/index.html
>,( 参照 2009-5-11).

*4
得られたエネルギー量/(バイオマスが持つエネルギー量+投入エネルギー量)