2009年6月号
連載3  - 「わかる・できる・うごける」博士の育成
前編 「高度技術経営塾」で博士に実務応用力と人間力を養成
人間理解とコミュニケーション力磨く合宿研修
顔写真

渡辺 幸男 Profile
(わたなべ・ゆきお)

東北大学高度技術経営塾長
特任教授


自然科学分野の博士人材に大学等の研究職以外の多様な分野でも活躍してもらうため、東北大学では高度技術経営人財キャリアセンターの中に「高度技術経営塾」を設置している。企業などで通用する実務応用力と、状況の変化に対応しリーダーシップを発揮できる人間力を磨くのが目的だ。

東北大学は、博士人材キャリアパス支援システムの1つとして、平成18 年度「高度技術経営人財キャリアセンター」を設置し、その中に「高度技術経営塾」と「キャリアアップ相談室」を置いた(表1)。高度技術経営塾の目的は、社会で活躍できる人材の育成で「わかる・できる・うごける」がキャッチフレーズだ。博士に付加価値をつけて社会に送り出すため「実務応用力」と、状況に応じてリーダーシップを発揮できる「人間力」に重点を置いた教育を行っている。「実務応用力」のうち、プロジェクトマネジメントや技術経営実践については、日本プロジェクトマネジメント協会および社団法人企業研究会と講座内容や講師派遣等で連携している。また「人間力」および新事業企画については、人間理解やカウンセリング・感受性訓練の分野で長年活躍してきた専門家や、企業の経営者・役員・部長(含むOB)および弁理士等に講師として協力をお願いしている*1

表1 高度技術経営塾の概要
塾の定員は30名。合宿研修を除き毎週1回3 時間ずつの「気付き」を中心とした少人数教育。「わかる・できる・うごける」人間力育成を重視しているため、グループ演習を多く取り入れている。講座終了後には宿題が毎回出され、1 週間以内のレポート提出が求められる。
入塾資格は、博士課程後期院生およびポスドク等の若手研究者。本学だけでなく他大学からも応募できる。塾生の出身学科も、理・医・歯・薬・工・農・生命科学・医工学・加齢医学研究所・電気通信研究所・多元物質科学研究所・学際科学高等研究センター・経済学等の学科にまたがっており、文系の一部を除き、理系のほとんどの学科から入塾している。

演習では、可能な限り専門分野の異なるメンバーでの論議となるよう、毎回グループ編成を変更している。この方法が約10カ月間継続されるため、塾生間の異分野融合が自然な形で進むシステムだ。

といっても、実際はそんなに簡単なことではない。毎年開講後まもなくのグループ討議は、時間を掛けてもなかなかまとまらない。なぜなら、塾生は担当分野のことには詳しいが、各自の専門分野が大きく異なるからである。専門はナノテクノロジーの研究から・歯周病・惑星オーロラ・行動医学・生態工学・バイオ工学・金属材料・ロボット工学・化学工学・細胞生物学・機械システムデザイン・電子工学・物理・文化人類学等々幅広い。

写真1

    写真1 ノンバーバル・コミュニケーション
         演習の様子



写真2

         写真2 ブラインドウォークの体験

従って、自分の意見は主張するが、異なる分野の人の発言をなかなか理解できないため、グループ討議をしても、議論がかみ合わない状況が頻繁に生じる。発言者に対し「どうしてそんなことを言うのか。訳が分からない」といったけげんな表情が多く、発言も少なく論議は盛り上がりに欠ける状態が続く。

これを解決する大きな起爆剤になっているのが「人間理解とコミュニケーション力の向上」を狙った合宿研修である。入塾約1カ月後と半年後の2 回(各1泊2日)、人里離れた国立青少年自然の家等を利用している。1回目は人間理解の重要性とコミュニケーションの本質を理解するのが狙い。EQ(Emotional Intelligence Quotient:感情知能)など行動特性の診断と解説のほか、一切会話やジェスチャーを禁止された条件の下でグループ作業を行い、完成する速さを競う「ノンバーバル・コミュニケーション演習」(写真1)や、2人がペアになり、1人が目隠し、ほかの人がその人をリードして、30分ずつ交代しながら起伏に富んだ広場や森を歩き回り、五感を通して相手への思いやりやいろいろなことに気付く「ブラインドウォーク」(写真2)等の体験学習を行う。

第2 回目は半年経過後にフォローも兼ねて実施する。集団作業の演習では、自集団だけでなく、ほかの集団とも連携を取らなければ解決できない課題を出し、徹底したグループ討議を通じ小集団および集団間におけるコミュニケーションの取り方を、体験学習を通して学習させる。この2 回の合宿研修は塾生に大変好評である(表2

表2 合宿研修についての塾生のレポートから
自分や相手のことを、ここまでまじめに考え分析したことはなかった。今まで経験したことのない大きな刺激を受けた。
これまで自分のことだけで、周囲や他人のことをあまり考えずに行動してきたことに気付かされた。
これまで、もやもやしていたほかの塾生に対する感情が、たった2 日間の合宿で払拭(ふっしょく)され、率直にものが言えるようになった。
言葉以上に表情や態度がどれほど大事か理解できた。ノンバーバル・コミュニケーションの重要性に気が付いた。
自分のグループのことだけを考えがちだが、一段上の視野に立って考えないと、集団間ではコミュニケーションが取れず、物事が進まないことを実感した。

前述の2 度の合宿研修の成果に加え、継続的な塾活動で各講師やほかの塾生から受ける影響も大きい。さらに希望者に対しては塾長による個別面談も行う。こうした積み重ねにより、総合演習を実施する11月を過ぎたころから、状況は目に見える形で変わり始める。専門性は高いがコミュニケーション能力に乏しくチームワークが下手だといわれる博士が、多様性を認めることができるようになる。自分とは異なる見解にも耳を傾け、率直に意見を述べ合い、コミュニケーションが取れるように変ぼうしていくのは驚きというほかない。

カリキュラム最終の総合演習では、塾生の論議は非常に活発で大きな盛り上がりを見せる。状況の変化に合わせ適任と思う人間が交代でリーダーシップを取り、チームをリードしていく。塾以外の時間帯にも、各グループで自主的に集まり論議を重ねるケースも多く見られる。入塾当時からは格段の進歩である。

塾生が入塾前と卒塾時でどう変化をしたか。「卒塾レポート」や「卒塾時の授業評価アンケート」で、次のような意見が寄せられている。

これまで、とかく自分の立場からのみ、ものを見て判断していたが、塾に参加し異分野博士との論議によって多様な考え方があることが分かり、相手の立場や一段上から俯瞰(ふかん)してものを考えるようになった。
これまで大学と研究室しか知らなかったので、企業に就職することに不安と躊躇(ちゅうちょ)があったが、いろいろな話を聞いて、自分でも実社会で仕事をやっていけるという自信が付いた。
苦手だった対人関係やコミュニケーションの取り方、リーダーシップ等に自信が付き、ものの見方や態度・行動が変わった。
塾活動を通じ、多くの信頼できる仲間ができた。

*1
これまで講師として、ブリヂストン・日産自動車・キヤノン・東芝・花王・味の素・三井造船・NEC等、一流企業の役員や人事部長および研究開発部門の部長(含むOB)など、経験豊富な実務者を招聘(しょうへい)している。