2009年9月号
特集  - 「起業」の心得
ベンチャー支援に発想の転換を
行政機関、ベンチャー企業双方にとってメリットのある仕組みの構築の必要性

小倉 都 Profile
(おぐら・みやこ)

文部科学省 科学技術政策研究所
第3調査研究グループ 研究官

文部科学省科学技術政策研究所が実施したベンチャー企業の資金調達環境に関する調査によると、ベンチャー企業は赤字企業が多く、資金調達の課題は大きいことが分かった。またわが国では欧米に比べてベンチャーキャピタルやエンジェルによる民間の資金調達環境はまだ不活発であり、不況の影響もあってベンチャー企業の資金調達はさらに困難になっている。これら調査結果は、わが国のベンチャーの資金調達にとって公的支援制度の役割が特に大きいことを示唆している。

はじめに

大学等発ベンチャーをはじめとする研究開発型ベンチャーでは、事業化に向けて研究開発費を獲得することは重要な課題となっている。

文部科学省科学技術政策研究所は、内閣府の委託を受け2008年度に第3期科学技術基本計画のフォローアップ調査を実施した。本稿ではこのうちベンチャー企業の資金調達環境に注目した「ベンチャー企業環境」に係る調査の結果と調査から得られた示唆を紹介したい*1

わが国のエンジェル、ベンチャーキャピタルの投資状況は欧米と比べてまだ不活発

日米欧のエンジェルおよびベンチャーキャピタル(VC)投資の状況について調査した結果、わが国の投資状況は欧米に比べてまだ不活発であることが明らかになった。

わが国のファンド額、投資額は欧米と比較して少額であるものの、ファンド数や投資先は米国並みである。従って、わが国では多数の小さなファンドから多数の投資先に少額投資されていると考えられる。また投資先の出口としては、わが国は欧米と比較して株式公開に対してM&Aの件数がまだ少ない(図1)。

さらに欧米では各地のエンジェルグループ(50~200名程度)を組織化した大規模なエンジェルネットワーク(5,000~6,800名程度)が発達しているが、わが国は個人投資家が少ないこともあり、まだ個人レベルのネットワーク(80~120名程度)が中心であり、ネットワークを通じた投資額も欧米に比べて少ない。

図1

図1 日米欧の株式公開、M&Aの件数の推移

ベンチャー全般に資金調達の課題は大きく、不況により公的支援の役割が重要に
図2

図2 事業の課題



図3

図3 研究開発に係る補助金等を利用した効果

科学技術政策研究所で別途実施した大学等発ベンチャーへのアンケート調査*2によって、わが国の大学等発ベンチャーの売上高や研究開発費はばらつきがあるものの、多くの企業で経常利益は赤字となっていることが判明した。

さらにベンチャー企業の課題としては、全般に「収益確保」や「資金調達」の問題が大きいことも明らかとなった(図2)。特に事業化までの研究開発に費用と時間が必要なライフサイエンス分野では「資金調達」は最大の課題であり、株式公開の実現も困難になっているという認識が強い。

また大学等発ベンチャーは補助金や委託費への関心が高く、これら資金の応募に当たっては特に金額の大きさや事業課題との整合性を重視している。補助金や委託費を利用したことによって、特に研究開発や事業化の進展で効果があったと企業では考えられている(図3)。

研究開発型の大学等発ベンチャーに対してインタビューを実施したところ、不況の影響で民間の資金調達環境、ビジネス環境が悪化し、各社で研究開発スピードの低下、プロジェクト数の削減といった事態が生じており、補助金や委託費による支援ニーズがさらに高まっていることが明らかとなった。

ベンチャー支援制度は米国で今なお重要な役割があるが、わが国では整理・縮小の動きも

米国ではベンチャーの民間の資金調達環境は日本に比べて全般的に充実しているが、それに加えて政府による中小企業、ベンチャー支援制度も重視している。

米国では1982年から現在までSBIR(Small Business Innovation Research)という段階競争選抜方式による中小企業向けの研究開発支援制度を実施している(図4)。米国政府は1億ドル以上の外部研究開発予算を有する省庁に対して、その外部研究開発予算の一定割合(2.5%)をSBIRによって中小企業に拠出することを義務付けている。

図4

図4 米国SBIRの仕組み

SBIRは民間が投資しにくいベンチャー企業の初期の資金調達手段として重要な役割を果たしている。さらに行政機関がベンチャー企業の技術を積極的に導入、活用する手段としてもSBIRは機能している。一方、採択企業にはSBIRを通じて売上高や特許・ライセンス、雇用の増加や産学連携の強化、論文創出など多様な効果が現れている。今後も米国では制度の延長や1件当たりの採択額の引き上げにより、SBIRを強化しようとする動きがある。

これに対して、わが国にも日本版のSBIRが存在するが、米国SBIRとは異なり、各行政機関で独自に支援枠組みを構築している。わが国では行政機関が支援制度を通じてベンチャー企業の技術を積極的に導入、活用しようとする動きはまだ少ない。その一方で、多くのベンチャー支援制度で制度を通じた売り上げや収益の納付を利用企業に対して求めている。またわが国では行政の効率化に向けて独立行政法人の整理合理化が進み、独立行政法人が実施する制度の見直しがされている。この流れの中でベンチャー支援制度はすぐに収益に結び付きにくいため整理・縮小の対象となっているものもある。

示唆1:わが国のベンチャー企業の資金調達における公的研究支援制度の重要性

わが国ではエンジェルやVCなどの資金調達環境は欧米に比べてまだ発展途上であり、ベンチャー企業が民間から資金調達するには限界がある。エンジェル投資やVC投資が発達するにはまだ時間を要すると思われ、わが国ではベンチャー企業の資金調達にとって公的支援制度の役割は今後も欧米以上に大きいといえる。

さらに不況によって民間のビジネス環境、資金調達環境は悪化しており、ベンチャー企業の研究開発、経営が圧迫されている。従って、ベンチャー企業が研究開発スピードを維持し、事業化を推進していくために、わが国では補助金、委託費による公的支援の重要性は増している。

示唆2:ベンチャー支援ではベンチャー企業の技術を行政機関のニーズに応じて積極的に“活用”していく姿勢が必要

米国のSBIRの活用状況はわが国への示唆を含んでいる。ベンチャー支援制度を通じて短期間に収益性を確保するのは困難である。わが国では行政の効率化の観点から、多くのベンチャー支援制度は制度を通じた売り上げや収益の納付を利用企業に対して求めている。

しかし、米国SBIRでは利用企業に対して納税以外には資金の返済義務はない。むしろ米国では行政機関のニーズに合わせてベンチャーの知識や技術を活用することに重点を置いている。この米国の支援スタンスをわが国のベンチャー支援制度は見習うべきで、わが国でも今後はベンチャー支援制度を通じた収益や売り上げを期待するよりも、ベンチャー企業の知識や技術を各行政機関のニーズに応じて積極的に“活用”するというスタンスで支援していくべきであろう。

機関のコミットメントを高めることで、企業、機関双方にとってメリットのある制度になっていくと考えられる。また機関のニーズに応じた支援を進めるに当たっては、各機関での制度の多様性をある程度許容していくとともに、各制度の評価に当たっても一律的に収益性で評価するのではなく多様な評価軸を検討していく必要がある。

すでにわが国でも新しい動きとして、政府調達と連動した「SBIR技術革新事業」や、ベンチャーの技術を有効資源として活用していく「産業革新機構」の創設などの動きが見られるが、今後こうした新たな動きが強まっていくことが期待される。

*1
文部科学省科学技術政策研究所. 第3期科学技術基本計画のフォローアップに係る調査研究 イノベーションシステムに関する調査 第5部ベンチャー企業環境 報告書.NISTEP REPORT No.131,2009-3. 入手先<http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/rep131j/idx131j.html>,(参照 2002-08-11).

*2
科学技術政策研究所「大学等発ベンチャーの企業戦略及び支援環境に関する調査」(2008年11月実施)。図2図3の出典は同調査。