2009年6月号
特集  - 産学官連携の新たな挑戦
京都大学のiPS細胞の知財管理
顔写真

山本 博一 Profile
(やまもと・ひろかず)

京都大学産官学連携センター
特任教授


京都大学の山中伸弥教授が発明した、ヒトの体細胞から多能性幹細胞を人工的に作製する技術は再生医療の基本的な技術であり、創薬のツールとしても注目されている。その研究成果の一刻も早い社会還元が求められている。同大学のiPS細胞知財戦略のポイントは、その知財管理・技術移転を行うiPSアカデミアジャパン株式会社を、学外の組織として設立したことである。

iPS 細胞の発見とその実用化

2007 年11 月、京都大学の山中伸弥教授がヒトの体細胞から多能性幹細胞を人工的に作製したことを報告した。このiPS 細胞(人工多能性幹細胞)の作製は画期的な科学上の発見であるのみならず、再生医療や細胞移植医療における重要かつ基本的な技術の1 つとして、また創薬のツールとしても注目を集めている。

この生まれたての成果の実用化には、iPS 細胞を作製するための基本技術のさらなる発展とともに、iPS 細胞から機能細胞への分化誘導技術の発展が不可欠である。この分化誘導技術は先行するES細胞(胚性幹細胞)で発展した技術も利用して進められている。

iPS 細胞研究の成果を一刻も早く社会へ還元するためには、このような多岐にわたる研究開発を国内外の多数の大学研究機関が壁を越えて協調し、同時並行的に行うことが必要となる。そのためには、これらさまざまな技術にかかわる多数の研究機関の知財の円滑な利用が不可欠となる。

このような状況の下で、iPS 細胞の実用化を促進するには、本技術の権利を1 機関が独占し、この技術の研究開発を抑制することがないように、また一定の条件のもと、国内外の多数の研究機関が保有する権利を相互に利用できるような創造的かつ協調的な組織の構築が必要とされる。

関連の知財を相互に利用する環境を整えるために、それらを所有する国内外の研究機関と国際的な交渉を行う実務者の確保、迅速な意思決定体制、また重要な特許を海外の多数の国に出願する経費の確保、さらには出願を維持し、管理するための自由な資金を確保することは、上記目的を達成するための組織にとって必須である。しかしこのような組織を大学内に置くことは、大学の知財管理のための資金的な裏付けが脆弱(ぜいじゃく)な現状では難しいと考えられた。

iPS アカデミアジャパン株式会社の設立

京都大学では、iPS 細胞研究の実用化にあたっては多数の壁を越えて協調して活動する効率的な知財管理・技術移転組織を学外に構築することとし、iPS アカデミアジャパン株式会社(iPS-AJ)を平成20 年6 月に設立した。

図1

図1 iPS アカデミアジャパン株式会社の事業
    展開

iPS-AJ はほかの大学・機関にも開かれた組織を目指して設立された。そのため大学が知財(人材を含む)を拠出し、産業界が組織の支配権を獲得しない方法で資金を拠出する組織構築を基本方針として、さまざま検討を重ね、図1 に示すように有限責任中間法人(現、一般社団法人)および株式会社への匿名組合出資を行う組織構築がなされた。資金提供はこの趣旨に賛同した企業にCSR活動の一環として資金の拠出を受けた。

京都大学のiPS 細胞に関する知財のライセンスは、非独占での許諾を基本とし、非営利機関へは無償、営利機関へは適正かつ合理的な対価をポリシーとしている(総合科学技術会議による「大学等における政府資金を原資とする研究開発から生じた知的財産権についての研究ライセンスに関する指針(平成18 年)」「ライフサイエンス分野におけるリサーチツール特許の使用の円滑化に関する指針(平成19 年)」)。

iPS-AJ は京都大学より複数の特許の実施許諾を受け、ライセンス活動を行っている。

iPS-AJ(代表取締役社長:吉田修)は本社を京都市上京区に置き、現在常勤者7 名の体制で業務を行っている。iPS 細胞関連特許のライセンスアウトに関しては、平成21 年3 月以降、国内の企業2 社とライセンス実施許諾契約を交わし、さらに現在複数の国内外の企業と交渉を行っている。また京都大学以外の機関からの関連特許のライセンスインの交渉も始まっている。

今後の方向性

京都大学では、日本国内におけるiPS 細胞関連研究プロジェクト参加大学・機関との、今後生まれる知財の集約化体制構築への計画立案と交渉、iPS/ES 細胞誘導技術に係る過去の研究成果の知財を所有する組織との集約化の交渉、iPS 細胞技術の実用化の促進に向けてiPS-AJによる知財の非独占を基本とするライセンス活動を行っている。加えて、公的研究プロジェクトからの研究資金の獲得などを通じて、iPS 細胞の標準化に向けた研究開発の支援などを行っている。またiPS-AJ と協力し、ライセンス希望先への情報提供、マーケット調査、技術動向調査、周辺特許調査、企業ニーズ把握のための調査、産学連携のマッチングイベントへの参加を通じた実用化の促進などの活動をしており、iPS 細胞研究の実用化に向けてのハブ機能を京都大学は果たしていく用意がある。

今後の特許の維持管理については、JST(独立行政法人科学技術振興機構)の援助を受け2006 年出願(WO200769666)の権利化に向けて継続して注力しているところである。また米国におけるinterference が予想されるなど資金面においても人材の面においてもこれまでに備えた資源を活用し対処すべき課題が多々存在すると考えている。