2009年9月号
巻頭言
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大垣 眞一郎 Profile
(おおがき・しんいちろう)

独立行政法人 国立環境研究所
理事長



知のデータを誰が提供するのか

人類の持続性を脅かす課題(環境、エネルギー、地球規模の健康問題など)に挑戦せよ、と言われてから久しい。しかし、人類の課題への挑戦のためには、課題に関する基本的なデータが必要である。誰がこの知のデータを測定し、記録し、蓄積し、提供するのか。わが国では、この責任があいまいではないであろうか。個々の研究機関の個別の研究者の努力に多くを頼る今の体制はいつまでも続かないであろう。

科学の展開と技術の開発において、基本となるデータの存在は決定的な意味を持つ。実験データ、観測データ、調査データ、社会統計データなどのすべてである。言うまでもなく、根拠となるデータに信頼を置けなければ科学的論証を進めることができない。論理的な議論もできない。あるいは、国際交渉の論拠となる新しい構想も生み出せない。

特に環境にかかわる分野、例えば、地球規模の観測、人の住む都市空間の緻密(ちみつ)な実態把握、多様な生物生態系の長期的な動向把握、世代を超える長期的なヒトへの健康影響評価、未知物質のリスク影響把握などでは、幅広く詳細で長期のデータ蓄積は研究の核心である。地球大気の炭酸ガス濃度の長期増加傾向やオゾンホールの発見などは典型例であるが、地道な長期的なデータの蓄積が多くの新しい知見を見いだしてきている。

知のデータを作り出すためには、言うまでもなく、人、予算、施設が必要である。知のデータを作り出す仕組みは、国が設置した独立行政法人の研究機関、あるいは、大学が永年にわたり担ってきた。人については、長期に雇用された研究者や熟練の技能者であった。予算については、継続的な経常予算であった。施設には投資が進められた。

しかし、現在の状況はいかなるものであるか。雇用面に関しては、研究者の任期付き雇用の導入による不安定化、あるいは、専門的高度技能を有する研究支援者を処遇する制度的余裕の喪失など、危機的な状況である。予算面をみると、競争資金が拡大する一方、継続的な予算の削減(運営費交付金に定率を課して長期にわたり一律に削減するなど)による弱体化が進んでいる。施設は多くのものが老朽化している。人、予算、施設について、個々の機関が内部努力を重ねているのが現状であり、持続的な制度設計になっていない。

科学の推進と技術開発の世界化がますます強くなる状況のなか、この知のデータ蓄積に関する持続性、継続性について劣化が起きれば、科学の国際協力、あるいは、環境政策、貿易政策などについてのわが国の国際的な発言力の低下は免れないであろう。

人、予算、施設のすべての面から、科学と技術を支えるデータの蓄積への投資が実質的に減少している状況を認識し、別途、知のデータ蓄積のために、例えば、定率で運営費交付金を付加するような制度改善が必要である。

(独立行政法人 国立環境研究所 URL:http://www.nies.go.jp/