2009年6月号
特集  - 産学官連携の新たな挑戦
産業界との融合的連携研究プログラム
~産学技術移転の新モデル「バトンゾーン」~
顔写真

生越 満 Profile
(おごし・みつる)

独立行政法人理化学研究所
知的財産戦略センター
知的財産戦略グループ
企画戦略チーム チームリーダー

理化学研究所では、産学技術移転の新モデル「バトンゾーン」というコンセプトのもと「産業界との融合的連携研究プログラム」をはじめとする諸制度を推進している。従来の「リニアモデル」との違いは?

「バトンゾーン」とは

独立行政法人理化学研究所(理研)では、研究成果を効果的に産業界へ技術移転することを目指し、理研の研究者と企業の研究者・技術者が、1 つのところで、一定期間、同じ方向に、全力で突き進む場と制度を設け、これを陸上競技のリレーを模して「バトンゾーン*1」と呼んで推進・運用している。

この制度の中核となるのが「産業界との融合的連携研究プログラム」である。2004 年の制度開始以来、現在までに多くの技術移転の成功を収めたことから、理研ではこの成功を基に、これまでに整備してきたさまざまな制度の位置付けを図1 のように整理している。

産業界との融合的連携研究プログラム

基礎研究を産業界の視点で見た場合、そこから生まれる研究成果(バトン)は、市場の要求(バトンの受け手)も社会的価値(バトンの内容)も不明確な場合が多い。一方で、企業活動はそのいずれもが明確でなければならないから、産業界への技術移転とは、この対極にある活動の間の橋渡しであるということができる。しかし、これまでは、研究成果の社会的価値を明確にするということで特許出願をするものの、受け手は依然として不明確なまま実施されずに埋没するか、受け手を明確にするということで特定の企業と共同研究を実施するものの、研究者の興味と企業側の目的とが整合せず実用化に至らないといった例が少なくない。

図1

図1 理研の「バトンゾーン」

「産業界との融合的連携研究プログラム」は、理研と企業の共同研究の一形態であるが、そこで実施する研究課題とともに、研究を指揮するチームリーダーを企業から受け入れることを特徴とする制度である。理研の中に理研の研究者と企業の研究者・技術者との混成チームを作ることで、論文や特許などのいわゆる形式知だけではなく、ノウハウやコツといった暗黙知までも効果的に移転することが可能となる。チームリーダーは、自社の市場調査や技術動向調査の担当者を応援団としてビジネス面の全責任を有し、理研から参加する副チームリーダーは、理研の研究設備や協力研究者、研究支援部門を応援団として技術面の責任を担うことになる。このように役割分担を明確にすることは、理研と企業という異文化の共存による不要なトラブルを回避する一助にもなる。

また、このプログラムは3 ~5 年の時限付きであり、期間が終われば、チームリーダーは企業に戻り、副チームリーダーは研究室に戻る。理研の研究者は本業が研究であり、自身の研究成果が実用化されることに関心はあっても、その多くは最終的な製品化まで携わることはない。しかし、このプログラムを経験することによって、直接的には出願特許の補償金が期待できるし、間接的には産業界のニーズに接することで自分自身の研究テーマに新機軸を見いだすことも可能となる。一方、企業側の参加者は、プログラムによる技術移転が順調に進み新規事業に発展すれば、企業内での実績となることはもちろんのこと、理研内での交流や学会参加の機会に構築する人脈形成なども将来の大きなメリットとなるに違いない。

プログラムマネージャーの役割

チームリーダー、副チームリーダーと並んで、このプログラムで重要な役割を演ずるのがプログラムマネージャーである。プログラムマネージャーは、プログラム全体の円滑な運営に責任を持つので理研の知的財産戦略センター長が務め、予算配分、人事、計画の修正・中止に及ぶ強大な権限を有する。このプログラムは、理研と企業という異文化が衝突する場であり、それぞれの利害や思惑が交錯することから、対立に発展する可能性を常に持っている。悪くすると、当事者同士の感情のもつれに発展して取り返しのつかないことになりかねない。

利害対立の場で効果的な調停を行うためには、調停者が、時には計画中止も含む強大な権限を持つことが必要である。計画の提案段階から、このような調停には企業機密が絡むので、外部委員を含む委員会方式で結論を出すわけにはいかない。強大な権限を持つプログラムマネージャーの下、少数の固定メンバーが守秘義務を前提にトラブルの解決に当たることになる。プログラムマネージャーは、研究活動と企業活動の両方を理解し、時に実施上の重要な決定を行い、研究成果を産業界に技術移転するために必要不可欠な役回りといえる。

「バトンゾーン」のこれから

理研のバトンゾーンは、このほかにも、企業の中長期的な開発領域に取り組む「産業界との連携センター制度」や、研究者自らが研究成果の実用化や普及のために起業したベンチャーを支援する「理研ベンチャー支援制度」がある。2008 年には、研究投資会社との連携*2により、理研技術を実業化に向けて成熟化するためのプログラムを開始するなど、常に発展的なダイナミズムを持っている。

理研は、1917年の創立以来、わが国の産業発展に尽くしてきた輝かしい歴史を持ち、その精神は現在も脈々として研究活動の底流に生き続けている。常に異文化を取り込み、必要に応じて「バトンゾーン」の見直し、また新しい制度を構築するなど、研究による社会貢献を目指し、理研は挑戦し続けている。

*1
「バトンゾーン」の諸制度については、理研知的財産戦略センターのホームページを参照。http://r-bigin.riken.jp/bigin/
また、同センターでは、理研の技術移転に関する歴史や「バトンゾーン」諸制度の現状や将来構想について、1冊の本にまとめた。
理化学研究所の挑戦 産学技術移転の新モデル「バトンゾーン」. 丸山瑛一監修. 理化学研究所知的財産戦略センター編. 日刊工業新聞社,2009,182p.

*2
http://www.riken.jp/r-world/info/info/2008/081030/index.html